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ラウンド26 やっぱり、ハプニングはつきもので
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それから時間が流れて、日が西に傾きだす頃……
「アル!! これは一体、どういうことだ!?」
ベンチに腰かけて夕日を眺めていたところで、ノアはたまらず声をあげた。
「ん? 何かご不満なことでも?」
「ご不満がないから驚いているのだ!!」
足を組んで優雅に休憩中といったジョーに、ノアはどこか狼狽えた様子で詰め寄る。
「お前、ルルアに来るのは二度目だよな!? どうしてあんなに穴場ばかり知っているのだ!? あっちにもこっちにも根回し済みというのも、意味が分からん!!」
そうなのである。
ジョーに連れ回された今日一日。
彼が辿ったデートコースは、完璧としか言いようがなかった。
セレニアならではの感性が活きたドライブは、渋滞を避けつつ退屈させない景色を見せてくれた。
途中途中で彼が立ち寄るレストランや公園は、ほどよい活気。
寂れて閑古鳥が鳴いているわけではなのに、時間や人の混みようを気にすることなくのんびりとできた。
とはいえ、国の要人を連れているという認識が忘れられたわけではなく、休む場所は人目と防衛がしっかりと考慮されていた。
あらかじめ手を回してあったらしく、行く先々で当然のように責任者と親しげだこと。
「これが情報の使い方ってねー。」
ジョーは別に得意げでもなく、淡々と語りながら携帯電話をいじっている。
「よくあるでしょ? 本当は有名になってもおかしくないのに、色んな事情からあえて小ぢんまりと運営している所。そういう所とパスを繋いでおいて、損はないのさ。あとは……多少のコレがあればどうとでもなる。」
ジョーが片手で示すサインは、明らかに金。
そのサインが脅しも示しているように感じるのは、気のせいだろうか。
「ディアやあなた経由で作った伝手を、僕が今まで何もせずに遊ばせておいたとでも? そうだったら、ああも簡単に御殿の防衛システムを突破できるわけないでしょ?」
「金はどこから出てくるんだ……」
「あらぁ? 神官直轄の特務部隊のお給料、なめないでほしいな。それに、まだ新薬の特許期間中です♪ 特許権は父さんと製薬会社に譲渡してあるんだけど、真面目な父さんは納税だけして、残りは僕の口座に振り込んでくるんだ。」
「まあ、本来はお前が受け取るべき金だからな。」
こいつ、本当に隙がないな。
こいつの恐ろしさは知っていたつもりだったが、改めてそれを実感するには十分な一日だった。
「でもま、そこそこ楽しめたでしょ?」
「うぐぐ……はい……」
あれを〝そこそこ〟と言うな。
ものすごく楽しかったわ。
「アル……お前、今までもこうして、たくさんの女とデートしたのか…?」
疑問に思いつつも訊く踏ん切りがつかなかったことを、思い切って訊いてみる。
「まあね。それなりに。」
やはり、彼は否定しなかった。
「お誘いは基本、断らないようにしてたんだ。いい気分にさせてあげれば、いい情報を落としてくれるからね。ただまあ……仕上げのきな臭い展開までがセットだけど。」
「きな臭いって……」
「ノアは知らなくていいよ。」
いやに早く切り返してきたジョーの瞳。
そこに揺蕩うのは深い闇。
その闇を一瞬の内に瞼の裏にしまった彼は、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ帰ろうか。」
優しく差し伸べられる手。
今まで何人の人がこの手に触れて、この微笑みを間近から見つめたのだろう。
それを思うと、少しばかりもやついた気分になった。
黙って頷き、彼の手を取って車へと戻る。
その道中―――事件は起こった。
「………」
すっと。
ふいに鋭く細められる瑠璃色。
次の瞬間―――
「ちょーっと失礼!!」
「―――っ!?」
強く手を引かれ、大きく視界が揺れる。
ふわりと体が浮いて、あっという間にその胸の中に抱かれる。
「走りますよ、お姫様!」
軽々と自分を抱いて、ジョーは軽快に走り出す。
(ああ……やっぱり、平和に終わりとはいかないか。)
暗くなったことでまばらになってきた人の中に、殺気をまとった気配が複数。
自分たちが帰る雰囲気を漂わせたので、隠れることをやめたようだ。
気付いてはいたので、特に落胆はしない。
胸を満たすのは、別の感情だ。
(こいつ、プライベートでは香水もつけるのか……)
香りから危険を感知することもあるので、科学者は香水をつけないことが多い。
当然ジョーもその類いだろうと思っていたが、距離がぐっと近付いたことで、普段はしない香りが鼻をくすぐった。
もしかして、自分がいつもつける香水を考慮してくれたのだろうか。
混ざり合っても気分が悪くならない、仄かな柑橘類の香りだ。
(見た目に反して、意外と筋肉がしっかりしてる……)
いや、これもな?
普段から散々抱きついているわけだし、この私と二時間も対等に暴れられたわけだし、知っていたつもりなのだよ?
だけど、こうして彼に抱かれていると、このたくましさがまた違ったように感じるのだ。
(こういうことも……他の女にするのか…?)
また胸がもやつく。
それをごまかしたくて、その首にぎゅっと腕を回してしがみついた。
「アル!! これは一体、どういうことだ!?」
ベンチに腰かけて夕日を眺めていたところで、ノアはたまらず声をあげた。
「ん? 何かご不満なことでも?」
「ご不満がないから驚いているのだ!!」
足を組んで優雅に休憩中といったジョーに、ノアはどこか狼狽えた様子で詰め寄る。
「お前、ルルアに来るのは二度目だよな!? どうしてあんなに穴場ばかり知っているのだ!? あっちにもこっちにも根回し済みというのも、意味が分からん!!」
そうなのである。
ジョーに連れ回された今日一日。
彼が辿ったデートコースは、完璧としか言いようがなかった。
セレニアならではの感性が活きたドライブは、渋滞を避けつつ退屈させない景色を見せてくれた。
途中途中で彼が立ち寄るレストランや公園は、ほどよい活気。
寂れて閑古鳥が鳴いているわけではなのに、時間や人の混みようを気にすることなくのんびりとできた。
とはいえ、国の要人を連れているという認識が忘れられたわけではなく、休む場所は人目と防衛がしっかりと考慮されていた。
あらかじめ手を回してあったらしく、行く先々で当然のように責任者と親しげだこと。
「これが情報の使い方ってねー。」
ジョーは別に得意げでもなく、淡々と語りながら携帯電話をいじっている。
「よくあるでしょ? 本当は有名になってもおかしくないのに、色んな事情からあえて小ぢんまりと運営している所。そういう所とパスを繋いでおいて、損はないのさ。あとは……多少のコレがあればどうとでもなる。」
ジョーが片手で示すサインは、明らかに金。
そのサインが脅しも示しているように感じるのは、気のせいだろうか。
「ディアやあなた経由で作った伝手を、僕が今まで何もせずに遊ばせておいたとでも? そうだったら、ああも簡単に御殿の防衛システムを突破できるわけないでしょ?」
「金はどこから出てくるんだ……」
「あらぁ? 神官直轄の特務部隊のお給料、なめないでほしいな。それに、まだ新薬の特許期間中です♪ 特許権は父さんと製薬会社に譲渡してあるんだけど、真面目な父さんは納税だけして、残りは僕の口座に振り込んでくるんだ。」
「まあ、本来はお前が受け取るべき金だからな。」
こいつ、本当に隙がないな。
こいつの恐ろしさは知っていたつもりだったが、改めてそれを実感するには十分な一日だった。
「でもま、そこそこ楽しめたでしょ?」
「うぐぐ……はい……」
あれを〝そこそこ〟と言うな。
ものすごく楽しかったわ。
「アル……お前、今までもこうして、たくさんの女とデートしたのか…?」
疑問に思いつつも訊く踏ん切りがつかなかったことを、思い切って訊いてみる。
「まあね。それなりに。」
やはり、彼は否定しなかった。
「お誘いは基本、断らないようにしてたんだ。いい気分にさせてあげれば、いい情報を落としてくれるからね。ただまあ……仕上げのきな臭い展開までがセットだけど。」
「きな臭いって……」
「ノアは知らなくていいよ。」
いやに早く切り返してきたジョーの瞳。
そこに揺蕩うのは深い闇。
その闇を一瞬の内に瞼の裏にしまった彼は、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ帰ろうか。」
優しく差し伸べられる手。
今まで何人の人がこの手に触れて、この微笑みを間近から見つめたのだろう。
それを思うと、少しばかりもやついた気分になった。
黙って頷き、彼の手を取って車へと戻る。
その道中―――事件は起こった。
「………」
すっと。
ふいに鋭く細められる瑠璃色。
次の瞬間―――
「ちょーっと失礼!!」
「―――っ!?」
強く手を引かれ、大きく視界が揺れる。
ふわりと体が浮いて、あっという間にその胸の中に抱かれる。
「走りますよ、お姫様!」
軽々と自分を抱いて、ジョーは軽快に走り出す。
(ああ……やっぱり、平和に終わりとはいかないか。)
暗くなったことでまばらになってきた人の中に、殺気をまとった気配が複数。
自分たちが帰る雰囲気を漂わせたので、隠れることをやめたようだ。
気付いてはいたので、特に落胆はしない。
胸を満たすのは、別の感情だ。
(こいつ、プライベートでは香水もつけるのか……)
香りから危険を感知することもあるので、科学者は香水をつけないことが多い。
当然ジョーもその類いだろうと思っていたが、距離がぐっと近付いたことで、普段はしない香りが鼻をくすぐった。
もしかして、自分がいつもつける香水を考慮してくれたのだろうか。
混ざり合っても気分が悪くならない、仄かな柑橘類の香りだ。
(見た目に反して、意外と筋肉がしっかりしてる……)
いや、これもな?
普段から散々抱きついているわけだし、この私と二時間も対等に暴れられたわけだし、知っていたつもりなのだよ?
だけど、こうして彼に抱かれていると、このたくましさがまた違ったように感じるのだ。
(こういうことも……他の女にするのか…?)
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