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第19歩目 闇は、確実に忍び寄って―――
駆け引き
しおりを挟む「かーっ、悔しい!!」
宿屋の食堂で席につくや否や、ラミアが当然のように向かいに腰を下ろしてきた。
「なんなのよ、あんた! 一発も当てられなかったなんて、今までなかったのに!」
「そりゃどうも。」
ぞんざいにラミアをあしらうシュルクは、水筒に入れてあった紅茶を啜る。
試合結果は、彼女が言うとおり。
結局、彼女はシュルクに水鉄砲の玉を一発も当てることができなかった。
途中から躍起になったラミアが空中からの狙撃も試みたのだが、それすらもシュルクはお見通し。
三百六十度から襲い来る水の弾を、圧巻の身さばきで全て避けてみせた。
外套のせいで羽が使えないというハンデを負っているにもかかわらずだ。
最後の方はツアー客全員の歓声が飛び交い、浜辺は大盛り上がりだった。
「さあ、今日は飲みなさい!」
ドン、と。
ラミアがシュルクたちの前に瓶を置く。
「あたしの奢りよ。酒は飲まないって言うから、ジュースにしといてあげたわ。高いやつなんだから、感謝なさい。」
そう言いながら、ラミアは自分用にと持ってきたらしい別の瓶から飲み物を注いだ。
「………」
シュルクは何も言わないまま、突き出された瓶を手に取る。
瓶はコルクでしっかりと蓋がされている。
酒も満タンに入っているし、まだ開封されていないのだろう。
次に、コルクを開けてフィオリアのグラスに中身を注ぐ。
淡いオレンジ色の液体からは、ほんのりと柑橘類の香りが漂ってくる。
しばらくそれを見つめていたシュルクは、ラミアのグラスを満たす赤い液体にゆっくりと視線を移した。
―――さて、試させてもらおうか。
次の瞬間、シュルクはやにわにラミアのグラスをひったくると、その中身を一気に飲み干してやった。
「あーっ!」
「シュ、シュルク!」
非難めいたラミアの声と、困惑したフィオリアの声。
その双方を聞きながら、当の本人はけろっとした様子。
「すみません。そっちの方が美味しそうに見えたもんで。」
「だからって、グラスごと持ってく!?」
「だから、すみませんってば。代わりにこっちを使ってくださいよ。」
ラミアのグラスを奪った代わりに、まだ手つかずの自分のグラスを彼女に差し出す。
しかし、ラミアはそれに触れようとしなかった。
「そのグラス、あたし専用で置いてあったお気に入りなのに…っ」
「ふぅん?」
どこか悔しそうなラミアに、シュルクは意味ありげな視線をぶつける。
正面から目と目が合ったのは、ほんの数秒。
「なんか、興醒めしちゃった。他の人と飲んでくる。」
先に目を逸らしたのは、ラミアだった。
「シュルク。さすがに、今のは失礼だって。すぐ謝りに行こうよ。」
離れていくラミアをおろおろと見送っていたフィオリアが、シュルクの袖を引く。
しかし―――
「いいんだよ、別に。これでゆっくりできる。」
「もう、シュルク! また悪い癖が出てる!」
「なんだよ。別に、喧嘩まではしてないだろ。」
フィオリアの小言は完全に無視し、シュルクは水筒の紅茶を一口。
「そのジュース、量も少ないからお前が飲んでやれよ。気になるなら、後で俺の分まで謝っといて。」
「ううぅ……」
弱りきった様子のフィオリアは、ちびちびとグラスのジュースを飲み始める。
そんなフィオリアを横目に、シュルクはひどく深刻そうな顔をしていた。
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