Fairy Song

時雨青葉

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第16歩目 迷夢へ

悲嘆に暮れる

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 屋敷に戻るや否やニコラとエヴィーを叩き起こし、彼らにミシェリアを引き渡した。
 足の傷自体は応急措置のかいもあって、そこまでひどいことにはならなかった。


 しかし問題なのは、この傷がドリオンによってつけられたものであること。
 屋敷中を巻き込んで大騒ぎになりながら、必死にミシェリアの治療が行われた。


 しかし―――……


「………」


 ひと通りの治療を終えたエヴィーは、ひどく深い息を吐き出してうなだれた。


「……だめです。」


 彼の口から、絶望に満ちた言葉が告げられる。


「奥方様の意識は、迷夢の中に閉ざされております。この国に奥方様を助けられる方は……おりますまい。」


 それを聞いたニコラを始め、集まっていた使用人の人々が互いに肩を抱いて悲しみに暮れる。


 中には、膝をついて泣き崩れる者も見受けられた。


 これだけ慕われていたというのに、なんて馬鹿なことを。


 思い込みから抜け出せなかったミシェリアに。
 最後まで虚勢を崩せなかったヒンスに。


 それぞれに苛立つ一方で、それ以上に自分に対して激しく苛立つシュルクだった。 


 ミシェリアに、ドリオンのことについて教えすぎた。


 まさか、彼女が自ら死ぬようなことを考えているなんて思っていなかったのだ。
 それが分かっていれば、あんなにペラペラと自分の考察など述べなかった。


「どうにか……どうにかならないのですか!?」


 煮え切らない様子のニコラが、たまらずエヴィーに掴みかかる。
 しかし、エヴィーはきつく目を閉じ、首を左右に振った。


「私の手では、もう……」


「そんな……こんなの……あまりにも、奥方様がお可哀想です…。まだ何も……何も報われていないのに…っ」


 ニコラの悲痛な声が、耳に痛い。
 それに思わず、顔を背けた時……


 きゅっ、と。


 小さく、袖口そでぐちを引かれた。
 そちらに目をやると、フィオリアがじっとこちらを見上げている。


 涙をたたえる濡れた瞳は、何か物言いたげだ。


「え…」


 彼女が訴えてくる思い。
 それを察し、シュルクは苦虫でも噛み潰した顔をする。


「まさか……―――俺がやれ、と?」


 動揺していたからだとはいえ、馬鹿正直に声に出してしまったのが間違いだった。


「シュルクさん、奥方様を助けられるのですか!?」
「いや……」


 ニコラにすがるような目を向けられ、シュルクは言葉をにごしてしまう。
 結果として、無理だと断言しなかったことが、逃げ場を断つことになってしまった。


「お願いします! どうか……どうか、奥方様をお助けください!」
「いや……誰も、できるとは―――」


「シュルクさん、私からもどうか!」
「私も!」
「私からも!」


 ニコラに迫られ、それに続いてエヴィーや他の使用人たちにも詰め寄られる。


 これは、どうにもこうにも断れない状況になってしまっている。


 もちろん、自分だって助けられるなら助けたい。
 でも……


「―――本当に、迷夢から助けてやることが、ミシェリアさんのためなんですか?」


 その疑問が、ずっと自分の足を引っ張っていた。


「ミシェリアさんは、自分から死ぬことを選んだ。連れ戻しても、つらいだけでしょう。……少なくとも、今のままじゃ。」


 ニコラから視線を逸らし、眠るミシェリアを見下ろしているヒンスを見る。


「だから言ったんだ。手遅れになる前に、手を打てって……」


 時間もタイミングもあったはずなのに、結局間に合わなかった。


 真正面からぶつかってもヒンスがかたくなに態度を変えないものだから、ミシェリアを誘惑するふりをして、彼を無理やり焦らせることまでした。


 自分だって、やれるだけのことをやった。
 ヒントどころか、何度も答えを与えてやったじゃないか。


 それなのに、迎えた結末がこんなに悲しいものだなんて……


「ミシェリアさんが本当に必要としてたのは、お前に認められること。ただそれだけだったのによ。お前がそう思ってるかどうかが大事なんじゃない。お前の気持ちがミシェリアさんに伝わるかどうかが、本当に大事なことだったんだぞ。」


 ここまで来て、彼は何を思うだろうか。


 愛する者を、自分の手で迷夢へと突き落としてしまった。
 その現実を、彼はどう受け止める?


「旦那様! まだ意地を張るのですか!?」


 さすがに、ごうを煮やしたのだろう。
 ニコラはひどく憤慨した口調で、ヒンスに必死に訴えた。


「シュルクさんの言うとおりです! 旦那様はただでさえ分かりづらいんですから、奥方様にくらい、ちゃんと伝えてあげなければいけなかったんです! 私たちの前でまで素直になれとは申しません。せめて……せめて奥方様だけには、飾らないお言葉をかけて差し上げるべきだったのですよ!! 今ならまだ、間に合うかもしれないんです!!」


「………」


「旦那様!!」


「…………分かった。」


 目を閉じ、ヒンスはそう告げた。


「必要なのはなんだ?」
「それを訊いてくる意味は?」


 シュルクは、素直にはその質問に答えなかった。


 決して、意地悪をしているわけではない。
 迷夢に乗り込むことは、命を天秤にかけるくらい危険なのだ。
 頼まれたからといって、安請け合いはできない。


「ミシェリアを助けてほしい。」


「それで? 仮に俺がミシェリアさんを助けられたとして、お前はあの人に何をしてやれるんだ? また、今までと同じ生活をさせるのか? それなら、俺は助けない。」


「シュルク…っ」


 きっぱりとミシェリアを助けないと言ったシュルクに、フィオリアが思わず非難めいた声をあげる。


 しかし、シュルクはそれに首を振った。


「俺は俺なりに、ミシェリアさんのことを考えて言ってるつもりだ。この展開を望んだのは、ミシェリアさんなんだ。今助けたとしても、ミシェリアさんがまた別の死に方を考えるようなら、助けるだけ残酷だろ。ミシェリアさんにとっても、ミシェリアさんを慕ってるみんなにとっても。」


「………」


 シュルクの言葉を聞いた皆が、何も言えずに視線を落とす。
 反論の余地などないほどに、シュルクの意見が正しいからだ。


「それにな……」


 シュルクは、うれいに満ちた表情で目を伏せる。


「これが、結果ってやつだろ。俺だって、百パーセント助けられる確証があるわけじゃないんだ。これが運命だったと思って、受け入れるべきなんじゃないのか?」


 誰が好き好んで、大事な人の死に目を何度も見たいと思うだろうか。


 何度助けても、何度も同じ過ちを繰り返す。


 そうして何度もこんな風に皆が悲しむ結末しか迎えられないのだとしたら、今この瞬間に悲しみを受け入れる方がいい。


 その方が、傷が浅くて済む。


 誰もが、もどかしさで口を閉ざして唇を噛む。
 その時―――




「―――それでも、私はミシェリアに戻ってきてほしい。」




 はっきりとそう言い切ったのは、他でもないヒンスだった。

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