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第20歩目 静観
唐突に生まれた疑惑
しおりを挟む(―――え?)
ざっと、血の気が引いていく。
「ほーんと、見た目は一級品なんだけどなぁ。隙がなさすぎて、つまらないなぁ。」
声の主は、どこか楽しげだ。
「………」
フィオリアは、思わずシュルクの手を強く握った。
この声の人は、さっきから何を言っているの?
手出し?
一級品?
まるで、宝石でも品定めするような……
『ここのスタッフも客も、全員を敵だと思うことにしてる。』
昨日、シュルクが放った言葉が脳裏に響く。
次にひらめくのは、ツアーが始まってから出会った人々の姿。
皆優しかった。
本当にいい人たちだった。
だけど……
まさか、本当に…?
「………っ」
喉が空気を飲む。
緊張と不安でがんじがらめになって、体が動かない。
暗い世界に波紋を広げるのは、どこか楽しそうな誰かの声と、自分の心臓が早鐘を打つ音だけ。
その時、向かいにいる人物がくすりと笑った。
「まあ、高嶺の花は高くてなんぼよね。―――狩りがいがあるわ。」
「―――っ!!」
次の瞬間、フィオリアは意識とは関係なく飛び起きていた。
「あら。」
「ラミア……さん…?」
外套の胸の辺りをぎゅっと押さえつけ、上がりそうになる呼吸の隙間で問いかける。
「ごめんなさいね。起こしちゃった?」
ラミアは、至って普段どおりだ。
「今、何言って……」
カラカラに乾いた自分の声。
怖い。
答えを聞くのが怖いよ。
(シュルク…っ)
とっさに心が助けを求めて、そこでハッと我に返る。
だめだ。
ここで挫けるな。
ぐっと唾を飲み込み、フィオリアはラミアを睨んだ。
「どうしたの? 変な夢でも見た?」
こちらの問いに、ラミアは不思議そうに首を傾げるだけだった。
「え…? 夢…?」
まさかの回答に、ポカンと口を開くフィオリア。
「怖い顔して汗までかいちゃって、ひどい顔色よ?」
気遣わしげなラミアが、前髪を梳いてくる。
それに、本能的な嫌悪感を抱いてしまった。
「いやっ!」
とっさに、彼女の手を振り払ってしまう。
「ちょっと……大丈夫?」
ラミアは、特に不快そうな反応はしなかった。
一方のフィオリアは、泣きそうに顔を歪める。
どうしよう。
分からない。
今目の前にいる人が、嘘をついているのかどうか。
ラミアはあくまでも自然体。
こちらの様子を気にする彼女は、到底演技をしているようには見えなかった。
―――でも、じゃあさっき聞いたあの言葉は何?
本当に、自分が悪い夢を見ていただけなのだろうか。
シュルクに触れられた不快感も、耳朶を打った言葉の数々も、あんなにリアルだったのに……
「うーん……そろそろ島に着くから呼びに来たんだけど、その様子だと少し休んでから外に出た方がいいかもね。ゆっくりしてからいらっしゃいな。」
ずっと黙り込んでいるフィオリアに、ラミアはそう言って席を立った。
「―――どこに……」
とっさに、彼女を呼び止めて訊ねる。
「え? あたしはここにいない方がいいみたいだし、先に島に行ってるわ。昨日仲良くなった人たちとでも、のんびりとおしゃべりしてくるつもり。」
ラミアは無邪気に笑ってフィオリアに背を向ける。
「焦っちゃって……可愛い子。」
最後に聞いた言葉は、きっと聞き間違いなんかじゃなかったはず。
「……はあ。」
ラミアが消えてしばらく。
フィオリアは蒼白な表情で唇を噛み、肩を上下させた。
なんだか、ようやくまともに呼吸ができた気分。
でも、胸を搔き乱す不安は一向に消えない。
(あの人……絶対にシュルクを狙ってる。)
最後の一言で確信した。
狙っているのが異性としての意味なのか、あるいは奴隷としての意味なのか。
そこまでは分からないけれど、ラミアにとってのシュルクは〝たまたま仲良くなったツアー客〟ではないのだ。
「………っ」
フィオリアは、震える両手を強く組む。
その指先は、完全に冷たくなっていた。
何を信じていいのか分からない。
全てが疑わしく見えてしまう。
シュルクは、ツアーが始まった時からずっとこんな不安な心境でいたのだろうか。
だから、いつもあんな風に苦しそうな顔をして……
フィオリアは、ラミアが消えていった先を見つめる。
彼女は、昨日仲良くなった人たちと話をしに行くと言っていたっけ。
本当に?
話す相手は、本当にただの客なのだろうか。
ここで事実をはっきりさせれば、自分もシュルクもこんな蟻地獄のような気持ちから抜け出せるに違いない。
「ここなら下手に手出しできないって言ってたし、大丈夫だよね。」
ちらりと隣を見る。
そこには、未だに目覚める気配のないシュルクが。
当然だ。
彼は二日も寝ていないのだから。
彼にこれ以上の無理はさせられない。
自分がどうにかしなければ。
「ちょっと、いってくるね。」
フィオリアは、シュルクの頬に軽く口づける。
そして、腹をくくった顔で客席を後にした。
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