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第16歩目 迷夢へ
交わす約束
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ミシェリアの部屋に戻り、ヒンスを彼女のすぐ傍に座らせて、その手を握ってやるように指示する。
作業的には特に意味もない行為だったが、その行為にちゃんと彼らが出会えるようにとささやかな願いを込めたのは、自分も心のどこかで不安だったからなのだと思う。
準備は整い、後は自分が呪文を唱えるだけ。
そこでふとフィオリアの方を見ると、彼女は胸の前で固く両手を組んでいた。
つい昨日は、自分が迷夢に乗り込むことに大反対していたというのに。
でも、それが彼女なんだと思う。
ルーウェルの時もそうだったし、今もそう。
誰かが困っているとなると、彼女は途端に強くなる。
こうやって己の恐怖を押し殺してまで、ミシェリアを助けてくれと訴えられるくらいに。
「何、この世の終わりみたいな顔してんだよ。」
こんな様子のフィオリアを残していくのかと思うと、少し気が引けた。
頭を軽く叩いてやると、フィオリアは弱りきった表情でこちらを見上げてくる。
「大丈夫だって。なんとかなる……って言ったって、不安なもんは不安か。お前も、あれを読んでるんだもんな。」
いつもなら自信満々に言ってやれる言葉を、今は軽々しく口にできなかった。
過去にブリッグレーを召喚した際に迷夢から戻らなくなった人々の中には、ブリッグレーの召喚者も含まれていたらしい。
そして、自分も散々調べたが、ブリッグレーを召喚して確実に現実へと帰ってこられる方法は見つからなかった。
「大丈夫…。信じて待ってるから。」
気丈にそう言うフィオリアだが、無理をしているのは明らかだ。
このまま倒れてしまうのではないかと心配で、こっちが召喚に集中できない。
(……仕方ないな。)
シュルクは、とある決断を下す。
それは、普段の自分なら恥ずかしすぎて絶対にしないだろう行為。
だが今は、フィオリアがとてつもない恐怖に耐えて、自分を送り出してくれようとしている時なのだ。
そんな彼女の姿を前に、自分の羞恥心など塵に等しい。
彼女のためを思うなら、意地もプライドも捨ててしまえ、と。
素直にそう思えてしまうのだ。
「おい。……こんな初めてなんてあんまりだとか、そんなこと言うんじゃねぇぞ。」
「え…?」
突拍子もないシュルクの発言に、フィオリアがその意味を掴みあぐねて首を捻る。
そんなフィオリアの体をぐっと引き寄せ、シュルクは彼女の顎先を捕らえて上向かせた。
そして―――優しく、彼女の唇に口づけを落とす。
フィオリアが目をまんまるにして固まり、他の人々は顔を赤くして反応に困ってしまう。
周りがざわついているのは分かっていたが、シュルクはそんなことを気にも留めなかった。
今はフィオリアのことしか見ない。
そう決めていたから。
「確かに、今回は安全とは言えない。下手すれば、俺もミシェリアさんたちと仲良く迷夢に取り残されることになるかもしれない。だけど、俺はお前にした約束を破るつもりはない。だから……〝絶対に戻ってこい〟って言え。それだけで、俺はちゃんと戻ってこられるから。」
彼女が不安になるのなら、その不安を拭い去れるまで何度も誓おう。
絶対に独りにはしない、と。
この想いを、何度でも彼女に伝えよう。
「………、………っ」
微かに震えるフィオリアの唇。
その第一声は―――
「こ、こんな初めてなんて、あんまりだよぉー……」
という、場の空気を木っ端微塵に打ち砕くものだった。
「おい! お前なあ! それ、言うなって言ったやつだろ!!」
一応、この間キスをせがまれたのを断ったことを気にしてそう前置きしたのに、これでは意味がないじゃないか。
「だってぇ~…」
「だって、じゃねぇよ! まったくもう! 俺だって微妙な雰囲気だって思ったけど、わざわざ口にしなくても―――」
「だから!」
ふいに文句を遮られ、フィオリアにがっと両頬を掴まれた。
「絶対、絶対に戻ってきて! やり直ししてくれないと、許さないんだから!!」
間近から見つめられ、強くそう告げられた。
不安を完全に取り除けたわけではない。
やっぱりフィオリアは強がったままだし、頬に触れている彼女の手は、緊張で冷たくなって小さく震えている。
でも、さっきまでとは確実に違う強さが、その瞳にはあった。
シュルクはきょとんと瞼を叩き、次に思い切り破顔する。
ああ。
なんだか、とても心地よい気分だ。
彼女からの全力の願い。
それを託されることがこんなにも嬉しくて、こんなにも背中を押してくれるなんて。
「おう。」
こつんと額をつけ合わせ、互いにくすりと笑い合う。
大丈夫。
絶対に。
確信を持って、そう信じられる。
「じゃ、行ってくるな。」
「うん。いってらっしゃい。」
一度互いの指を絡め合い、すぐに離す。
フィオリアに背を向けたシュルクは、次の瞬間に意識の何もかもを切り替えた。
「行くぞ。覚悟はいいか?」
ヒンスに問いかけると、彼は固唾を飲んで一つ頷いた。
「目を閉じて、深呼吸して。」
言うと、彼は指示通りに大きな呼吸を繰り返し始めた。
そんな彼の両肩に手を置き、自分も目を閉じて深く集中する。
すると、周りに溜まっていた霊子たちが活発に動き始めた。
さあ……―――ここからは、やり直しができない一発勝負だ。
「霊子凝集。詠唱開始。召喚、第十霊神。」
一音一音を刻む度、霊子たちがこちらの意志に応えて力を強くしていく。
「出でよ、《現夢の架け橋 ブリッグレー》!!」
最後の一言を紡ぐと、ぐにゃりと足元が歪むような感覚がした。
そして、目の前に暗闇の中にぽつんと浮かぶ橋が見えてくる。
間違いない。
この景色は、自分がドリオンに傷を負わされた時に見たものと同じだ。
「あの橋が見えるか?」
「ああ。」
ヒンスが小さく首を縦に振る気配。
「あの橋の向こうが迷夢だ。俺が背中を押したら、ここから立って一目散に橋を渡れ。ミシェリアさんを見つけるまで止まるな。何も見るな。」
「言われなくてもそうする。時間が限られていることは分かっているつもりだ。」
「はっ。上等じゃねぇか。少しは期待しといてやるよ。」
シュルクは挑発的に言ってやり、強くその肩を押した。
「―――行け!!」
作業的には特に意味もない行為だったが、その行為にちゃんと彼らが出会えるようにとささやかな願いを込めたのは、自分も心のどこかで不安だったからなのだと思う。
準備は整い、後は自分が呪文を唱えるだけ。
そこでふとフィオリアの方を見ると、彼女は胸の前で固く両手を組んでいた。
つい昨日は、自分が迷夢に乗り込むことに大反対していたというのに。
でも、それが彼女なんだと思う。
ルーウェルの時もそうだったし、今もそう。
誰かが困っているとなると、彼女は途端に強くなる。
こうやって己の恐怖を押し殺してまで、ミシェリアを助けてくれと訴えられるくらいに。
「何、この世の終わりみたいな顔してんだよ。」
こんな様子のフィオリアを残していくのかと思うと、少し気が引けた。
頭を軽く叩いてやると、フィオリアは弱りきった表情でこちらを見上げてくる。
「大丈夫だって。なんとかなる……って言ったって、不安なもんは不安か。お前も、あれを読んでるんだもんな。」
いつもなら自信満々に言ってやれる言葉を、今は軽々しく口にできなかった。
過去にブリッグレーを召喚した際に迷夢から戻らなくなった人々の中には、ブリッグレーの召喚者も含まれていたらしい。
そして、自分も散々調べたが、ブリッグレーを召喚して確実に現実へと帰ってこられる方法は見つからなかった。
「大丈夫…。信じて待ってるから。」
気丈にそう言うフィオリアだが、無理をしているのは明らかだ。
このまま倒れてしまうのではないかと心配で、こっちが召喚に集中できない。
(……仕方ないな。)
シュルクは、とある決断を下す。
それは、普段の自分なら恥ずかしすぎて絶対にしないだろう行為。
だが今は、フィオリアがとてつもない恐怖に耐えて、自分を送り出してくれようとしている時なのだ。
そんな彼女の姿を前に、自分の羞恥心など塵に等しい。
彼女のためを思うなら、意地もプライドも捨ててしまえ、と。
素直にそう思えてしまうのだ。
「おい。……こんな初めてなんてあんまりだとか、そんなこと言うんじゃねぇぞ。」
「え…?」
突拍子もないシュルクの発言に、フィオリアがその意味を掴みあぐねて首を捻る。
そんなフィオリアの体をぐっと引き寄せ、シュルクは彼女の顎先を捕らえて上向かせた。
そして―――優しく、彼女の唇に口づけを落とす。
フィオリアが目をまんまるにして固まり、他の人々は顔を赤くして反応に困ってしまう。
周りがざわついているのは分かっていたが、シュルクはそんなことを気にも留めなかった。
今はフィオリアのことしか見ない。
そう決めていたから。
「確かに、今回は安全とは言えない。下手すれば、俺もミシェリアさんたちと仲良く迷夢に取り残されることになるかもしれない。だけど、俺はお前にした約束を破るつもりはない。だから……〝絶対に戻ってこい〟って言え。それだけで、俺はちゃんと戻ってこられるから。」
彼女が不安になるのなら、その不安を拭い去れるまで何度も誓おう。
絶対に独りにはしない、と。
この想いを、何度でも彼女に伝えよう。
「………、………っ」
微かに震えるフィオリアの唇。
その第一声は―――
「こ、こんな初めてなんて、あんまりだよぉー……」
という、場の空気を木っ端微塵に打ち砕くものだった。
「おい! お前なあ! それ、言うなって言ったやつだろ!!」
一応、この間キスをせがまれたのを断ったことを気にしてそう前置きしたのに、これでは意味がないじゃないか。
「だってぇ~…」
「だって、じゃねぇよ! まったくもう! 俺だって微妙な雰囲気だって思ったけど、わざわざ口にしなくても―――」
「だから!」
ふいに文句を遮られ、フィオリアにがっと両頬を掴まれた。
「絶対、絶対に戻ってきて! やり直ししてくれないと、許さないんだから!!」
間近から見つめられ、強くそう告げられた。
不安を完全に取り除けたわけではない。
やっぱりフィオリアは強がったままだし、頬に触れている彼女の手は、緊張で冷たくなって小さく震えている。
でも、さっきまでとは確実に違う強さが、その瞳にはあった。
シュルクはきょとんと瞼を叩き、次に思い切り破顔する。
ああ。
なんだか、とても心地よい気分だ。
彼女からの全力の願い。
それを託されることがこんなにも嬉しくて、こんなにも背中を押してくれるなんて。
「おう。」
こつんと額をつけ合わせ、互いにくすりと笑い合う。
大丈夫。
絶対に。
確信を持って、そう信じられる。
「じゃ、行ってくるな。」
「うん。いってらっしゃい。」
一度互いの指を絡め合い、すぐに離す。
フィオリアに背を向けたシュルクは、次の瞬間に意識の何もかもを切り替えた。
「行くぞ。覚悟はいいか?」
ヒンスに問いかけると、彼は固唾を飲んで一つ頷いた。
「目を閉じて、深呼吸して。」
言うと、彼は指示通りに大きな呼吸を繰り返し始めた。
そんな彼の両肩に手を置き、自分も目を閉じて深く集中する。
すると、周りに溜まっていた霊子たちが活発に動き始めた。
さあ……―――ここからは、やり直しができない一発勝負だ。
「霊子凝集。詠唱開始。召喚、第十霊神。」
一音一音を刻む度、霊子たちがこちらの意志に応えて力を強くしていく。
「出でよ、《現夢の架け橋 ブリッグレー》!!」
最後の一言を紡ぐと、ぐにゃりと足元が歪むような感覚がした。
そして、目の前に暗闇の中にぽつんと浮かぶ橋が見えてくる。
間違いない。
この景色は、自分がドリオンに傷を負わされた時に見たものと同じだ。
「あの橋が見えるか?」
「ああ。」
ヒンスが小さく首を縦に振る気配。
「あの橋の向こうが迷夢だ。俺が背中を押したら、ここから立って一目散に橋を渡れ。ミシェリアさんを見つけるまで止まるな。何も見るな。」
「言われなくてもそうする。時間が限られていることは分かっているつもりだ。」
「はっ。上等じゃねぇか。少しは期待しといてやるよ。」
シュルクは挑発的に言ってやり、強くその肩を押した。
「―――行け!!」
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