Fairy Song

時雨青葉

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第17歩目 奴隷の町

運命石に作用する呪術

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「いくら欲しいのか知らねぇけど、すぐには金は積んでやらないからな。」


 仕方あるまい。
 ここは、少しくらい話は聞いてやろう。
 おそらく、そうするのが自分のためになる。


 肩を落としたシュルクが臨戦態勢を解くと、石売りは機嫌よく笑った。


「んふふ。いいですね、その威勢。あなたって、実は支配者でいたいタイプでしょう?」


「否定はしないな。命令されんのは大嫌いだ。」


 もちろん時と場合は考えるが、自分が認めてもいない奴の言うことは聞くつもりなどない。


 そういう志向の自分は、ある一面から見れば支配者だとか身勝手だと表現されるのだろう。


 シュルクの答えを聞いた石売りは、嬉しそうに声を弾ませる。


「私のお客様には、あなたみたいなタイプがもってこいなんですよぉ。どうです? 誰も逆らえない支配者になってみません?」


 にやり、と。


 石売りが不気味に唇を吊り上げただろうことは、フードを被っている状態でも伝わってきた。


「……どういう意味だって、そう訊くのがお約束か?」
「つれないですねぇ。いいですよ。特別に、もったいぶらずに教えてあげましょう。」


 石売りがまた一歩、また一歩と歩みを進める。


「私は呪術師の家系でしてね。ここにある運命石を商品にできるのは、その呪術のおかげなんです。」


 シュルクの懐に滑り込んだ石売りは、ささやくようにそう告げた。


「つまり、石売りはついでで、運命石に呪術を施すのが本業ってことなんだな。」
「そのとおり。話が早くて助かります。」


 石売りは上機嫌で話を進める。


「運命石にかける呪術は、もちろんその持ち主に作用します。絶対服従の呪いとか、生命力を奪う呪いなんかがおもたるものですかね。あとは取り替えの呪いとかも、地味に注文が多かったりしますねー。」


「取り替え?」


「ええ。ご自分の運命石が気に入らない方が、ご自分の運命石と好みの運命石を取り替えるんですよ。そのまま取り替えたって意味がないので、呪術で運命ごと入れ替えるんです。じゃないと、自分の運命の人とかが変わっちゃうでしょ?」


「なるほどな……」


 金持ちの腐った奴らが、いかにも考えそうなことだ。
 あの手の人種は、いびつさというものを許せないから。


 それを求めすぎる自身が一番いびつだという事実に目を塞いだまま、馬鹿みたいに美しさを求めて、気に入らないものを切り捨てる。


 物であれ、人であれ……


(ん…?)


 そこで、はたと思考が止まる。


「お前……今、運命を入れ替えないと運命の人が変わるって言ったよな。」


「ええ。」


「………」


 黙り込むシュルク。
 その脳裏によぎるのは、とある仮説。


「取り替えの呪いを注文する奴が気に入らないのは、本当に運命石か?」


 訊ねる。


「さて?」


 返ってきたのはこれ。


 だが、その一言に漂った含みのある響き。
 自分が得たい答えは、きちんとそこにあった。


「ふふふ…。あなた、バーティスさんと組んでここで生きてはどうです?」


 何を思ったのか、石売りは突然そんなことを言ってきた。


「ただのお客様で終わらせるには、もったいない気がしてきました。あなたは私たちのこと毛嫌いしてるみたいですけど、私としては、あなたは相当化けると思うんですよ? いい稼ぎがしらになれるんじゃないですかね。バーティスさんも、後釜を欲しがってましたし。」


 おっと。
 これは予想外の展開だ。


(なんで俺は、こういうめんどくせぇ奴らに好かれんのかなぁ…?)


 平穏すぎる毎日は嫌だと、常々そう思っていることは事実として認めよう。
 しかし、だからといってここまでぶっ飛んだ世界には足を突っ込みたくない。


 とはいえ、確かにこの能力も使いよう。
 自画自賛するわけじゃないが、勧誘する相手は間違っていないと言える。


「隠してるつもりだけど、なんか出ちまうもんなのかねぇ…。めんどくせぇ。」


 思わず、本音を零してしまっていた。


「おお。何か、自覚ありですか?」


 何を期待しているのか、石売りはこちらに興味津々だ。
 それに対し、シュルクは大袈裟に肩を落とす。


 そろそろ潮時だ。
 頃合いもちょうどいいだろうし、自分が聞くべきことは聞いたはずだ。


「ま、色々と考えとくよ。ところで、お前って装飾品には詳しいのか?」


 訊きながら、シュルクは腰に下げたかばんをごそごそと漁る。


「え、ええ…。石売りと名乗ってる手前、扱うのは運命石だけじゃないですけど……」
「そうか。なら―――」


 シュルクは、かばんから取り出したものを石売りの前にちらつかせた。


「今回の報酬、これでどうだ?」


 そこにあるのは、光の粒子を閉じ込めた赤い鉱石。


「え……ええっ!?」


 仰天した石売りが、見事なスピードで鉱石をひったくっていく。


「このなめらかな質感と透き通る赤色……間違いない。これ、ライトマイトですよね!? しかも、この色味はランク五の最高級品じゃないですかぁ!! それになんですか、このキラキラしたの!?」


「知り合いの研究者が言うには、霊子じゃないかってさ。」


「霊子を閉じ込めたライトマイトなんて……」


「聞いたことがないだろうな。何しろ、新発見の品だから。あの研究バカが売り払ってなきゃ、それを持ってるのは、俺とあいつと……お前だけかもな?」


 煽るように言うと、石売りは食い入るようにライトマイトを見つめた。


 掴みは上々。
 十中八九、そのライトマイトをいらないとは言わないだろう。


「どうだ? 取引としては申し分ないだろ? それとも少ないか?」
「め、滅相もない!」


 石売りが興奮した様子で首を振る。


「というか、払いすぎですよ! これ一つから、どれだけの加工品できると思ってるんです!? それを売りさばけば、向こう十年は遊べますよ!? 私、そこまでの働きなんかしてませんが!?」


 石売りは、大いに取り乱しているよう。
 まさに狙い通りだ。




「別にいいんだよ。―――超過分は、これからもらう。」




 そこで、翡翠ひすい色の瞳があやしげに光った。

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