Fairy Song

時雨青葉

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第16歩目 迷夢へ

本棚に隠されていたもの

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 今さらながらに、自分で設定した三時間という時間の短さを呪う。


 仕方なかったのだ。
 あんなに必死な皆を前に、悠長に一日も時間をくれとは言えなかったのだから。


 その場の全員を使い、屋敷中からありったけの資料を集めさせた。


『役に立つかどうかは俺が決める。少しでも迷夢やドリオンに関する記述を見つけたら、無条件で俺のところに持ってこい。』


 随分と偉そうな物言いをしたが、それに不満を持つ者はいなかった。


 どんどん机に詰まれていく資料に片っ端から目を通し、役に立たないと判断したものは即で読むのをやめる。


 役に立ちそうだと判断したものは少しだけ丁寧に読み込み、必要な部分に目印をつけて脇にけていく。


 そうこうしているうちに少しずつ、周囲に漂う霊子の性質に変化が表れた。
 この変化が重要だ。


 これから召喚する霊神が発揮する効果。


 分かるなら、その霊神にまつまるエピソードやその時代背景、果てにはその霊神が生まれるに至った経緯まで。


 詳しく分かるなら、分かるだけいい。


 それらをくどいくらい繰り返しなぞって、自分の周囲に満ちる霊子が馴染むのを待つ。


 霊子を霊神召喚に足るレベルまで馴染ませられるかどうかは、自分の理解力と集中力次第。


 世の中の大体がせいぜい第五霊神くらいまでしか召喚できないのは、素質以上に霊神に対する理解が足りないからだと、個人的にはそう思っている。


 第五霊神レベルくらいまでなら、おとぎ話として語られているものも多い。
 それ故に自然と霊神に対する理解が深まり、召喚にもそこまで労力を使わないわけだ。


 まあ、いくら霊神に対する理解が深かったとしても、霊子を上手く集められなければ、召喚に失敗することも多い。


 そこはやはり、霊子の動きに敏感なめぐが有利なのだろう。


「ねぇ……シュルク……」


 一時間半ほど経った頃だろうか。
 フィオリアが、控えめにそう声をかけてきた。


「……どうした。」


 シュルクは、本をめくる手を止めて問いかける。


 反射的に邪魔するなと言いかけて、フィオリアがどこか青ざめた顔をしていることに気付いたからだ。


「これ……本棚の天板に貼ってあったの。」


 彼女が差し出したのは、ひもじられている数枚の紙切れだった。
 随分古いものらしく、紙は茶色っぽく変色していて、今にも破けそうだ。


 フィオリアの表情から不穏な何かを感じ、シュルクは緊張した面持ちでそれを受け取る。


〈ルルーシェ。君がこれを読んでいる頃には、どれだけの時が流れているだろうか。〉


「!?」


 最初のページにつづられた冒頭の一節に、とてつもない衝撃を受けた。
 慌ててフィオリアを見ると、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。


 シュルクは再度、紙面に目を落とす。


〈ここに記すは、私の後悔の記憶。大切な友であるジルを失ってしまった老いぼれの戯言ざれごとだ。君にはつらいだろう。こんなものを残しておきながら矛盾しているが、これが君に読まれないことを願うばかりだ。〉


「ジルって、誰か分かるか?」


 訊ねる。
 フィオリアはより一層つらそうな顔をし、微かに頷いた。


「私の―――ルルーシェのお父さん。」
「なっ…!?」


 瞠目するシュルク。


 では、これはルルーシェにとてつもなく近い人物が残したもの。
 もしかしたら、これを読めば呪いの核心に近付けるかもしれない。


 シュルクは、薄い紙に記された文字を真剣に読み始めた。


 これを書いた人物は、七年もの間ジルと共に旅をしていたそうだ。


 目的は、呪いの元凶であるルルーシェの運命石を集めること。


 彼らも自分と同じように、運命石を集めることが呪いを解く鍵になると考えていたようだ。


 各地を巡りながら、彼らは呪われた運命石の波動を探し続けた。


 手がかりがない状態の旅には終わりがなく、同じ地を繰り返し訪れることもしばしばだったという。


 それでも徐々にだが、目的の物は集まりつつあった。
 しかし、この地に来たことで何もかもが一気に崩れてしまった。


〈私は、この地で度重なっていたドリオンの被害を、少しでもどうにかしたかった。ここは、私の同胞が数多く住まう土地。他人事にはできなかった。皆で祈って霊子に語りかければ、ドリオンにも勝るものが生み出せる。だから私たちは一丸となって、サフィロスとブリッグレーを創り出したのだ。〉


 息を飲まざるを得なかった。


 霊神を創った…?
 少し驚きはしたが、言われてみれば何もおかしいことはない。


 これだけ数が多い霊神たちだ。


 ドリオンのように自然に生まれた霊神もいれば当然、人の手で創られた霊神もいるだろう。


 ただ、今までそんな技術が存在するなんて記録を見たことがなかった。


 それはおそらく、記録を残せる者が少なく、その少数があえて記録を残さなかったということ。


 ならば、この記録を残し、サフィロスやブリッグレーを創ったという彼は―――


 動揺しながらも、とにかく続きを読み進める。


 サフィロスを女性の姿になぞらえたのは、力強くドリオンを押さえ込めるのではなく、ドリオンを形作る悲しい想いの霊子を癒し、その想いを天に昇華させることでドリオンの自然顕現をなくしたかったから。


 そして、ドリオンによって迷夢にさらわれてしまった人々のことを諦めたくない。
 彼らが現実に帰れるための何かを創りたい。


 ブリッグレーは、現実に残された人々のそんな意地とエゴからできたものだった。


〈―――しかし今となっては、それを創ってしまったことが全ての間違いだったのかもしれないとも思う。〉


 その一文から先は、まるで人が変わってしまったかのように筆跡が乱暴になっていた。


 サフィロスとブリッグレーを創り上げた人々が、何をしたのか。
 それ故に何を得て、そして何を失ったのか。


 心の中で渦巻く様々な感情をぶつけるような荒々しさで。
 そこには、とある過去の出来事が書き殴られていた。


「………っ」


 シュルクは思わず、その手記を握り締めた。


 すぐには立ち直れなかった。
 それほどまでに、この手記に込められた後悔は切なくて苦しい。


 手記から伝わってくる感情に翻弄ほんろうされ、激しく荒れ狂う心。


 それとは対照的に、霊子たちはこちらが望むものを形作る準備を整え終えて静かになった。


 こんなものを読めば、霊子があっという間に馴染むに決まっている。


 ここにあるのは、これから召喚しようとしている霊神を創り出した人物の記憶なのだから。


「フィオリア。」


 シュルクはできる限り優しく呼びかけ、フィオリアの手を握った。


「つらいのは分かる。でも、今は話を聞いてやれる時間も、泣かせてやれる時間もない。……ふんばれるか?」


 握った手にぎゅっと力を込めて訊ねる。


 フィオリアなら大丈夫。
 そう信じて。


 それまで情けなく眉をハの字にしていたフィオリアは、問いかけを聞くなりぐっと奥歯を噛み締めて、力強く首を縦に振った。


「いい子だ。」


 シュルクは淡く笑いかけ、すぐに表情を険しくした。




「あいつを呼んできてくれ。」



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