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第17歩目 奴隷の町
石売り
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声の出所を追って首を巡らせると、目の前にそびえる建物のドアの中からこちらの様子を窺う人物が一人。
顔をずっぽりと覆い隠す大きなフードが特徴の黒いローブ。
怪しいという言葉を具現化したような人物だ。
ローブのせいで詳しい体型が分からないので、一見しただけでは男か女かも判断つかない。
身長は自分より少し低いくらい。
こちらも、男でも女でも普通にいそうな高さだ。
外見の怪しさもさることながら、シュルクがその人物を不審に思う点はもう一つ。
「お客様があまりにも熱心に商品を眺めていたもので、思わずお声がけしてしまいました。」
いそいそと寄ってくる人物を、シュルクは黙したまま待つ。
「もしかして、ペチカ語が分かりませんか? その珍しい髪の色、おそらくはティーンの方ですよね? えーっと……」
こちらの無言をそういう意味として受け取ったのか、黒い布の向こうから唸る声が聞こえ始める。
ここで黙ったまま誤解を深めても仕方ないので―――
「言葉は通じてる。無理にティーン語を話そうとしなくていい。」
ぶっきらぼうに、ペチカ語で告げる。
こちらが合わせてやったことで、相手は明らかにほっとしたようだった。
「それはよかった。では、改めまして。私のことは石売りとお呼びください。」
恭しく頭を垂れる石売りに、シュルクは翡翠色の瞳を鋭く細めた。
「石売り、ね…。なるほどな。生憎、俺はお前と取引するつもりはない。他を当たれ。」
「おやおや…。初対面からいきなり嫌われてしまいましたか。報酬に見合うものは見繕わせていただくんですけど、信用できませんか?」
発言と格好が噛み合っていないが、そこは突っ込むだけ無駄だろう。
どうせ、この場所では自分の方が異端者だ。
シュルクは肩をすくめた。
「お前らがそういう人種だってのは分かってる。だけど、俺は霊神で声を変えてる奴と話す趣味は持ってないんでね。」
指摘すると、フードの奥で驚いたように息を飲む気配がした。
第二霊神《七声の魔鳥 オクターブ》
自分にとって都合のいい声を出すわけではなく、聞き手にとって一番聞き心地のいい声を聞かせるという効果を持つ。
かなりマイナーな霊神だ。
良心ある教育機関なら、この霊神の存在はまず教えない。
理由は、目の前にあるとおり。
大抵は悪事にしか利用されないからだ。
「まあ、お前が石売りっていうのは本当なんだろうな。そこにある石は、大層高値で売れるんだろう。さて、そこで質問だ。」
シュルクは首元のチョーカーに手をかけ、運命石を留めていた金具を外した。
手に取った運命石を指で空中に弾くと、それは薄暗い虚空に鮮やかな黄緑色の筋を描いて落下してくる。
「お前が俺に声をかけたのは、客としてか? それとも―――商品としてか?」
空中でキャッチした運命石を突きつけ、シュルクは石売りに低く訊ねた。
霊子が嘆いている。
それは、ここに並ぶ石の数々―――運命石の本来の持ち主の嘆きを訴えているからだ。
えげつないことだ。
その生命だけではなく、自分の分身とも言える運命石までもが商品に成り下がってしまうなんて。
改めて、フィオリアを連れてこなくて正解だったと思う。
彼女がこんな光景を見たら、きっと怒り狂っていただろうから。
石売りをきつく睨み、いつでも逃げられるように臨戦態勢を整えるシュルク。
隙を見せたら負けだ。
大金持ちの権力者でもない限り、少しでも見た目がいいなら彼らにとっては絶好の獲物。
身分を隠して旅をしている手前、それはフィオリアとて同じ。
だから、彼女をこの町に入れなかったのだ。
(さて、どう出るか……)
神経を尖らし、石売りの一挙一動に注意を向ける。
「おおー、すごいですね! 一発でそこまで見破るなんて、もしかして研究者の方ですか?」
石売りはパチンと両手を叩き、心底感心したような声をあげた。
「やだなぁ、そんなにピリピリしないでくださいよぉ。別に、あなたに手を出すつもりなんてありませんから。」
「その根拠は?」
「さっき、バーティスさんから緊急伝令が回ってきたんです。表通りの奴ら、かなり悔しがってましたよ? ……ね、シュルクさん?」
「………っ」
当然のように名前で呼ばれ、シュルクはピクリと片眉を上げる。
この町に入ってからというもの、自分は一度も名乗っていない。
自分の名前が彼らに知られているとすれば、ヒンスがバーティスに宛てた手紙に自分の名が記されていた可能性しか考えられなかった。
「随分と情報が早いんだな。」
「ここでは、そのくらいの耳がないと生きていけませんよ。いやはや、さすがです。あのバーティスさんのところから無傷で出てきただけのことはある。よほどのお金持ちか、よほどの切れ者か……あるいは、両方ですかね?」
「さあな。好きに解釈してろ。」
ひとまず、バーティスのことはこの町にいる間なら信用してもいいらしい。
だからといって、この腐った連中とつるむつもりなど毛頭もないが。
にべもなくあしらったシュルクだったが、対する石売りはそれを気にすることなく、シュルクとの距離を詰めた。
「いいじゃないですか。ちょっとくらい、お話を聞いてくれても。声のことは大目に見てくださいよぉ。持ってる技術が技術だけに、このくらいやっておかないと、いつ彼岸を拝むことになるかも分かんないんですから。」
「技術…?」
その単語が引っかかり、シュルクは引きかけた足を止める。
「おや、私が単なる石売りだとお思いで?」
そう問いかけられた瞬間、無意識のうちに視線がガラスの向こうに並ぶ石を捉えた。
他人の運命石など、大金を出して買ったところで、所詮はただの石。
宝石のように飾って観賞するくらいしか使い道はないだろう。
―――本当にそれだけか?
本当に、この石たちの価値は飾っておく程度のものしかないのか?
「ほぅら、食いついた♪」
また一歩。
石売りが、シュルクとの距離を詰める。
「……なんで俺に構う。」
「お金を持ってる人は大好きです。」
なるほど。
いっそ清々しく思えるほどの貪欲さだこと。
シュルクは黙り込み、頭の中で計算式を立てては崩すを繰り返す。
「………はぁ。」
やがてシュルクの口から出たのは、諦めの吐息だった。
顔をずっぽりと覆い隠す大きなフードが特徴の黒いローブ。
怪しいという言葉を具現化したような人物だ。
ローブのせいで詳しい体型が分からないので、一見しただけでは男か女かも判断つかない。
身長は自分より少し低いくらい。
こちらも、男でも女でも普通にいそうな高さだ。
外見の怪しさもさることながら、シュルクがその人物を不審に思う点はもう一つ。
「お客様があまりにも熱心に商品を眺めていたもので、思わずお声がけしてしまいました。」
いそいそと寄ってくる人物を、シュルクは黙したまま待つ。
「もしかして、ペチカ語が分かりませんか? その珍しい髪の色、おそらくはティーンの方ですよね? えーっと……」
こちらの無言をそういう意味として受け取ったのか、黒い布の向こうから唸る声が聞こえ始める。
ここで黙ったまま誤解を深めても仕方ないので―――
「言葉は通じてる。無理にティーン語を話そうとしなくていい。」
ぶっきらぼうに、ペチカ語で告げる。
こちらが合わせてやったことで、相手は明らかにほっとしたようだった。
「それはよかった。では、改めまして。私のことは石売りとお呼びください。」
恭しく頭を垂れる石売りに、シュルクは翡翠色の瞳を鋭く細めた。
「石売り、ね…。なるほどな。生憎、俺はお前と取引するつもりはない。他を当たれ。」
「おやおや…。初対面からいきなり嫌われてしまいましたか。報酬に見合うものは見繕わせていただくんですけど、信用できませんか?」
発言と格好が噛み合っていないが、そこは突っ込むだけ無駄だろう。
どうせ、この場所では自分の方が異端者だ。
シュルクは肩をすくめた。
「お前らがそういう人種だってのは分かってる。だけど、俺は霊神で声を変えてる奴と話す趣味は持ってないんでね。」
指摘すると、フードの奥で驚いたように息を飲む気配がした。
第二霊神《七声の魔鳥 オクターブ》
自分にとって都合のいい声を出すわけではなく、聞き手にとって一番聞き心地のいい声を聞かせるという効果を持つ。
かなりマイナーな霊神だ。
良心ある教育機関なら、この霊神の存在はまず教えない。
理由は、目の前にあるとおり。
大抵は悪事にしか利用されないからだ。
「まあ、お前が石売りっていうのは本当なんだろうな。そこにある石は、大層高値で売れるんだろう。さて、そこで質問だ。」
シュルクは首元のチョーカーに手をかけ、運命石を留めていた金具を外した。
手に取った運命石を指で空中に弾くと、それは薄暗い虚空に鮮やかな黄緑色の筋を描いて落下してくる。
「お前が俺に声をかけたのは、客としてか? それとも―――商品としてか?」
空中でキャッチした運命石を突きつけ、シュルクは石売りに低く訊ねた。
霊子が嘆いている。
それは、ここに並ぶ石の数々―――運命石の本来の持ち主の嘆きを訴えているからだ。
えげつないことだ。
その生命だけではなく、自分の分身とも言える運命石までもが商品に成り下がってしまうなんて。
改めて、フィオリアを連れてこなくて正解だったと思う。
彼女がこんな光景を見たら、きっと怒り狂っていただろうから。
石売りをきつく睨み、いつでも逃げられるように臨戦態勢を整えるシュルク。
隙を見せたら負けだ。
大金持ちの権力者でもない限り、少しでも見た目がいいなら彼らにとっては絶好の獲物。
身分を隠して旅をしている手前、それはフィオリアとて同じ。
だから、彼女をこの町に入れなかったのだ。
(さて、どう出るか……)
神経を尖らし、石売りの一挙一動に注意を向ける。
「おおー、すごいですね! 一発でそこまで見破るなんて、もしかして研究者の方ですか?」
石売りはパチンと両手を叩き、心底感心したような声をあげた。
「やだなぁ、そんなにピリピリしないでくださいよぉ。別に、あなたに手を出すつもりなんてありませんから。」
「その根拠は?」
「さっき、バーティスさんから緊急伝令が回ってきたんです。表通りの奴ら、かなり悔しがってましたよ? ……ね、シュルクさん?」
「………っ」
当然のように名前で呼ばれ、シュルクはピクリと片眉を上げる。
この町に入ってからというもの、自分は一度も名乗っていない。
自分の名前が彼らに知られているとすれば、ヒンスがバーティスに宛てた手紙に自分の名が記されていた可能性しか考えられなかった。
「随分と情報が早いんだな。」
「ここでは、そのくらいの耳がないと生きていけませんよ。いやはや、さすがです。あのバーティスさんのところから無傷で出てきただけのことはある。よほどのお金持ちか、よほどの切れ者か……あるいは、両方ですかね?」
「さあな。好きに解釈してろ。」
ひとまず、バーティスのことはこの町にいる間なら信用してもいいらしい。
だからといって、この腐った連中とつるむつもりなど毛頭もないが。
にべもなくあしらったシュルクだったが、対する石売りはそれを気にすることなく、シュルクとの距離を詰めた。
「いいじゃないですか。ちょっとくらい、お話を聞いてくれても。声のことは大目に見てくださいよぉ。持ってる技術が技術だけに、このくらいやっておかないと、いつ彼岸を拝むことになるかも分かんないんですから。」
「技術…?」
その単語が引っかかり、シュルクは引きかけた足を止める。
「おや、私が単なる石売りだとお思いで?」
そう問いかけられた瞬間、無意識のうちに視線がガラスの向こうに並ぶ石を捉えた。
他人の運命石など、大金を出して買ったところで、所詮はただの石。
宝石のように飾って観賞するくらいしか使い道はないだろう。
―――本当にそれだけか?
本当に、この石たちの価値は飾っておく程度のものしかないのか?
「ほぅら、食いついた♪」
また一歩。
石売りが、シュルクとの距離を詰める。
「……なんで俺に構う。」
「お金を持ってる人は大好きです。」
なるほど。
いっそ清々しく思えるほどの貪欲さだこと。
シュルクは黙り込み、頭の中で計算式を立てては崩すを繰り返す。
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やがてシュルクの口から出たのは、諦めの吐息だった。
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