Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
211 / 236
第21歩目 何を一番にするべきか

信じているからこそ

しおりを挟む

「皆さん! 落ち着いて! 絶対に助かりますから! 声を出さないように、静かにこっちへ!!」


 霊神の力で器用にツアー客だけに声を届けながら、フィオリアはせわしなく動いた。


 隠密系の霊神を扱えるスタッフがいる。
 添乗員の男性がそう言っていたものの、状況はあまりかんばしくはなかった。


 隠密という単語からも察せられるとおり、気配を隠したり周囲の何かに擬態する霊神というものは、他の霊神よりも安定性を求められる。


 とはいえ、数十メートル先では激しい戦いが繰り広げられている状況だ。


 使命感に駈られている自分や肝がわっているシュルクは比較的冷静でも、唐突に身の危険にさらされることになった他の客たちは混乱の最中さなかに叩き落とされていた。


 いくら従業員たちが隠密系の霊神を扱えたとしても、そこに同行する客たちがパニックのままでは上手く姿を隠せない。


 従業員たちに協力を申し出た後、フィオリアは混乱している客たちをなだめることに注力した。


 そして、冷静さを取り戻した客から従業員に引き渡し、また次の客の元へ。


 それと同時にカモフラージュとして、五台あったうちの二台の馬車がリドー方面へと発車。


 もく論見ろみどおり、盗賊の半分ほどがその馬車を追ってこの場から離れてくれた。


(あともう少し……)


 三十人ほどいたツアー客も、残すは数人。


 先に誘導した人々を無事に避難所に送り届けてきた従業員の姿を何回か見たからか、残っている人々も徐々に落ち着いてきた。


 あと一人でも従業員が戻ってこれば、この人たちを託して自分たちも避難に移れそうだ。


〈くそっ。舐めた真似をしやがって!!〉


 その時、あまり聞き慣れない言語の怒鳴り声が遠くに聞こえた。


 これはナナリア語。
 そして、この場でこの言語を使っていたのは―――


 ハッとそちらを仰ぎ見ると、先ほどカモフラージュの馬車を追った盗賊たちがこちらに戻ってくるところだった。


 しかも、あちらも馬鹿ではないらしく、木々や岩場を利用してツアーの護衛たちの死角から姿を現したのである。


〈ちっ。残ってるのはこれだけかよ。〉


 フィオリアたちを見つけた彼らは、つまらなそうに舌を打つ。
 しかし、そんな不機嫌そうな表情も、次には獲物を吟味するような思案げなものへ。


〈まあ、収穫なしよりはマシか。今回は、かなりの上玉もいるみたいだしな。〉


 先頭にいた男がまっすぐに見るのは、他の皆をかばうように両手を広げているフィオリア。


 フィオリアを観察する男の目が、にやりと歪む。


〈おい。他の奴は後回しで構わねぇから、まずはあの銀髪の女を―――〉


 男の指示は、最後まで続かない。
 それよりも圧倒的に早く風を切った何かが、男の体を派手にぶっ飛ばしたからだ。


〈銀髪の女を……なんだって?〉


 手加減なしで男を蹴り飛ばした上に、きっちりと盗賊たちと距離を取った場所に着地して、シュルクが底冷えするような気迫をバックに訊ねる。


 すると―――


〔わあお! あんた、ペチカ語だけじゃなくて、ナナリア語もしゃべれるの? 普通に、通訳として欲しいんですけどー♪〕


 この場にそぐわない明るさのティーン語が横槍に入る。
 同時に、上空から放たれた矢が盗賊の一人を撃ち抜いた。


〔……なんのつもりだ?〕
〔いや、普通に助太刀だけど?〕


 苦虫を噛み潰したような顔をするシュルクに笑って、ボウガンを手にしたラミアがその隣に舞い降りる。


〔安心しなさい。確かにこいつらは協力者だけど、味方ってわけじゃないのよ。〕


 この場にティーン語が分かる人が自分とシュルク以外にいないと分かっているからか、ラミアは堂々とそんなことをのたまう。


〔商品の移送用馬車を運んで、獲物を襲撃する役目を請け負う代わりに、あたしたちが商品を回収するまでに狩った獲物の所有権はもらってもいい……そういう契約でね。〕


下衆げすい契約だな。〕


〔んふふ。裏社会の契約なんて、破ることが前提みたいなものよ? とはいえ、あいつらに商品を横取りされたくはないから、ここはあたしたちもマジで戦うわけよ。〕


〔なるほどねぇ…。じゃ、今は俺の背後を取らないって誓えるのな?〕


〔もちろん。さっきの身のこなしを見れば、あんたを潰したら損をするだけだって明白だもの。それに……あたし、仲間になる予定の人と仲間になった人には、とびきり優しいのよ?〕


〔それを嘘だと言えないのが、複雑極まりないな。……ま、今だけは信じてやるよ。〕


 そう告げたシュルクは、外套がいとうのボタンを外すと、脱いだそれを勢いよく後ろに放り投げた。


「フィオリア!」


 身軽な服装で身構えながら、シュルクが自分を呼ぶ。


「お前が霊神を使って、その人たちを連れていけ! 今までスタッフたちが歩いていった方向に進めば、どこかで戻ってきたスタッフと合流できるだろ!!」


「で、でも…っ」


「少しでも多くの人たちを逃がしたい! それが、お前の選択じゃなかったか!?」


「―――っ」


 つい先ほどの発言を繰り返されて、彼を心配したが故の躊躇ためらいが引っ込んでしまう。
 口をつぐんだ自分と目を合わせたシュルクは、真剣なまなしでこう告げた。


「お前を信じてるからこそ、こうして任せてるんだ。その人たちをきちんと送り届けて、俺が戻るまでは無茶なことをするんじゃねぇぞ。」


 翡翠ひすい色の双眸に込められたのは、言葉どおり強い信頼感。
 それが嬉しくて、そして背中を強く押してくれる。


「―――分かった。絶対に、シュルクも戻ってきてね!」
「言われなくても! この程度の雑魚ざこになんかやられるかよ!!」


 自信満々に宣言したシュルクは、一切の名残惜しさも見せずに背中を向ける。


〔あら? 大事なお嬢様と離れてもいいの?〕
〔茶化すな。状況が状況だ。それに、仲間になる予定の奴には優しいんだろ?〕


〔そう言うってことは、交渉の結果には期待してていいのかしら?〕
〔さあな。それより、俺の背中を預かるからには足を引っ張るなよ?〕


〔うっわ、ものすんごい上から目線だこと。そう言うあんたはどうなのよ。〕
〔こちとら、十歳の時からしごきにしごかれてるんでね。余計な心配はやめとけよな!!〕


 どこか好戦的に笑ったシュルクが、次の瞬間には目をみはるスピードで敵陣に突っ込んでいく。


 少しばかりラミアの動きが心配だったが、彼女は先ほどの発言を覆すことなく、敵を翻弄ほんろうすることとシュルクをフォローすることに力を注いでいた。


 シュルクなら、きっと大丈夫。
 彼が自分を信じてくれたように、自分も彼を信じて今に適した行動をしなければ。


「皆さん、今のうちに行きましょう。」


 呼吸一つで意識を切り替えたフィオリアは、人々を見渡してそう告げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした

あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を 自分の世界へと召喚した。 召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと 願いを託す。 しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、 全く向けられていなかった。 何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、 将来性も期待性もバッチリであったが... この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。 でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか? だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし... 周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を 俺に投げてくる始末。 そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と 罵って蔑ろにしてきやがる...。 元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで 最低、一年はかかるとの事だ。 こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から 出ようとした瞬間... 「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」 ...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...