171 / 236
第17歩目 奴隷の町
運命石に作用する呪術
しおりを挟む「いくら欲しいのか知らねぇけど、すぐには金は積んでやらないからな。」
仕方あるまい。
ここは、少しくらい話は聞いてやろう。
おそらく、そうするのが自分のためになる。
肩を落としたシュルクが臨戦態勢を解くと、石売りは機嫌よく笑った。
「んふふ。いいですね、その威勢。あなたって、実は支配者でいたいタイプでしょう?」
「否定はしないな。命令されんのは大嫌いだ。」
もちろん時と場合は考えるが、自分が認めてもいない奴の言うことは聞くつもりなどない。
そういう志向の自分は、ある一面から見れば支配者だとか身勝手だと表現されるのだろう。
シュルクの答えを聞いた石売りは、嬉しそうに声を弾ませる。
「私のお客様には、あなたみたいなタイプがもってこいなんですよぉ。どうです? 誰も逆らえない支配者になってみません?」
にやり、と。
石売りが不気味に唇を吊り上げただろうことは、フードを被っている状態でも伝わってきた。
「……どういう意味だって、そう訊くのがお約束か?」
「つれないですねぇ。いいですよ。特別に、もったいぶらずに教えてあげましょう。」
石売りがまた一歩、また一歩と歩みを進める。
「私は呪術師の家系でしてね。ここにある運命石を商品にできるのは、その呪術のおかげなんです。」
シュルクの懐に滑り込んだ石売りは、囁くようにそう告げた。
「つまり、石売りはついでで、運命石に呪術を施すのが本業ってことなんだな。」
「そのとおり。話が早くて助かります。」
石売りは上機嫌で話を進める。
「運命石にかける呪術は、もちろんその持ち主に作用します。絶対服従の呪いとか、生命力を奪う呪いなんかが主たるものですかね。あとは取り替えの呪いとかも、地味に注文が多かったりしますねー。」
「取り替え?」
「ええ。ご自分の運命石が気に入らない方が、ご自分の運命石と好みの運命石を取り替えるんですよ。そのまま取り替えたって意味がないので、呪術で運命ごと入れ替えるんです。じゃないと、自分の運命の人とかが変わっちゃうでしょ?」
「なるほどな……」
金持ちの腐った奴らが、いかにも考えそうなことだ。
あの手の人種は、歪さというものを許せないから。
それを求めすぎる自身が一番歪だという事実に目を塞いだまま、馬鹿みたいに美しさを求めて、気に入らないものを切り捨てる。
物であれ、人であれ……
(ん…?)
そこで、はたと思考が止まる。
「お前……今、運命を入れ替えないと運命の人が変わるって言ったよな。」
「ええ。」
「………」
黙り込むシュルク。
その脳裏によぎるのは、とある仮説。
「取り替えの呪いを注文する奴が気に入らないのは、本当に運命石か?」
訊ねる。
「さて?」
返ってきたのはこれ。
だが、その一言に漂った含みのある響き。
自分が得たい答えは、きちんとそこにあった。
「ふふふ…。あなた、バーティスさんと組んでここで生きてはどうです?」
何を思ったのか、石売りは突然そんなことを言ってきた。
「ただのお客様で終わらせるには、もったいない気がしてきました。あなたは私たちのこと毛嫌いしてるみたいですけど、私としては、あなたは相当化けると思うんですよ? いい稼ぎ頭になれるんじゃないですかね。バーティスさんも、後釜を欲しがってましたし。」
おっと。
これは予想外の展開だ。
(なんで俺は、こういうめんどくせぇ奴らに好かれんのかなぁ…?)
平穏すぎる毎日は嫌だと、常々そう思っていることは事実として認めよう。
しかし、だからといってここまでぶっ飛んだ世界には足を突っ込みたくない。
とはいえ、確かにこの能力も使いよう。
自画自賛するわけじゃないが、勧誘する相手は間違っていないと言える。
「隠してるつもりだけど、なんか出ちまうもんなのかねぇ…。めんどくせぇ。」
思わず、本音を零してしまっていた。
「おお。何か、自覚ありですか?」
何を期待しているのか、石売りはこちらに興味津々だ。
それに対し、シュルクは大袈裟に肩を落とす。
そろそろ潮時だ。
頃合いもちょうどいいだろうし、自分が聞くべきことは聞いたはずだ。
「ま、色々と考えとくよ。ところで、お前って装飾品には詳しいのか?」
訊きながら、シュルクは腰に下げた鞄をごそごそと漁る。
「え、ええ…。石売りと名乗ってる手前、扱うのは運命石だけじゃないですけど……」
「そうか。なら―――」
シュルクは、鞄から取り出したものを石売りの前にちらつかせた。
「今回の報酬、これでどうだ?」
そこにあるのは、光の粒子を閉じ込めた赤い鉱石。
「え……ええっ!?」
仰天した石売りが、見事なスピードで鉱石をひったくっていく。
「このなめらかな質感と透き通る赤色……間違いない。これ、ライトマイトですよね!? しかも、この色味はランク五の最高級品じゃないですかぁ!! それになんですか、このキラキラしたの!?」
「知り合いの研究者が言うには、霊子じゃないかってさ。」
「霊子を閉じ込めたライトマイトなんて……」
「聞いたことがないだろうな。何しろ、新発見の品だから。あの研究バカが売り払ってなきゃ、それを持ってるのは、俺とあいつと……お前だけかもな?」
煽るように言うと、石売りは食い入るようにライトマイトを見つめた。
掴みは上々。
十中八九、そのライトマイトをいらないとは言わないだろう。
「どうだ? 取引としては申し分ないだろ? それとも少ないか?」
「め、滅相もない!」
石売りが興奮した様子で首を振る。
「というか、払いすぎですよ! これ一つから、どれだけの加工品できると思ってるんです!? それを売りさばけば、向こう十年は遊べますよ!? 私、そこまでの働きなんかしてませんが!?」
石売りは、大いに取り乱しているよう。
まさに狙い通りだ。
「別にいいんだよ。―――超過分は、これからもらう。」
そこで、翡翠色の瞳が妖しげに光った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる