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第22歩目 形に囚われない想い
契約交渉
しおりを挟む「シュルク!! 何を言ってるの!?」
シュルクの発言に、フィオリアはたまらず声を荒げる。
「なんだよ? 何か不服か?」
対するシュルクがフィオリアに向けた視線は、あまりにも冷たかった。
「お前も知ってんだろ? 俺は、命令されて飼われるのが大嫌いなんだよ。飼うか飼われるかの二択なら、迷いなく飼う側を選ぶさ。それに、恵み子の能力を持ってるって知られた時点で、俺に選択肢なんかないだろ。情報をばらまかれて裏社会全域で賞金首になるなんざ、それこそごめんだし。」
「そんな……でも…っ」
「―――もう、疲れたんだよ。」
鼓膜を揺らすのは、空っぽな声。
今までの彼とは正反対のそれに、ただでさえ少なかった制止の言葉がゼロになってしまう。
「んで? お前が俺に提示する対価は?」
黙り込んだフィオリアをさっさと意識から追い出し、シュルクは淡泊にラミアへと訊ねる。
「そうねぇ…。とりあえず、契約金はあんたの言い値でいいわよ。あんたなら、すぐに倍にして返してくれるだろうし。」
「金銭以外の要求は?」
「あたしで叶えられるものなら、なんだって。」
「随分と破格なんだな。」
「それだけ、あんたの見た目と能力を高く評価してるんだって思ってちょうだい。それに、中途半端が嫌いそうなあんたなら、一度決めたことを曲げるなんてしなさそうだし。」
「そりゃどうも。ま、俺もお前の仲間に対する情の厚さは信用してもよさそうだと思ったから、交渉に応じる気になったんだけどさ。」
「あら。そこを決定打にするなんて、あんたの洞察力には恐れ入るわ。」
「この体質を隠して生きる以上、周りの機微には敏感でなきゃいけなくてね。その辺の話は追い追いしてやるよ。じゃあ……俺からお前に、第一の条件提示といこう。」
そう告げたシュルクは、ラミアの前でひざまずいている男性を見やる。
「俺に比べたら、ここにいる奴らは端金みたいなもんだろ? 俺に免じて、今回だけ呪術を解除した上で解放してやってくれ。」
「こいつらを?」
第一の要求としては、かなり予想外だったのかもしれない。
それを聞いたラミアは、きょとんと瞼を叩いた。
「あんたも、妙なことを言うわね。あたしの仲間になるって言った同じ口で、奴隷落ちした奴らを解放しろだなんて。」
「おいおい。堅気がすぐに裏の色に染まれるなんて思わないでくれ。」
溜め息混じりに述べたシュルクは、悲しさ半分、自嘲半分といった複雑な笑みを浮かべる。
「フィオリアがあんなに必死になったのに、大して真面目に取り合わなかった馬鹿な奴らだけどさ……ついさっきまで一緒に旅を楽しんできた人が目の前で捕まるのは、ちょっとな……」
「あー…。いきなりこれは、刺激が強すぎたかしら。」
「そういうこった。ま、最後の罪滅ぼし的な善意だと思ってくれよ。どうせ、そのうち慣れてこういう罪悪感も湧かなくなるだろ。」
「よくも悪くも、慣れって怖いものねぇ。……いいでしょう。そのくらい、安い対価だわ。」
最終的なラミアの答えは了承。
それを受けて、シュルクは交渉を次のフェーズへ。
「もう一つ。……フィオリアだけは、俺の手で安全な屋敷まで届けさせてほしい。」
翡翠の瞳が、憂いと共にフィオリアを映す。
「俺と一緒に来いって言ったところで、こいつは頷かないだろう。なら、せめて今の仕事を全うしてから縁を切りたくてな。」
「………」
「もちろん、なんの保険もなしに要求を飲んでもらおうとなんか思っちゃいないから安心しろ。」
ラミアの無言に含まれた疑念に先手を打つように、シュルクは右手を閃かせた。
そこから放り投げられた物は、光の帯を描きながらラミアの手に落ちる。
「俺の身の保険には、それを。」
「―――っ!!」
シュルクがラミアに渡した物が彼の運命石だと悟り、フィオリアは声にならない悲鳴をあげる。
呪術を扱える奴隷商に運命石を渡す。
それは、自分の命を渡すことにも等しい。
「―――オッケー。その要求も、受け入れましょう?」
故に、ラミアは不服そうな表情を取り下げて笑った。
「一応、偽物じゃないかだけ確かめさせてもらうわよ?」
念には念を入れよというやつか。
ラミアがそう言うと、仲間の一人である女性が無言で運命石を受け取った。
「間違いなく本物です。……というか、これを偽物だと論じられる根拠がありません。」
「ほんと、すごいわねぇ……」
シュルクの運命石に群がる霊子の量に、呪術師の女性もラミアも半ば引いているよう。
「留め金を留めて円環にしないと、まじないが効果を発揮しない代物だからな。まじないがないと、このとおり。一目で異常者だってばれちまうわけよ。」
「あたしにとってはお宝だけど……ま、普通じゃないのは確かね。」
「だろ? とまあ、そんな与太話は置いといて。今後の雇用条件はともかく、契約条件としては俺もこれで満足だ。俺は保険になる物を渡したんだから、次はお前が行動するターンだぜ?」
「そうね。じゃあ、さっそく……」
シュルクに促され、ラミアは捕らわれた人々へと目を向けた。
「あんたたちは、これから何をしても自由よ。好きにしなさいな。」
彼女がそう言うと、その前にいた男性が情けない悲鳴をあげながら彼女との距離を取る。
それと同時に魔法陣の全てが消えて、鎖に捕らわれていた人々も解放された。
「結構簡単に解除できるんだな?」
「服従の呪術なんて、主人が自由を命令すればそれで終わりよ。呪術をかけるのは一晩かかるけどね。」
「だからぐっすりと眠ってもらう必要があったってわけね。」
納得の表情で頷いたシュルクは、寄せ集まって震えている人々に向けて手をかざす。
「霊子凝集。詠唱開始。召還、第七霊神。―――出でよ《次元の旅人 ワーパリア》」
シュルクが淡々と呪文を紡ぐと、強い光が人々を包む。
その光が消えた頃には、ツアー客は一人として洞窟に残っていなかった。
「まさか、たったの一回で全員を運ぶなんて……」
「この場所は、俺にとっちゃ力が枯れない永久機関みたいなもんだから。このくらいの芸当をしないと、霊子が散っていかないんだよ。」
「へえぇー……あたしたちも、そのうち運んでもらおうっと。」
「おい。この場所ではって話だ。普段は、同時に送れても五人が限界だ。それより、早いところここを出ないか? のんびりしてたら、せっかく散った霊子がまた集まってきちまう。」
辟易としながら、シュルクが洞窟の出口の方向へ一歩。
次の瞬間―――海に突き出した岩場の向こうで、間欠泉のように大量の光が噴き上げる。
「げ…っ。何これ!?」
初めて見る現象なのか、ラミアを始めとした全員が驚愕に目を剥く。
そんな中―――
「あー…。色々とあったせいで、本来の用事を忘れてたわ。」
一人だけ心当たりのあるシュルクが、げんなりと肩を落とした。
「そういや、俺がネラ岬を目指したのは、ここの霊子たちに呼ばれたからなんだった。」
「ってことは、あんたが原因なわけ!?」
「そうだな。さくっと、野暮用を済ませてくるわ。そんなに時間はかからないから。」
スタスタと岩場の先端へと向かうシュルク。
それを、フィオリアはただの傍観者の一人として見つめるしかない。
「さあ、フィオリア―――ここからは、お前の仕事だ。」
どこか明るい声が彼女の脳裏を揺さぶったのは、その時だった。
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