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第21歩目 何を一番にするべきか
悪魔の誘い
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決して大声ではなかったが、周囲の静寂さ故によく通った声。
シュルクの声だ。
「えー? いいじゃない、別にー。」
続いて聞こえてきたのは、ラミアの声。
フィオリアは、大慌てで顔を上げてドアに向かった。
「お前な……まさか、このまま部屋まで押しかけようとか思ってないだろうな?」
「うふふ、それも面白そうね。」
「やめろって。フィオリアが余計に臍を曲げるだろうが。」
その声は、心底うざったそう。
辟易としたシュルクの顔が目に浮かぶようだ。
「霊子凝集。詠唱開始。召還、第四霊神……」
フィオリアは、外には聞こえないように呪文を唱える。
シュルクとラミアが一緒にいることは不愉快だが、シュルクを相手にラミアが気を抜いているなら今がチャンスだ。
彼らのやり取りを、声の記録として残そう。
それを証拠として突き出せば、彼女の素性を客観的な事実として皆に受け入れてもらえるはず。
ツアーは中止にできないかもしれない。
それでも、ラミアとその仲間をこのツアーから追い出せれば、ひとまずはそれでいい。
それなら、シュルクも文句は言うまい。
そう思っていたのだが……
「ああ、あの子ね。わざと思わせ振りな態度をしてよかったわ。あんたと綺麗に仲違いしてくれたみたいで。」
(―――え…?)
思わぬラミアの発言に、霊神召還に集中しようとしていた気持ちがぶれてしまった。
「俺たちには手出しするなって言ったはずだけど?」
シュルクの声に棘が混じる。
「やぁねぇ。別に、奴隷としてどうこうしたわけじゃないわよ。」
「島であいつに手を出そうとしたくせに、よく言えたもんだな。」
「あの時は、あんたが傍にいなかったんだもの。それに、別にあたしはちゃんと約束したわけじゃないしー。」
「はっ。いっそ清々しいな。」
シュルクは鼻で笑う。
「で? 俺たちを仲違いさせて、お前は何がしたいわけ?」
明らかに温度を下げるシュルクの声。
「ふふ…。その方が、この後に来るお別れが寂しくないでしょう?」
ねっとりと、絡みつくように。
ラミアはそう告げた。
「意味が分からねぇな。」
「とぼけちゃって。」
ばっさりと言い捨てたシュルクに対し、ラミアはとても機嫌がよさそうだ。
「ねぇ。あんた、私たちの仲間にならない?」
「―――っ!?」
まさか、島で言っていたことが本気だったなんて。
ラミアの提案に、フィオリアは息を飲んだ。
「悪ふざけも大概にしろ。」
シュルクは、迷うことなく否を唱える。
しかし、それで引くようなラミアではなかった。
「悪ふざけ? あたしは、そんなに安く自分の懐に人は入れないわよ。」
歌うように囁くラミア。
対するフィオリアは、真っ青な顔で両手を握る。
緊張で体が動かない。
不安が喉に絡んで、声も出せない。
ドア一枚向こうでフィオリアが聞いていると知っているのかいないのか、ラミアは楽しげに続ける。
「あのお嬢様と違って、あんたはこの世の清濁ってやつを理解しているでしょう? あたしたちに対して、薄っぺらい正義感も振りかざさない。」
「勘違いもほどほどにしとけよ。確かに、お前らのやることに口も手も出さないとは言った。だけど、それはお前らを認めたからってわけじゃない。心底軽蔑はしてるからな。」
「そうやって軽蔑されるのも、明日は我が身ってね。」
くすくすと。
それは、自分の行いを顧みるつもりがないと示すような笑い声。
「人って簡単よ? 楽ができる生き方があるなら、そっちを選ぶ。きっかけさえあれば、いとも簡単に手を汚せる。そういう生き物なの。あたしは、あんたにそのきっかけをあげてるだけよ。」
「きっかけだと?」
「そう。お嬢様のお守りなんて堅苦しいことはやめて、あたしたちと好き勝手にやらない? 少しは考えたことがあるんじゃない? その見た目と能力さえあれば、他人を踊らせて自分は楽ができるんじゃないかって。」
「……嫌なことを言うな、お前も。」
声の雰囲気から、シュルクの表情に苦渋が満ちたことが窺い知れる。
「まあ、そういう風にふてくされてた時があったのは認めるよ。俺が何かをしなくても、どうせ食いぶちには困らないってな。」
「本当にそのとおりね。だからこそ、こうしてスカウトしてるわけだし。」
ラミアの声音は、宝物を見つけたかのように無邪気だった。
「こっち側の世界に来ちゃいなさいよ。奴隷商は嫌だって言うなら、他にいくらでもあてがあるの。あたし、手広く色んな事をやってるし。どう? 楽に稼げることと、身の安全は保証するわよ。」
「………」
黙るシュルク。
静まる空間。
シュルクが次にどんなことを言うのか。
別に彼を疑っているわけではないのだけど、これ以上話を聞いていたくなくて―――
結果、フィオリアは大きくドアを開いて二人の会話を遮ったのだった。
シュルクの声だ。
「えー? いいじゃない、別にー。」
続いて聞こえてきたのは、ラミアの声。
フィオリアは、大慌てで顔を上げてドアに向かった。
「お前な……まさか、このまま部屋まで押しかけようとか思ってないだろうな?」
「うふふ、それも面白そうね。」
「やめろって。フィオリアが余計に臍を曲げるだろうが。」
その声は、心底うざったそう。
辟易としたシュルクの顔が目に浮かぶようだ。
「霊子凝集。詠唱開始。召還、第四霊神……」
フィオリアは、外には聞こえないように呪文を唱える。
シュルクとラミアが一緒にいることは不愉快だが、シュルクを相手にラミアが気を抜いているなら今がチャンスだ。
彼らのやり取りを、声の記録として残そう。
それを証拠として突き出せば、彼女の素性を客観的な事実として皆に受け入れてもらえるはず。
ツアーは中止にできないかもしれない。
それでも、ラミアとその仲間をこのツアーから追い出せれば、ひとまずはそれでいい。
それなら、シュルクも文句は言うまい。
そう思っていたのだが……
「ああ、あの子ね。わざと思わせ振りな態度をしてよかったわ。あんたと綺麗に仲違いしてくれたみたいで。」
(―――え…?)
思わぬラミアの発言に、霊神召還に集中しようとしていた気持ちがぶれてしまった。
「俺たちには手出しするなって言ったはずだけど?」
シュルクの声に棘が混じる。
「やぁねぇ。別に、奴隷としてどうこうしたわけじゃないわよ。」
「島であいつに手を出そうとしたくせに、よく言えたもんだな。」
「あの時は、あんたが傍にいなかったんだもの。それに、別にあたしはちゃんと約束したわけじゃないしー。」
「はっ。いっそ清々しいな。」
シュルクは鼻で笑う。
「で? 俺たちを仲違いさせて、お前は何がしたいわけ?」
明らかに温度を下げるシュルクの声。
「ふふ…。その方が、この後に来るお別れが寂しくないでしょう?」
ねっとりと、絡みつくように。
ラミアはそう告げた。
「意味が分からねぇな。」
「とぼけちゃって。」
ばっさりと言い捨てたシュルクに対し、ラミアはとても機嫌がよさそうだ。
「ねぇ。あんた、私たちの仲間にならない?」
「―――っ!?」
まさか、島で言っていたことが本気だったなんて。
ラミアの提案に、フィオリアは息を飲んだ。
「悪ふざけも大概にしろ。」
シュルクは、迷うことなく否を唱える。
しかし、それで引くようなラミアではなかった。
「悪ふざけ? あたしは、そんなに安く自分の懐に人は入れないわよ。」
歌うように囁くラミア。
対するフィオリアは、真っ青な顔で両手を握る。
緊張で体が動かない。
不安が喉に絡んで、声も出せない。
ドア一枚向こうでフィオリアが聞いていると知っているのかいないのか、ラミアは楽しげに続ける。
「あのお嬢様と違って、あんたはこの世の清濁ってやつを理解しているでしょう? あたしたちに対して、薄っぺらい正義感も振りかざさない。」
「勘違いもほどほどにしとけよ。確かに、お前らのやることに口も手も出さないとは言った。だけど、それはお前らを認めたからってわけじゃない。心底軽蔑はしてるからな。」
「そうやって軽蔑されるのも、明日は我が身ってね。」
くすくすと。
それは、自分の行いを顧みるつもりがないと示すような笑い声。
「人って簡単よ? 楽ができる生き方があるなら、そっちを選ぶ。きっかけさえあれば、いとも簡単に手を汚せる。そういう生き物なの。あたしは、あんたにそのきっかけをあげてるだけよ。」
「きっかけだと?」
「そう。お嬢様のお守りなんて堅苦しいことはやめて、あたしたちと好き勝手にやらない? 少しは考えたことがあるんじゃない? その見た目と能力さえあれば、他人を踊らせて自分は楽ができるんじゃないかって。」
「……嫌なことを言うな、お前も。」
声の雰囲気から、シュルクの表情に苦渋が満ちたことが窺い知れる。
「まあ、そういう風にふてくされてた時があったのは認めるよ。俺が何かをしなくても、どうせ食いぶちには困らないってな。」
「本当にそのとおりね。だからこそ、こうしてスカウトしてるわけだし。」
ラミアの声音は、宝物を見つけたかのように無邪気だった。
「こっち側の世界に来ちゃいなさいよ。奴隷商は嫌だって言うなら、他にいくらでもあてがあるの。あたし、手広く色んな事をやってるし。どう? 楽に稼げることと、身の安全は保証するわよ。」
「………」
黙るシュルク。
静まる空間。
シュルクが次にどんなことを言うのか。
別に彼を疑っているわけではないのだけど、これ以上話を聞いていたくなくて―――
結果、フィオリアは大きくドアを開いて二人の会話を遮ったのだった。
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