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第20歩目 静観
剥がれた仮面
しおりを挟む「―――あら、キスくらいじゃ動じないのね。つまらないの。」
唇を離し、ラミアは口角を吊り上げる。
「動揺でもさせれば、俺を眠らせて勝ちってところだったか?」
シュルクは素早くラミアの右手を捕らえる。
彼女の手には、液体を含ませた布が握られていた。
「あら、それもばれてたの。」
ラミアは肩をすくめて諸手を上げた。
どうせ、こんな魂胆だろうと思っていたとも。
シュルクは、ちらりとベッドへ目を向ける。
ここまで騒いだというのに、フィオリアは全く起きる気配を見せない。
宿で出された食事か飲み物の中に、睡眠薬でも入れられていたのだろう。
そうして眠らせた客を、周囲に不審に思われない程度に連れ去るわけだ。
とはいえ、単純に連れ去るだけでは、すぐに異変を悟られてしまう。
これまでに得た情報を組み合わせて仮説を立てるなら、このツアーに参加した時点で、もしかすると……
「その顔、ある程度はあたしたちの手口が分かってるみたいね。バーティスが気をつけろと言っていただけのことはあるわ。」
笑うラミアが、持っていた瓶と布を近くのキャビネットの上に置く。
どうやら、今回は手を引くことにしたらしい。
「いつから分かってたの?」
次に、鋭い口調でそう問われる。
こんな強行策に訴えてきたのだ。
ここまで来たからには、特に話をはぐらかすつもりもないということか。
「最初から、全員敵だと思ってた。あの人の紹介なんて、きな臭いからな。」
「ふふ、賢明ね。―――それで? じゃあ、あなたはこれからどうするの? ここじゃ、自分が危険なのは知っているんでしょう?」
「何も。」
ラミアの問いに、シュルクは静かに首を振った。
「何かするつもりなら、昨日から暴れてやったさ。俺は、お前らのやることに口も手も出さない。」
「その代わり?」
ラミアは当然のようにそう訊ねてくる。
そこで、シュルクは目に力を込めた。
「俺たちに手出しするな。俺たちは、ネラ岬にさえ行ければいい。」
「あら、それだけでいいの? ネラ岬は、あたしたちのアジトよ?」
「それでもいい。俺たちの目的は、お前たちを潰すことじゃないからな。」
「へぇ……行ければいい、ね。それはそれで、なんだか興味が湧くじゃない。」
ラミアの瞳が、これまでとは別の意味で輝いた。
先ほどまでの演技とは違い、純粋に興味を示した顔だ。
「悪いけど、これ以上は話すつもりもないからな。」
剣呑なシュルクとは対照的に、あくまでも余裕綽々といったラミア。
双方の視線が静かに、それでも激しくかち合う。
「―――いいわ。」
先に口を開いたのは、ラミアの方だった。
「あたしたちの邪魔をしないなら、もうしばらく泳がせてあげる。……ネラ岬に着いた後は、分からないけどね。」
赤い唇を吊り上げるラミア。
爛々としたその双眸には、捕食者のように鋭い眼光が宿っていた。
〝それでも、あんたたちはネラ岬を目指すの?〟
声には出さず、表情だけで叩きつけられた挑戦状。
もちろんそれを受け取らない理由はないので、シュルクはふんと鼻を鳴らす。
「上等だ。生憎と、こっちは用が済んだら逃げる気満々だからな。お前だって、一筋縄ではいかないことは十分に知っただろう?」
これまで、何かと傍に張り付いていたラミア。
きっと、彼女の目的は品定めだったのだろう。
バーティスの紹介で来た自分たちが、いかほどの実力を持っているのか。
商品として、どれだけの価値があるのか。
こうして大胆な干渉をしてきた辺り、自分たちはラミアのお眼鏡にかなったということか。
こちらとしては、そんな裏の事情なんざ知ったこっちゃないが。
とりあえず、ここはひとまず―――
「じゃあ、交渉成立ってことで。」
その一言を最後に、シュルクとラミアは互いにこの話題から手を引いた。
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