世界の十字路

時雨青葉

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第2章 平和の崩壊

記憶の世界

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 実…………実……


「う…ん…」


 遠くで、誰かが呼んでいる。


(誰だろう…?)


 そう思った瞬間、意識が急浮上していった。


「実!!」
「う……え?」


 訳も分からず、がばっと起き上がる。


 自分の傍には拓也がいる。
 彼の手は何故か、顔辺りまで上がっていた。


 拓也が何をしようとしたのかに思い至って、実は半目で拓也を見据みすえた。


「拓也……」
「あ…いや。あんまりにも起きないから、一発くらいはって……あはは。」


 ごまかすように手を振る拓也。


「ふーん……」


 拓也から視線をはずし、実は辺りを見回した。


 知らない場所だった。
 目の前には洒落しゃれたアパートのような大きな建物。
 後ろを振り向くと、広い庭が見える。


 柔らかな芝生が広がる庭の中心には噴水が設置されていて、豪華な装飾が施されている。


 庭の向こうには、さらにいくつもの大きな建物が見えた。


 そして、広い施設を囲むように、外側には森が広がっている。


「何……ここ?」
「すごい所だろ?」


 拓也が笑う。
 その笑顔は、どこか悲しそうに見えた。


「ここは、おれの記憶の中だよ。」
「は!? ……はぁ。記憶、ねぇ……」


 もう、驚くのも馬鹿らしくなってきた。


(ようは、なんでもありなんでしょ?)


 投げやりにそう思う。


「ちょっとここで、確かめてもらいたいことがあるんだ。」


 拓也が指を鳴らした。


 すると、一瞬景色が歪んで目がくらむ。
 次に目を開けると、景色に変化が起きていた。


 今まで無人だった庭に、人が現れたのだ。


 たくさんの子供たちが遊び、にぎやかな声で満たされる庭。
 しかし〝遊んでいる〟と形容するには、その光景は実の常識を飛び越えてすぎていた。


 ある子供は噴水の水を魚の形にして宙に浮かべているし、またある子供はふわふわと空中に浮いている。


 大人と共に手を使わずに石を飛ばして的当てをしている子供もいれば、木の枝を自由自在に操る大人を見てはしゃいでいる子供もいた。


 やっていることは違うが、皆共通して魔法を使っている。


 とんでもない光景に、軽い眩暈めまいを覚えた。
 これがぞくに言う、カルチャーショックというやつだろうか。


「ここは知恵のそのっていう場所で、国内の魔力が強い子供を集めて教育する場所だ。そして小さい時から、国に対する忠誠心を植えつける場所でもあるな。」


「へぇ…」


 聞く耳も半分に、実はふらふらと歩き出す。


 もう、普通の感覚がにぶってしまったのかもしれない。
 当然のように不可思議な術を繰り出す子供たちを見て、感心している自分がいた。


 実際にこの目で見ているのだから、無理に否定し続けるよりも受け入れてしまった方が楽に違いない。


 そう思う自分を客観的に見れば、なるほど。
 確かに、順応力は高いのかもしれない。


 様々な方向をさまよっていた実の視線が、ある一点で停止した。


 視線の先には、木陰に隠れて本を読んでいる子供が一人。
 歳は、十一か十二といったところだろうか。


 実は思わず拓也を振り返る。


「拓也。あれ、拓也だよね?」


 子供を指差して言うと、拓也は露骨に顔をしかめた。
 当たりのようだ。


 実は幼い拓也に近付くと、その顔を覗き込んだ。


 表情は徹底した無。
 湖面を思わせる紺碧こんぺき色の瞳には、一切の揺らぎも見られない。


 幼い拓也からは、感情を押し殺している印象を受けた。
 年齢にそぐわない殺伐とした雰囲気には、周囲に対する絶対的な拒絶が見える。


「………」


 なんとなく、拓也が他の同級生よりも大人びている理由を察してしまった気がする。
 この時の彼は、少なくとも幸せではなかったのだろう。


 なんだか無性に可哀想になってきて、ついつい本に目を落とすその頭に手を置いてしまう。


 そのまま、優しく頭をなでてあげた。


 こんなことをしてもなんのなぐさめにもならないとは、分かっているのだけど……


(あ…れ?)


 思考がかげりを帯びたのは、その時のこと。
 何が起こったのか分からないまま、意識がざっととお退いていった。


「……実?」


 幼い自分の頭に手を置いたまま動かなくなった実に、拓也はいぶかしげに声をかけた。
 しかし、実は微動だにしない。


 何が起こったのだろう。


 不審に思った拓也は、ゆっくりと実に近付いた。


「みの…」
「―――そっか。」


 ふいに、実が呟いた。
 その口から零れた声は、あまりにも冷たい。


「親元から無理やり連れてくるなんて、ひどいことをするもんだね。」


 飛び出したのは、実の口から語られるはずのない言葉。


「なっ…!? なんでそれを!?」


 驚く拓也に反応してか、実がゆらりと立ち上がってそちらを振り向いた。
 そんな実と目が合って、拓也は本能的に後ろへと退いてしまう。


 実の表情からは、感情が抜け落ちていた。


 鋭い刃物のようにえ渡ったその表情は、自分が知っている実なら絶対に浮かべることのないものだった。


 全てを見透かしたような、冷たくて空虚な目。


 その目に見据みすえられるだけで、心臓をわしづかみにされた気分になる。
 実が放つ威圧感に押し潰されそうだ。


 身動きができなくなった自分に向かって、実が一歩踏み出してくる。


 ―――逃げないと殺される。


 直感的に、そう思った。


 全力で逃げ出したくなったが、実の目がそれを許さない。
 体が実の目に射すくめられてしまって、全く動かないのだ。


 実は硬直する拓也の目の前に立つと、静かに拓也の頬に手を添えた。
 そのまま、ゆっくりと目を閉じる。


 その後に訪れる、永遠にも思える無言の時間。


「……………水。」
「え?」


 現実についていけなくて茫然と呟く拓也に、実は淡々と告げる。


「水。水に気をつけて……うっ」
「お、おい! 実!?」


 突然うめいてうずくまる実。
 そのまま倒れかけた実を、拓也は慌てて支えた。


 実は荒い息をつきながら、何かをやりすごすように顔を歪めている。
 その呼吸が落ち着いたと同時に、実の体から力が抜けた。


 どうやら、気を失っているようだ。


 拓也が不安げに実を見下ろしていると、しばらくしてそのまつが震えた。
 数度まばたきを繰り返して顔を上げた実は、不思議そうに拓也を見つめる。


「あ……あれ?」


 その表情に先程のような冷酷さはなく、雰囲気も柔らかいものに戻っていた。


 本能的な恐怖と緊張が抜けていき、拓也は思わず芝生に腰を下ろす。
 落ちたという表現が的確かもしれない。


「はぁ……驚かせんなよ……」


 深く息を吐き出す拓也。


「え? どう……なってるの?」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、混乱したように言う実。
 その様子に、拓也は眉を寄せた。


「実……もしかして、何も覚えてないのか?」


 拓也が訊ねると、実は不可解そうに首をひねった。


「……何が? 覚えてないって……あれ?」


 尻すぼみになっていく声。


 必死に過去をさかのぼっていた実は、申し訳なさそうにうつむいた。


「……変なことしてたら、ごめん。」


 呟くように謝って縮こまる実。
 そんな実になんと言えばいいのか分からず、拓也は再び溜め息をつくしかなかった。


「……いいよ。大丈夫だから。」
「何があったのか、訊いてもいい?」


 実は拓也にそう訊ねる。
 しかし、その答えを聞くことはできなかった。


 拓也が口を開きかけたその時、ちょうど二人の間に誰かの影が差したからだ。




『今日も、本を読んでいるのかい?』




 穏やかな声が、幼い拓也に語りかけた。

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