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第21歩目 何を一番にするべきか
紫縞の帳を臨む場所
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最後の避難者たちを連れて、木々が乱立した小さな林を歩く。
すると、シュルクが言ったとおり、途中で自分たちを迎えに来た従業員と合流した。
ここから先は道を知っている人じゃないと迷ってしまうので、合流できてよかった。
そう告げた女性の言葉の意味は、彼女に先導されて歩くこと五分で分かった。
おそらく、誰かがミストリアを召還しているのだろう。
林を奥に進むほど、周囲は深い霧に包まれていったのだ。
そこからさらに幻影の効果を持つ霊神の領域を二つ超えた場所に、細い岩の隙間から入れる洞窟があった。
とても念入りに隠された場所だ。
これは確かに、案内なしには辿り着けないだろう。
洞窟に入ってからは、いくつもの上り道と下り道、分かれ道を通ってどんどん奥へと進む。
そうしてようやく到着した場所は、ホール状に開けた広い空間だった。
(ここがきっと、ネラ岬の先端……)
海に大きく突き出した岩場に立ち、フィオリアはそこから一望できる景色を眺める。
ここは、ネラ岬を形成する崖の中腹に位置するようだ。
頭上を仰げば、数十メートル先に草が生えた地面が見える。
そして、崖の先に広がる青い海。
水平線の向こうには、先端が仄かに白い紫色のオーロラが帳を下ろしている。
まだ日が昇っている時間なのに、まるで夜空のように見える不思議な風景だ。
「………」
フィオリアは次に、視線をホール状の空間へ。
ここに辿り着くまでの道のりは、お世辞にも楽な道とは言えなかった。
盗賊に襲われたという精神的な負荷もあって、避難してきた皆は疲労困憊のようだ。
仮にシュルクたちが盗賊を蹴散らしたとしても、ラミアたちの問題が待っている。
彼女たちが本性を顕して攻撃してきたら、簡単に捕らわれてしまう可能性が高いだろう。
そうなる前に……
「あの、ちょっといいですか?」
すぐ近くにいた従業員の男性に声をかける。
「ああ、フィオリアさん。先ほどは、私たちの代わりに残った人たちを連れてきてくれて、ありがとうございました。」
「いえ、それはいいんです。それよりも、相談があって。」
時間も限られているので、無駄なやりとりは最低限にして本題に入ることに。
「ここにこもっていても、皆さんの消耗が激しくなるだけです。せめて女性だけでも、ワーパリアでリドーに送ってあげませんか?」
二日と数時間をかけたネラ岬までの行程。
しかしながら、観光地でゆっくりとでき、宿に入る時間帯にも余裕があったのが救い。
実のところ、ここはリドーからそこまで離れてはいない。
ここにいる全員をリドーに送るのは無理でも、手分けをすれば女性くらいはいち早く危機から遠ざけられるはずだ。
「そうしたいのは、私たちも山々なんですけど……」
こちらの提案に、彼はすぐに同意しなかった。
「私たちも、先ほどまで霊神を荒使いしていたもので…。第一霊神くらいならともかく、ワーパリアほどの高位霊神を使える余力までは……」
確かに、彼が言うことは道理。
自分だって、普通の環境ならこの状況でワーパリアの召還はできなかったと思う。
だけど―――
「大丈夫です。ここでなら、一人につきあと数回はワーパリアの召還ができます。」
自分には、そう断言できる自信があった。
「この場所は、他の場所に比べて圧倒的に霊子が多いんです。自然と霊子が集まる分、霊神召還にかかる労力も減ります。その証拠に、この辺りでは楽に霊神召還ができる上に、その効力も強くなりませんか?」
「それは……」
冷静に訊ねると、彼は図星を突かれたように固まった。
ここは、ルルーシェの運命石が眠る場所。
その環境がこれまで巡った場所と共通なら、ここには霊子が豊富に満ちているはず。
近くに恵み子であるシュルクがいるのだから、その動きも活発化していると推測できる。
霊神召還をするにあたって、こんなにも好条件な土地は他にないのだ。
「お願いします。私を信じてください。」
論理的に根拠は提示したので、今度は声に感情を込めて訴える。
すると、こちらの熱意に押し負けたらしい彼が大きく息を吐いた。
「分かりました。やれるだけやってみましょう。」
「………っ! ありがとうございます!」
これまでどんなにラミアのことを進言しても聞き入れてもらえなかっただけに、自分の言葉が届いた嬉しさはひとしお。
深々と頭を下げたフィオリアに、彼は眉を下げて笑った。
「いえいえ。お客様を無事にリドーへ送り届けたいのは、私たちも同じですから。とはいえ、私たちスタッフも疲弊しているのが現状です。少しだけ休んでから動き出しましょう。」
「じゃあ、皆さんが休んでいる間、私が先に何人か送っておきます。」
「いや、さすがにお客様にそこまでさせるわけにはいかないですって。」
ぽん、と。
両肩に、大きな手が置かれる。
その瞬間―――彼がたたえる笑みが雰囲気を変える。
「あなたもお疲れでしょう? だから……ゆっくりと、お休みください。」
不気味な笑顔と、ねっとりと絡みつくような声。
それにぞっとした時、足元からまぶしい光があふれた。
「フィオリア!!」
切羽詰まった叫び声が響くと同時に、体が平衡感覚を失って―――
すると、シュルクが言ったとおり、途中で自分たちを迎えに来た従業員と合流した。
ここから先は道を知っている人じゃないと迷ってしまうので、合流できてよかった。
そう告げた女性の言葉の意味は、彼女に先導されて歩くこと五分で分かった。
おそらく、誰かがミストリアを召還しているのだろう。
林を奥に進むほど、周囲は深い霧に包まれていったのだ。
そこからさらに幻影の効果を持つ霊神の領域を二つ超えた場所に、細い岩の隙間から入れる洞窟があった。
とても念入りに隠された場所だ。
これは確かに、案内なしには辿り着けないだろう。
洞窟に入ってからは、いくつもの上り道と下り道、分かれ道を通ってどんどん奥へと進む。
そうしてようやく到着した場所は、ホール状に開けた広い空間だった。
(ここがきっと、ネラ岬の先端……)
海に大きく突き出した岩場に立ち、フィオリアはそこから一望できる景色を眺める。
ここは、ネラ岬を形成する崖の中腹に位置するようだ。
頭上を仰げば、数十メートル先に草が生えた地面が見える。
そして、崖の先に広がる青い海。
水平線の向こうには、先端が仄かに白い紫色のオーロラが帳を下ろしている。
まだ日が昇っている時間なのに、まるで夜空のように見える不思議な風景だ。
「………」
フィオリアは次に、視線をホール状の空間へ。
ここに辿り着くまでの道のりは、お世辞にも楽な道とは言えなかった。
盗賊に襲われたという精神的な負荷もあって、避難してきた皆は疲労困憊のようだ。
仮にシュルクたちが盗賊を蹴散らしたとしても、ラミアたちの問題が待っている。
彼女たちが本性を顕して攻撃してきたら、簡単に捕らわれてしまう可能性が高いだろう。
そうなる前に……
「あの、ちょっといいですか?」
すぐ近くにいた従業員の男性に声をかける。
「ああ、フィオリアさん。先ほどは、私たちの代わりに残った人たちを連れてきてくれて、ありがとうございました。」
「いえ、それはいいんです。それよりも、相談があって。」
時間も限られているので、無駄なやりとりは最低限にして本題に入ることに。
「ここにこもっていても、皆さんの消耗が激しくなるだけです。せめて女性だけでも、ワーパリアでリドーに送ってあげませんか?」
二日と数時間をかけたネラ岬までの行程。
しかしながら、観光地でゆっくりとでき、宿に入る時間帯にも余裕があったのが救い。
実のところ、ここはリドーからそこまで離れてはいない。
ここにいる全員をリドーに送るのは無理でも、手分けをすれば女性くらいはいち早く危機から遠ざけられるはずだ。
「そうしたいのは、私たちも山々なんですけど……」
こちらの提案に、彼はすぐに同意しなかった。
「私たちも、先ほどまで霊神を荒使いしていたもので…。第一霊神くらいならともかく、ワーパリアほどの高位霊神を使える余力までは……」
確かに、彼が言うことは道理。
自分だって、普通の環境ならこの状況でワーパリアの召還はできなかったと思う。
だけど―――
「大丈夫です。ここでなら、一人につきあと数回はワーパリアの召還ができます。」
自分には、そう断言できる自信があった。
「この場所は、他の場所に比べて圧倒的に霊子が多いんです。自然と霊子が集まる分、霊神召還にかかる労力も減ります。その証拠に、この辺りでは楽に霊神召還ができる上に、その効力も強くなりませんか?」
「それは……」
冷静に訊ねると、彼は図星を突かれたように固まった。
ここは、ルルーシェの運命石が眠る場所。
その環境がこれまで巡った場所と共通なら、ここには霊子が豊富に満ちているはず。
近くに恵み子であるシュルクがいるのだから、その動きも活発化していると推測できる。
霊神召還をするにあたって、こんなにも好条件な土地は他にないのだ。
「お願いします。私を信じてください。」
論理的に根拠は提示したので、今度は声に感情を込めて訴える。
すると、こちらの熱意に押し負けたらしい彼が大きく息を吐いた。
「分かりました。やれるだけやってみましょう。」
「………っ! ありがとうございます!」
これまでどんなにラミアのことを進言しても聞き入れてもらえなかっただけに、自分の言葉が届いた嬉しさはひとしお。
深々と頭を下げたフィオリアに、彼は眉を下げて笑った。
「いえいえ。お客様を無事にリドーへ送り届けたいのは、私たちも同じですから。とはいえ、私たちスタッフも疲弊しているのが現状です。少しだけ休んでから動き出しましょう。」
「じゃあ、皆さんが休んでいる間、私が先に何人か送っておきます。」
「いや、さすがにお客様にそこまでさせるわけにはいかないですって。」
ぽん、と。
両肩に、大きな手が置かれる。
その瞬間―――彼がたたえる笑みが雰囲気を変える。
「あなたもお疲れでしょう? だから……ゆっくりと、お休みください。」
不気味な笑顔と、ねっとりと絡みつくような声。
それにぞっとした時、足元からまぶしい光があふれた。
「フィオリア!!」
切羽詰まった叫び声が響くと同時に、体が平衡感覚を失って―――
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