Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
215 / 236
第22歩目 形に囚われない想い

契約交渉

しおりを挟む

「シュルク!! 何を言ってるの!?」


 シュルクの発言に、フィオリアはたまらず声を荒げる。


「なんだよ? 何か不服か?」


 対するシュルクがフィオリアに向けた視線は、あまりにも冷たかった。


「お前も知ってんだろ? 俺は、命令されて飼われるのが大嫌いなんだよ。飼うか飼われるかの二択なら、迷いなく飼う側を選ぶさ。それに、めぐの能力を持ってるって知られた時点で、俺に選択肢なんかないだろ。情報をばらまかれて裏社会全域で賞金首になるなんざ、それこそごめんだし。」


「そんな……でも…っ」


「―――もう、疲れたんだよ。」


 鼓膜を揺らすのは、空っぽな声。


 今までの彼とは正反対のそれに、ただでさえ少なかった制止の言葉がゼロになってしまう。


「んで? お前が俺に提示する対価は?」


 黙り込んだフィオリアをさっさと意識から追い出し、シュルクは淡泊にラミアへと訊ねる。


「そうねぇ…。とりあえず、契約金はあんたの言い値でいいわよ。あんたなら、すぐに倍にして返してくれるだろうし。」


「金銭以外の要求は?」


「あたしで叶えられるものなら、なんだって。」


「随分と破格なんだな。」


「それだけ、あんたの見た目と能力を高く評価してるんだって思ってちょうだい。それに、中途半端が嫌いそうなあんたなら、一度決めたことを曲げるなんてしなさそうだし。」


「そりゃどうも。ま、俺もお前の仲間に対する情の厚さは信用してもよさそうだと思ったから、交渉に応じる気になったんだけどさ。」


「あら。そこを決定打にするなんて、あんたの洞察力には恐れ入るわ。」


「この体質を隠して生きる以上、周りの機微には敏感でなきゃいけなくてね。その辺の話は追い追いしてやるよ。じゃあ……俺からお前に、第一の条件提示といこう。」


 そう告げたシュルクは、ラミアの前でひざまずいている男性を見やる。


「俺に比べたら、ここにいる奴らははしたがねみたいなもんだろ? 俺に免じて、今回だけ呪術を解除した上で解放してやってくれ。」


「こいつらを?」


 第一の要求としては、かなり予想外だったのかもしれない。
 それを聞いたラミアは、きょとんとまぶたを叩いた。


「あんたも、妙なことを言うわね。あたしの仲間になるって言った同じ口で、奴隷落ちした奴らを解放しろだなんて。」


「おいおい。堅気がすぐに裏の色に染まれるなんて思わないでくれ。」


 溜め息混じりに述べたシュルクは、悲しさ半分、自嘲半分といった複雑な笑みを浮かべる。


「フィオリアがあんなに必死になったのに、大して真面目に取り合わなかった馬鹿な奴らだけどさ……ついさっきまで一緒に旅を楽しんできた人が目の前で捕まるのは、ちょっとな……」


「あー…。いきなりこれは、刺激が強すぎたかしら。」


「そういうこった。ま、最後の罪滅ぼし的な善意だと思ってくれよ。どうせ、そのうち慣れてこういう罪悪感も湧かなくなるだろ。」


「よくも悪くも、慣れって怖いものねぇ。……いいでしょう。そのくらい、安い対価だわ。」


 最終的なラミアの答えは了承。
 それを受けて、シュルクは交渉を次のフェーズへ。


「もう一つ。……フィオリアだけは、俺の手で安全な屋敷まで届けさせてほしい。」


 翡翠ひすいの瞳が、うれいと共にフィオリアを映す。


「俺と一緒に来いって言ったところで、こいつは頷かないだろう。なら、せめて今の仕事を全うしてから縁を切りたくてな。」


「………」


「もちろん、なんの保険もなしに要求を飲んでもらおうとなんか思っちゃいないから安心しろ。」


 ラミアの無言に含まれた疑念に先手を打つように、シュルクは右手をひらめかせた。
 そこから放り投げられた物は、光の帯を描きながらラミアの手に落ちる。


「俺の身の保険には、それを。」
「―――っ!!」


 シュルクがラミアに渡した物が彼の運命石だと悟り、フィオリアは声にならない悲鳴をあげる。


 呪術を扱える奴隷商に運命石を渡す。
 それは、自分の命を渡すことにも等しい。


「―――オッケー。その要求も、受け入れましょう?」


 故に、ラミアは不服そうな表情を取り下げて笑った。


「一応、偽物じゃないかだけ確かめさせてもらうわよ?」


 念には念を入れよというやつか。
 ラミアがそう言うと、仲間の一人である女性が無言で運命石を受け取った。


「間違いなく本物です。……というか、これを偽物だと論じられる根拠がありません。」
「ほんと、すごいわねぇ……」


 シュルクの運命石に群がる霊子の量に、呪術師の女性もラミアもなかば引いているよう。


「留め金を留めて円環にしないと、まじないが効果を発揮しない代物だからな。まじないがないと、このとおり。一目で異常者だってばれちまうわけよ。」


「あたしにとってはお宝だけど……ま、普通じゃないのは確かね。」


「だろ? とまあ、そんな与太話は置いといて。今後の雇用条件はともかく、契約条件としては俺もこれで満足だ。俺は保険になる物を渡したんだから、次はお前が行動するターンだぜ?」


「そうね。じゃあ、さっそく……」


 シュルクにうながされ、ラミアは捕らわれた人々へと目を向けた。


「あんたたちは、これから何をしても自由よ。好きにしなさいな。」


 彼女がそう言うと、その前にいた男性が情けない悲鳴をあげながら彼女との距離を取る。


 それと同時に魔法陣の全てが消えて、鎖に捕らわれていた人々も解放された。


「結構簡単に解除できるんだな?」


「服従の呪術なんて、主人が自由を命令すればそれで終わりよ。呪術をかけるのは一晩かかるけどね。」


「だからぐっすりと眠ってもらう必要があったってわけね。」


 納得の表情で頷いたシュルクは、寄せ集まって震えている人々に向けて手をかざす。


「霊子凝集。詠唱開始。召還、第七霊神。―――出でよ《次元の旅人 ワーパリア》」


 シュルクが淡々と呪文をつむぐと、強い光が人々を包む。
 その光が消えた頃には、ツアー客は一人として洞窟に残っていなかった。


「まさか、たったの一回で全員を運ぶなんて……」


「この場所は、俺にとっちゃ力が枯れない永久機関みたいなもんだから。このくらいの芸当をしないと、霊子が散っていかないんだよ。」


「へえぇー……あたしたちも、そのうち運んでもらおうっと。」


「おい。この場所ではって話だ。普段は、同時に送れても五人が限界だ。それより、早いところここを出ないか? のんびりしてたら、せっかく散った霊子がまた集まってきちまう。」


 辟易としながら、シュルクが洞窟の出口の方向へ一歩。


 次の瞬間―――海に突き出した岩場の向こうで、間欠泉のように大量の光が噴き上げる。


「げ…っ。何これ!?」


 初めて見る現象なのか、ラミアを始めとした全員が驚愕に目をく。
 そんな中―――


「あー…。色々とあったせいで、本来の用事を忘れてたわ。」


 一人だけ心当たりのあるシュルクが、げんなりと肩を落とした。


「そういや、俺がネラみさきを目指したのは、ここの霊子たちに呼ばれたからなんだった。」


「ってことは、あんたが原因なわけ!?」


「そうだな。さくっと、野暮用を済ませてくるわ。そんなに時間はかからないから。」


 スタスタと岩場の先端へと向かうシュルク。
 それを、フィオリアはただの傍観者の一人として見つめるしかない。




「さあ、フィオリア―――ここからは、お前の仕事だ。」




 どこか明るい声が彼女の脳裏を揺さぶったのは、その時だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ
ファンタジー
僅か5歳の若さで「用済み」という理不尽な理由で殺された子供の「霧崎 雛」次に目覚めるとそこは自分の知る世界とは異なる「世界」であり、おおきく戸惑う。まるでRPGを想像させる様々な種族が入り乱れた世界観であり、同時に種族間の対立が非常に激しかった。 人間(ヒューマン)、森人族(エルフ)、獸人族(ビースト)、巨人族(ジャイアント)、人魚族(マーメイド)、そしてかつては世界征服を成し遂げた魔族(デーモン)。 これは現実世界の記憶が持つ「雛」がハーフエルフの「レノ」として生きて行き、様々な種族との交流を深めていく物語である。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした

あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を 自分の世界へと召喚した。 召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと 願いを託す。 しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、 全く向けられていなかった。 何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、 将来性も期待性もバッチリであったが... この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。 でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか? だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし... 周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を 俺に投げてくる始末。 そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と 罵って蔑ろにしてきやがる...。 元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで 最低、一年はかかるとの事だ。 こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から 出ようとした瞬間... 「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」 ...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...