Fairy Song

時雨青葉

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第20歩目 静観

走る亀裂

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 フィオリアを力強く抱き寄せたシュルクは、思い切り息を吐いた。


「この……馬鹿……」


 荒い息の合間に、頬を汗が伝っていく。


 間に合ってよかった。
 心の底からそう思う。


 慌てて船を降りた後、行く先々でフィオリアの行方を聞きまくった。


 そして、フィオリアが上に行ったという情報を掴み、この抜け道を見つけてからは必死に山道を駆けた。


 フィオリアの姿を見つけてほっとしたのもつかの間、その先にラミアたちがいることに気付いて、ざっと血の気が引いた。


「シュルク…っ」


 フィオリアがすがるようにしがみついてくる。


 ―――やはり、聞いてしまったか。


 胸の中にある小さな体が大きく震えていることで、自分の予想が的中していたことを知った。


「だめじゃない。恋人の手綱たづなを離しちゃ。」


 そう言ってくるラミアが憎たらしいったらない。


「お前ら、こいつに何をしようとしたんだ。」


 フィオリアのこの怯えよう。
 彼女たちが、何かしらの危害を加えようとしたに違いない。


 フィオリアをいだく腕に力を込め、シュルクはラミアたちをきつく睨む。


 しかし、そんなシュルクの警戒もなんのその。
 ラミアは、少しも悪びれもない様子で煙管キセルを口元に持っていくだけだった。


「べっつにー? 厄介なお目付け役がちょうどいないもんだから、あんたを従わせるためにその子を使おうかなって思っただけよ。」


「なっ…!?」


 シュルクは息を飲む。


 もしも、自分が間に合わなかったら―――


 そんなことを思うと、心臓を鷲掴わしづかみにされたかのように思えるほどの危機感に見舞われた。


 それと同時に、ラミアに対しての怒りがふつふつと湧いてくる。


「やあねー。あんたが来たんだから、そこのお嬢様には手を出さないわよ。間に合ったあんたの勝ち。ってなわけで、あんたらも解散よ。」


「……分かりました。」


 ラミアが手を打つと、フィオリアを捕まえようとしていた手先たちが臨戦態勢を解いた。


「―――よかったわね? 間に合って。」


 手下たちがぞろぞろとシュルクたちの隣を通り過ぎていく中、最後に残ったラミアがシュルクの肩を叩いていく。


 いくつもの足音はやがて消え、作業場には風に揺られた木々のさざめきだけが満ちる。


 どれくらいの時が流れた頃だろう。
 突然、フィオリアがその場に崩れ落ちた。


「フィオリア!」


 驚いたシュルクは、自分も膝を折ってその体を支える。


「シュルク……あの人たち……あの人たち…っ」


 相当怖い思いをしたのだろう。
 フィオリアの震えは、一向に止まる気配がなかった。


「言うな。大丈夫だから。」


 できる限り優しく言い聞かせながら、シュルクはフィオリアをしっかりと抱き締めてやる。


 とんだ大失態だ。
 やはり、油断して眠るんじゃなかった。
 おかげで、フィオリアに知らなくていいことを知られてしまったじゃないか。


 本当は、自分だけで飲み込もうと思っていたのに……


「シュルク、どうしよう…。あの人たち、成果は上々だって……逆らう人もいないって言ってたの。」


「………」


「もしかして、今までツアーを抜けていった人って、捕まってたりしない? コルムさんやウタさんは!? 他のみんなは!?」


「……分からない。」


 言えることは、これしかなかった。


 運よくラミアたちから逃げられたかもしれないし、すでに手遅れかもしれない。
 それは、自分にも分からないことだ。


「……止めなきゃ。こんなツアー、今すぐやめさせなきゃ!」


 すっかり取り乱している様子のフィオリア。


「やめておけ。」


 今にも飛び出していきそうなフィオリアを引き留めるように、シュルクはフィオリアを抱く腕に力を込めた。


「今さら俺たちが騒いでも、みんなを混乱させるだけだ。」
「そんな! それでも止めないと!」


「だめだ。俺たちの目的は、ネラみさきに行くことだろ? ツアーを中断されたら困る。」
「だからって……シュルクは、なんでそんなに冷静なの!?」


 はた、と。
 そこで、フィオリアの動きが止まる。




「シュルク……まさか、本当に初めから全部知ってたの?」




 そう問いかけられ、心臓がどきりと跳ねた。
 一瞬、答えるのを躊躇ためらった。


 しかし―――


「シュルク、違うって言ってよ…。嘘だよね…? シュルクが、あの人に交渉を持ちかけたなんて。」


「―――っ」


 あのくそ女め。
 フィオリアが見ているところで、そんなことまで話したのか。


「………違わない。」


 猜疑さいぎ心に満たされたフィオリアの表情。
 そんな顔を見せられては、自分には嘘などつけない……


「昨日、あの女が部屋に押しかけてきやがったんだ。俺を眠らせて、どうにかしたいようだった。それで主犯があいつだって確信したから、俺からは何も手出ししない代わりに、ネラみさきまでは俺たちに手出ししないって飲み込ませたんだよ。」


「そんな……」


 唇を戦慄わななかせるフィオリア。
 どこか裏切られたような色を滲ませる表情が、今は胸にみる。


「なんで……なんで、手出ししないなんて言ったの!? 何をどこまで知ってたのよ!?」


「何を疑ってるのか知らないけど、あの女が仕掛けてくるまでは何も知らなかったよ。俺はただ、この中に確実に奴隷商がいるって想定した上で、考えられる危険を全部避けてきただけだ。」


「それで? あの人たちが奴隷商だったって知った後は? 結局何もしないんでしょ!? どうして放っておくの? 私は、他の人を犠牲にしてまで運命石を集めたいとは思わない!」


「じゃあ、今すぐワーパリアでリドーまで帰れ。ここからは、俺一人で行く。」


 ああ……
 こんなことを言いたいわけじゃないのに。




 気持ちとは裏腹に、口から放たれる声がどんどん温度を落としていく―――



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