Fairy Song

時雨青葉

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第16歩目 迷夢へ

愛情とも友情とも違う〝特別〟

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「本当に、行ってしまうんですか?」
「寂しくなりますね……」
「絶対に、またいらしてくださいよ?」


「あー、はいはい。そうします。別に一生会えないってわけじゃないんですから、そんなに泣かないでくださいよー。」


 シュルクは困惑して頬を掻く。


 まだ日も昇りきっていない早朝だというのに、たかだか見送りに屋敷の人が全員集合とは。


「ふふ。シュルクったら、ここでも人気者だね。」
「俺は、自分の感情に正直にいただけなんだけどな。」


 シュルクは苦言を呈する。


 確かに、今回は自分がやったことのスケールが大きかったことは否めない。
 大袈裟な表現ではなく、事実として一人の命を救ったんだもの。


 それ故に、この見送りの手厚さには納得がいくといえばそうなのだが……


 それにしても、泣くほどか?


 その一言を言い出したくても、言い出すことがはばかられるこの雰囲気。
 自分はこれを、どう処理しろというのだ。


「こら、みんな。あまり引き止めては、迷惑がかかるだろう。」
「だって、旦那様ぁ……」


 呆れた様子で間に割って入ったヒンスに、この中で一番泣いていたニコラがハンカチで顔を覆った。


「別れを惜しまずにいられますか? 旦那様に真っ向から意見してくださる方なんて、この先出てくるか分からないんですよ? 旦那様だって、シュルクさんには気を許していたではありませんか。これがどんなに大事なことかお分かりですか? このニコラ、幼少時代より旦那様を見て参りましたが、それだけが心配で……」


 ニコラの後ろで、他の人々もうんうんと彼に同意している。


 この馬鹿め。
 普段から、どれだけ皆を心配させているんだか。


「お前、もう少し友達を作ってやれよ。」
「…………善処する。」


 渋い顔でそう告げたヒンスだが、彼の性格上、今から友人探しなんて無理なのは明白。


「ミシェリアさん。こいつのこと、よろしくお願いします。ニコラさんが泣かずに済むくらいには、構ってあげてください。」


 ヒンスの隣に並ぶミシェリアにそう頼むと、彼女は軽く頬を赤らめて、照れくさそうにはにかんだ。


「はい。もちろんですわ。」


 ミシェリアはにこやかに言い、ヒンスの腕に自分の腕を絡める。


「……何故、君によろしくと頼まれなきゃいけないんだ。」


 複雑そうに顔をしかめるヒンス。
 そんなヒンスにシュルクもまた、しかめっ面でぶっきらぼうな言葉を返す。


「お前に友達を作れる甲斐性かいしょうがあるなら、こんなことを頼まねぇよ。さっき善処するとか言ったけど、ほとんど死んでるその表情筋を、今さら直せるのか?」


「それは……」


「ほら見ろ。お前に友達ができるのは、下手すりゃ来世だ。せめて今生は、奥さんでも可愛がってろ。」

 
「ううう…っ。シュルクさーん! やはり、旦那様の理解者はあなたしかおりませんー!! どうかっ……どうか、旦那様を見捨てないでくださいまし!!」


「あああああもう!! お前、本気で今までの態度を改めろよな!! 何度も言うけど、俺は神様ってわけじゃねえんだぞ!?」


 とうとうニコラに抱きつかれ、シュルクはヒンスに向かって全力で怒鳴った。


 勘弁してくれ。


 ルーウェルといいヒンスといい、自分が旅先で出会う奴らは、どうしてまともに友達一人作れないんだ。


 変わり者の唯一の理解者、なんて。
 そんな称号は、全力で叩き返したいというのに。


「すまない。さすがに、反省はしている……」
「ああ、旦那様がそんなことを言う日が来るなんて……ううっ……」


 ばつが悪そうにそう告げたヒンスがニコラを引きがすと、ニコラはそのまま、ヒンスに泣きついてしまった。


「……フィオリア、馬車に乗れ。行くぞ。」


 多分俺がここにいる限り、ニコラさんの涙腺は元に戻らないな。


 そう確信したシュルクは、フィオリアの背を押して、馬車の方へと体の向きを変えた。


 先にフィオリアを馬車に押し込み、続いて自分も乗り込もうと、馬車の扉に手をかける。


「待ってくださいまし。」


 そんなシュルクを、最後にミシェリアが止めた。


「どうしました?」
「最後に、もう一度だけお礼を言わせてくださいな。」


 ミシェリアに腕を引かれて、シュルクは真正面から彼女と向き合うことになる。
 シュルクと目を合わせたミシェリアは、シュルクの両手を自分のそれで包んだ。


「本当にありがとうございました。あなたに出会ったことは、一生忘れません。あなたも旦那様と同じで、わたくしにとっては神様のような方ですわ。」


「神様って、そんな大袈裟な……」


「あら、そんなことありませんわよ。わたくし、あなたのことは旦那様の次に大好きなんですの。」


「へ…?」


 目を丸くするシュルク。




 そんなシュルクの頬に手を添えたミシェリアは―――その頬に、羽が触れるようなキスをした。




「~~~っ!?」


 その場にいた全員の顔に、衝撃が走る。


 キスをされた体勢のまま硬直するシュルクを見つめ、ミシェリアは花がほころぶように可憐な笑顔をたたえた。


「だって、異性の方にドキドキする気持ちを教えてくれたのは、紛れもなくあなたでしてよ。お芝居だったとはいえ、あんなにときめいた瞬間はありませんでしたわ。でも、他の女性の方を勘違いさせないように、お気をつけあそばせ? あなたには、それだけの魅力があるんですから。」


 最後にちょんとシュルクの唇に指を押し当て、ミシェリアは踊るような足取りでヒンスの隣へと戻っていった。


 ……最後になんて大爆弾を落としていくんだ、この人は。


 未だに動けずにいるシュルクの肩に、後ろからガッと手が置かれた。


「シュルクの馬鹿ーっ!!」
「ええっ!? これ、俺のせいなのか!?」


 耳鳴りを起こすほどの大音量でフィオリアに怒鳴られ、シュルクは条件反射でそう言い返していた。


「シュルクがほどほどにして、手を抜かないからでしょ!? 私だって勘違いするもん、あれは!!」


「じゃあ、どうすりゃよかったんだよ!! 俺をこの立場に追い込んだのは、この人たちなんだぞ!?」


「だからって、あそこまで開き直って介入する必要はなかったよ! 中途半端が嫌いなのは知ってるけど、今回はそのせいで誤解に誤解を生んだんじゃないの!!」


「弁解したって、誤解が解ける状況じゃなかっただろ!? いっぺん、俺の置かれてる立場に立ってみろ! マジでしんどいからな!?」


「はーい、早く乗ってくださいまし♪」


 その場でフィオリアと言い争いを始めるシュルクの背を、ミシェリアが強く押した。


「……ったく! 今度会った時には、覚悟しといてくださいよ?」


 恨みがましく告げたシュルクに対し、ミシェリアは腰に手を当てて胸を反らした。


「望むところですわ。その時のために、あなたに負けないくらいに口を鍛えておきますわ。」


「へえー? そりゃ楽しみですね。絶対に追いつかせてやんないけど。」


「まあ! 本当に意地の悪い方ですこと。」


「それが俺ですんで。精々、次に会う時まで元気でいてくださいよ。」


「そっちこそ。簡単にくたばったりしたら、承知しませんことよ。」


 減らず口を叩き合い、最後に二人で歯を見せて破顔する。


 友情とも愛情とも少し違う〝特別〟。
 彼女の中で、自分はそんな存在なのだろう。


 いつか、そんな特別なんてかすむくらいに、彼女の心が豊かに満たされればいい。


 せっかく出会ったのだから、それくらいは願っても罪になるまい。


「シュルク……」
「ミシェリア……」


 ただ、今はヤキモチ焼きな互いのパートナーをなだめるのが喫緊っぽい。


「うお、やべっ。」


 シュルクは慌てて馬車に乗り込んだ。


 さて、しばしお別れだ。
 改めてさよならとは言わなかったが、このくらいの軽さがちょうどいいだろう。


 馬車に乗り込んだシュルクは、あえてミシェリアたちを振り返らず、ただ前を見つめていた。

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