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第16歩目 迷夢へ
やっぱり喧嘩する二人
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ふわふわと、心が浮いている気分だった。
愛する人に手を引かれ、故郷に別れを告げる。
そう。
彼と出会ったあの時も、こうやって夢の中を泳ぐような気持ちで歩いていた。
あの時に胸にあったのは、一抹の不安と大きな希望。
でも、今は不安なんてない。
握ったこの手を、今度はどこまでも信じていられる。
町の中を抜けて辿り着いたのは、暗闇に架かる大きな橋だった。
「あら……」
ミシェリアは目を丸くする。
橋の真ん中で、暁色の獅子が丸くなって寝息を立てている。
そして、その獅子の背にぐったりと突っ伏しているのは―――
「シュルクさん!?」
ヒンスと共に、慌ててそこへと駆け込んだ。
「シュルクさん、シュルクさん! しっかりしてくださいまし!!」
「…………んな大声出さなくても、聞こえてますから。」
薄目を開けるシュルクは顔面蒼白で、絞り出した声も別人かと思うほどに覇気がなかった。
「どうして、あなたがこんなところに……」
「あの、今はそんなことどうでもいいんで、早く橋を渡ってください。そろそろ、俺も限界だから……」
「え…?」
「え、じゃないですよ。帰るんでしょう?」
「帰るって……え…?」
ミシェリアは数秒固まり、シュルクとヒンスを交互に見やった。
迷夢から帰る場所といったら、一つしかない。
これは、もしかしなくても……
「本当に……本物の旦那様、なんですの?」
にわかには信じられず、ミシェリアはヒンスの頬をぺちぺちと叩いた。
「本物のって……今さら、何を言ってるんだ。」
ヒンスが無表情のまま、眉だけを微かに寄せる。
「あっ! そのお顔は、確かに旦那様ですわね。」
「だから、今さら何を言ってるんだ! 君は、私をなんだと思ってる!?」
「いえ……てっきり、私に都合のいい夢の中の旦那様とばっかり……」
「私の渾身の努力を、夢で片付けないでくれ!! あんなに恥ずかしいこと言ったのが、夢でたまるか!!」
「そ、そうはおっしゃられますけどね! あんなことを言われたら、普通夢だと思うじゃないですか!! 今まで少しもあんな態度を見せなかったくせに、無茶言わないでくださいまし!?」
「それは、途中からひねくれまくった君にも原因があると思うぞ!? 普段のあの会話から、どうやって場の空気を変えろというんだ! 君だって、すぐに部屋に引きこもっていたくせに!!」
「だああああああっ!! うるっせえ! 早く帰れっつってんだろうがよ! しばき倒すぞ、このお騒がせ夫婦!!」
立ち上がったシュルクに大声で怒鳴られ、ミシェリアとヒンスは揃って肩をすくめる。
「そろそろ限界って……聞こえなかったか? イチャつくなら、現実に帰ってから、に……しやがれ…っ」
誰もが怖じ気づくような殺気を込めた目で二人を睨んだシュルクは、次の瞬間に苦しそうに頭を押さえた。
そのままぐらりと傾いだ彼の体は、タイミングよく体を起こしたドリオンの背中に受け止められる。
「悪いな……」
ドリオンのたてがみに軽く触れたシュルクの手は、すぐに力を失ってだらりとぶら下がる。
ドリオンはミシェリアたちをちらりと一瞥し、顎で前方を示した。
「これ以上、ご迷惑をかけるわけにはいきませんわね。」
「そうだな。」
さすがに反省し、ミシェリアとヒンスはシュルクを乗せて前を行くドリオンを追った。
ドリオンは橋の最奥で止まって、二人を待っている。
そんなドリオンの隣に並び、二人は橋の向こうを見つめた。
橋の先は真っ暗だ。
ここを進めば、本当に現実に戻れるのか。
少しだけ不安になる自分はいるけれど……
ミシェリアは隣を見つめる。
ドリオンの背中にぐったりと体を預けているシュルク。
必死の形相で歯を食い縛っている彼は、今この瞬間も、自分を現実に帰すために限界と戦っているのだろう。
それに、自分にはちゃんと手を握っていてくれるヒンスがいる。
信じるには十分だ。
「行きましょう。」
一つ深呼吸をし、ミシェリアとヒンスは、同時にその一歩を踏み出した。
愛する人に手を引かれ、故郷に別れを告げる。
そう。
彼と出会ったあの時も、こうやって夢の中を泳ぐような気持ちで歩いていた。
あの時に胸にあったのは、一抹の不安と大きな希望。
でも、今は不安なんてない。
握ったこの手を、今度はどこまでも信じていられる。
町の中を抜けて辿り着いたのは、暗闇に架かる大きな橋だった。
「あら……」
ミシェリアは目を丸くする。
橋の真ん中で、暁色の獅子が丸くなって寝息を立てている。
そして、その獅子の背にぐったりと突っ伏しているのは―――
「シュルクさん!?」
ヒンスと共に、慌ててそこへと駆け込んだ。
「シュルクさん、シュルクさん! しっかりしてくださいまし!!」
「…………んな大声出さなくても、聞こえてますから。」
薄目を開けるシュルクは顔面蒼白で、絞り出した声も別人かと思うほどに覇気がなかった。
「どうして、あなたがこんなところに……」
「あの、今はそんなことどうでもいいんで、早く橋を渡ってください。そろそろ、俺も限界だから……」
「え…?」
「え、じゃないですよ。帰るんでしょう?」
「帰るって……え…?」
ミシェリアは数秒固まり、シュルクとヒンスを交互に見やった。
迷夢から帰る場所といったら、一つしかない。
これは、もしかしなくても……
「本当に……本物の旦那様、なんですの?」
にわかには信じられず、ミシェリアはヒンスの頬をぺちぺちと叩いた。
「本物のって……今さら、何を言ってるんだ。」
ヒンスが無表情のまま、眉だけを微かに寄せる。
「あっ! そのお顔は、確かに旦那様ですわね。」
「だから、今さら何を言ってるんだ! 君は、私をなんだと思ってる!?」
「いえ……てっきり、私に都合のいい夢の中の旦那様とばっかり……」
「私の渾身の努力を、夢で片付けないでくれ!! あんなに恥ずかしいこと言ったのが、夢でたまるか!!」
「そ、そうはおっしゃられますけどね! あんなことを言われたら、普通夢だと思うじゃないですか!! 今まで少しもあんな態度を見せなかったくせに、無茶言わないでくださいまし!?」
「それは、途中からひねくれまくった君にも原因があると思うぞ!? 普段のあの会話から、どうやって場の空気を変えろというんだ! 君だって、すぐに部屋に引きこもっていたくせに!!」
「だああああああっ!! うるっせえ! 早く帰れっつってんだろうがよ! しばき倒すぞ、このお騒がせ夫婦!!」
立ち上がったシュルクに大声で怒鳴られ、ミシェリアとヒンスは揃って肩をすくめる。
「そろそろ限界って……聞こえなかったか? イチャつくなら、現実に帰ってから、に……しやがれ…っ」
誰もが怖じ気づくような殺気を込めた目で二人を睨んだシュルクは、次の瞬間に苦しそうに頭を押さえた。
そのままぐらりと傾いだ彼の体は、タイミングよく体を起こしたドリオンの背中に受け止められる。
「悪いな……」
ドリオンのたてがみに軽く触れたシュルクの手は、すぐに力を失ってだらりとぶら下がる。
ドリオンはミシェリアたちをちらりと一瞥し、顎で前方を示した。
「これ以上、ご迷惑をかけるわけにはいきませんわね。」
「そうだな。」
さすがに反省し、ミシェリアとヒンスはシュルクを乗せて前を行くドリオンを追った。
ドリオンは橋の最奥で止まって、二人を待っている。
そんなドリオンの隣に並び、二人は橋の向こうを見つめた。
橋の先は真っ暗だ。
ここを進めば、本当に現実に戻れるのか。
少しだけ不安になる自分はいるけれど……
ミシェリアは隣を見つめる。
ドリオンの背中にぐったりと体を預けているシュルク。
必死の形相で歯を食い縛っている彼は、今この瞬間も、自分を現実に帰すために限界と戦っているのだろう。
それに、自分にはちゃんと手を握っていてくれるヒンスがいる。
信じるには十分だ。
「行きましょう。」
一つ深呼吸をし、ミシェリアとヒンスは、同時にその一歩を踏み出した。
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