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第6章 帰郷
禁忌の森
しおりを挟む「よし。」
地面にふわりと着地した実は、後ろを振り返った。
そこには頭を抱えて片膝をついている拓也と、再び放心している梨央の姿が。
「あれぇ…? 拓也……拓也は慣れてるでしょ? こんなんでバテないでよ。」
「うるさいな…。普通、こんな短時間に何度も移動魔法なんか使わないっての。しかも、両方ともおれの意志じゃないし。」
「まあ、そうかもしれないけどさぁ…。梨央? おーい、戻ってこーい。」
あらぬ方向を見つめている梨央の顔の前で、実は手を振った。
それに呼応して、梨央の瞳に徐々に光が戻っていく。
「……う…っ」
今さらのように口に手を当て、腰を落としてうずくまる梨央。
「気持ち悪い…。頭もガンガンするし……最悪……」
「初めてじゃ、誰でもこうなるからね。そこは我慢して。」
「っていうか、ここはどこなのよ?」
梨央の言葉を受けて、拓也はようやく周りに意識を向けた。
辺り一面、深い森の中だ。
「んー……梨央、あそこ見て。」
実が上の方を指し示したので、拓也と梨央はその指が差す方向を追った。
そこには、西洋の歴史にでも出てくるような立派な城が建っていた。
木々の隙間から見えるのはほんの一部にすぎないが、建物の大きさと荘厳さは一目瞭然だ。
「あそこが、さっきまで俺たちがいた場所。」
「は!?」
実の言葉に、梨央が素っ頓狂な声をあげる。
「そんで、ここはその北の方に広がっている森。俺もここの地理にはあまり詳しくないから、遠くまで逃げることはできなかったんだけど……」
「北……って、まさか―――」
拓也の顔から、あっという間に血の気が引いた。
「お、おい実! もしかしてここって、禁忌の森か!?」
「うん。」
実はあっさり頷く。
「俺って、生まれてからずっとここで暮らしてたからさ。ここしか、移動先がなかったんだよねぇ……」
「禁忌の森で、暮らしてた…?」
拓也は、それ以上何を言っていいのか分からなくなって口を閉じた。
禁忌の森とはその名のとおり、国が立ち入りを禁じている森のことだ。
どんな国の重鎮だろうと、基本的にこの森に入ることを許可されていない。
そうでなくとも、無断で入った者がことごとく行方知れずになっているとか、森の物を持ち帰ったら呪われて発狂するとか、とにかくこの森にはいい噂がないのだ。
自分や尚希も、自らは入ろうとは思わなかった場所だ。
そんなところに実を隠していたとは、エリオスは一体何を考えていたのか。
確かに実の存在を隠すにはうってつけの場所かもしれないが、危険すぎはしないだろうか。
「よりによって、なんで禁忌の森なんだよ……」
「だーかーらー。ここしか移動先がなかったんだって。移動魔法の移動先には自分が行ったことがある場所しか指定できないって、拓也だって知ってるでしょ?」
「地球に戻ればよかっただろ。」
「それができたなら、とっくにそうしてたって。俺はまだ、魔力の封印を解いたばっかなの。力が安定するには、もう少し時間がかかるわけ。」
「だからって、禁忌の森はないだろ!? お前、ここがどんな場所か知ってんのか!?」
「どうせ、入った奴が狂うとか言うんでしょ?」
「知ってんじゃねぇか!」
拓也に怒鳴られ、実はやれやれと息を吐き出す。
「拓也。ここがなんで禁忌の森って言われて、立ち入りを禁じられているか知ってる?」
「直接理由は聞いてないけど、なんとなく知ってるよ。」
拓也は当然のように答えた。
「ここって、聖域なんだろ? 他の所よりも精霊の声がうるせぇから。」
「へえ……」
拓也の答えを聞いた実は目を丸くする。
「もしかして、拓也も精霊が見える人?」
「おれもって言うってことは、実もそうなのか。」
「まあね。」
互いに通じるものを見つけ、拓也と実はそれぞれ苦笑した。
「拓也の言うとおり、ここは聖域だよ。神や精霊が住む場所であって、人間が住んでいいような場所じゃない。どんな要素があるのかは定かじゃないけど、ここに長時間いると、どうも発狂し出す人が多くてね…。俺も何人かそういう人を見たけど、あれは結構ひどいよ。立ち入りを禁じて正解だと思う。」
「じゃあ、お前は?」
「俺はなんでかピンピンしてた。生まれてからずっとここに住んでたからかな? ま、少しだけここにいるくらいなら、狂うこともないって。」
実があっけらかんと笑う。
と、そこに。
「二人とも、話してることの意味が分かんない! そんなことはどうでもいいのよーっ!」
梨央がたまりかねたように会話に割り込んできた。
「私が聞きたいのは、ここは一体どこなのって話。日本じゃないよね、ここ。」
「日本どころか、地球ですらないよ。」
実はさらりと告げる。
「ここは、地球とは別次元に存在する世界。そんで今俺たちがいる場所は、その世界の中のアズバドル王国っていう国。さっきまでいたのは、その王城ってとこかな。俺も拓也も、この世界の人間なんだ。」
「……へ?」
ポカンとする梨央。
無理もない。
いきなりこんなことを言われれば、誰でもそうなるだろう。
そうなんだと納得される方がかえって困る。
「実。」
妙に固い声がして、実は声がした方を見た。
移動の衝撃がようやく抜けたのか、拓也が立ち上がっていた。
その面持ちは声と同じく、やはり固い。
「色々と、訊きたいことがあるんだけど。」
訊ねられ、実は微かに口の端を吊り上げる。
予想どおりの展開だ。
拓也も梨央も巻き込まれただけとはいえ、知る権利はあって然るべきだろう。
「いいよ。まずは何から聞きたい?」
「とりあえず、魔力が封印されるまでの経緯を。」
問うことはすでに決まっていたらしく、拓也は迷うことなく答えた。
了解したと告げるように、実は一つ頷いた。
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