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ラウンド18 取っ組み合い! 駆け引きなしの全面対決!!

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「契約書諸々もろもろを用意してきますので、それまでこちらでお待ちください。」


 突発で残業が確定したのに表情一つ変えず、ウルドはノアとジョーの二人を広い貴賓室に押し込めて去っていった。


「……さてと。」


 ウルドが消えるや否や、ジョーはノアを睨みつける。


 ようやくもぎ取れたこの時間。
 一分一秒でも無駄にすべきじゃない。


「もう、何からどう文句を言えば分からないんですけど……僕を誘い出せて満足です? 電話もメールも全部無視してくれちゃって。」


 嫌味百パーセントで問いかける。
 すると、ノアがむっとして眉をひそめた。


「元はといえば、アルが悪いんだからな!!」
「はあ?」


「どうだ!? 連絡を取りたい相手から無視され続けるのは! かなりこたえるだろう!?」
「……ああ、そういうことですか。」


 ジョーは頭痛をこらえるように額を押さえる。


 なるほどね。
 これは、半年以上も彼女の連絡を放置した僕への仕返しだったわけですか。


「あのですね…。なんで僕がわざわざ、あなたとこまめに連絡を取り合うんです? 裏のお役目も終わって、契約関係は綺麗に解消されましたよね? それに、僕が連絡を放置した相手はあなただけじゃありませんよ。皆平等にスルーでした。」


「そこが気に食わんのだ! お前にとって、私はアルシードとしての人生を歩めるきっかけとなった重要人物だろう? それなのに、他と十把じっぱ一絡ひとから げに放置とはどういう了見だ!? 少しはキリハのように、特別扱いをしろ!!」


「どうしてそこで、キリハ君が引き合いに出されるんです?」


うらやましいからだ、この阿呆!!」


 子供のように地団駄を踏むノア。
 ますます頭痛がひどくなるジョーは、心底面倒そうに息をつく。


「物理的な距離って分かります? キリハ君とは会う機会も多いし、勉強を教えていたこともあって、必然的にこまめに連絡する用事があったんです。そりゃ、他と対応も変わりますよ。」


「だからこそ、私には意識的に連絡をすべきだっただろう!? それに私は、連絡のこまめさだけに文句を言っているのではない!! なんだ、キリハへのあの態度は!? 私には嫌味と憎まれ口ばかりなのに、キリハには何もかもが甘いじゃないか!!」


「キリハ君は六つも年下の上に、僕の機嫌を損ねることは一切しませんから。対するあなたはどうです? 僕よりたかだか三つ上ってだけで、上から目線で知ったような口ばかり。僕は、相手に見合った態度を取ってただけです。それに文句を言うのなら、自業自得だとお返ししますよ。」


「そういう次元じゃないわ、この分からず屋!!」


「ああ?」


 ピキ、と。
 ジョーの表情がひきつる。


「お前は本当に、自分の感情に鈍感すぎる! 相手に見合った態度? 違うだろう! キリハに甘いのは、お前がキリハに甘くしてやりたいからだ。それだけお前が、キリハを好きだということだろうが!!」


「……仮に、それが事実だとしましょう。ですが、あなたがキリハ君と同等の扱いを求める理由が分かりませんね。」


「だってお前、私のことも好きだろう!?」




 ―――プツンッ




 その瞬間、我慢に我慢を重ねていた堪忍袋の緒が切れた。


 無言で手を伸ばしたジョーは、ノアの頭を両脇から粗雑に掴む。
 そして―――


「悪いねぇ……残念だけど、僕は紳士じゃないんだ。どんなに口で言っても分からないなら、女性だろうと容赦なく手を上げますよぉー?」


 問答無用で指先に全力を込めて、ノアのこめかみ周辺を圧迫した。


「あだだだだだっ!!」


「とりあえず、僕が受けた苦痛を痛みで思い知れ…っ。僕の同意を得もしないで、勝手に婚約者に仕立て上げやがって…っ」


 ギリギリとノアを締め上げるジョー。
 痛みに顔をしかめていたノアが、その時キッとジョーを睨み上げた。


「こんの…っ。アルだって、私のことを責められた立場かぁ!!」
「―――っ」


 胸ぐらを掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
 一瞬の内に、黒い双眸が視界いっぱいに迫ってきた。


「キリハの場合は鈍感だから、なぁ…。お前だって大概だ! しかも、自覚したところで素直に認めるまでが長いから、なお性質たちが悪い!」


「ほほう…?」


 売り言葉に買い言葉。
 ジョーとノアの間に散る火花が勢いを増す。


「だから僕より、猪突猛進で話を聞かない自分の方がマシだとでも…? 自分にとって都合のいいようになれば、他人の尊厳なんてどうでもいいんだぁ?」


「すぐに他人の弱みを握って、悪意で尊厳を踏み潰す奴に言われたくはないな…っ」


「へえぇ、言ってくれるじゃん。なら、どうしてそんな最低な人間を婚約者にしようとするのかなぁ?」


「そんなんでも、惚れてしまったんだから仕方ないだろうがーっ!!」


「わっぷ!?」


 その瞬間、顔面に柔らかい何がクリーンヒットした。
 ぼとりと手に落ちたそれは、すぐそこのソファーに置いてあったクッションだ。


「この二年で募った想いは、もう止められないのだ…っ」


 ジョーにクッションを投げつけたノアは、その勢いを借りてジョーの両手からのがれていた。


 肩をいからせて、ノアはジョーをまっすぐに見つめる。


「お前に口でどうこう言ったところで、どうせのらりくらりと逃げるだけだろう!? お前は、感情と衝動で動かざるを得ないところまで追い込まないと―――わっ!?」


 ノアの言葉は途中で途切れる。
 お返しとばかりに、ジョーがクッションを顔面に叩きつけたからだ。




「……上等だ。」




 地を這うような声で呟いたジョーは、両手にクッションを握って臨戦体勢を取る。


「その勝負、受けて立ってやるよ。」


 普段の温厚で柔らかな雰囲気を完全に覆し、戦意でぎらつく瑠璃色の双眸。
 それを見たノアも、負けじとクッションを構える。




 かくして、世界一しょうもない試合の幕開けを知らせるゴングが鳴り響くのであった。



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