142 / 257
第15歩目 掴めない手
次の運命石があるのは―――
しおりを挟む
朝日を反射した水晶がその光を橋の上へと映した時、そこから大量にあふれ出した霊子。
あれはどこからともなく霊子が湧き出したのではなく、それまで水晶の中に溜め込まれていた霊子が放出されたのではないだろうか。
そう考えるなら、日の出付近にしかドリオンが現れない理由に仮説を当てはめられる。
おそらく、普段はこの橙水晶が周辺の霊子を吸収しているので、ドリオンが自然に顕現できるほどの霊子が集まらないのだ。
―――でも、何故そんなことが起こる?
組み立てた仮説から、次なる疑問が浮かんでくる。
仮に、この橙水晶の役割がドリオンの被害を減らすために霊子の濃度を下げることだとしよう。
しかしそれなら、何が起こってもドリオンが出てこないよう、細心の注意を払わないだろうか。
確率が低いとはいえドリオンが現れてしまう条件があるなら、その条件を割り出して潰すのが道理。
「………」
シュルクは目元を険しくする。
ドリオンが顕現する特定の条件。
もしもそれが、たまたま今日に至るまで発見されなかったのではなく、認知されていたのにあえて残されたものなのだとしたら。
いずれこうして事件になることが、この作品の製作者が当初から意図したことだった。
そう考えられるのでは?
最初からわざと、ある条件下で橙水晶が霊子を吸収することをやめ、逆に霊子を放出するように設計されていた。
その可能性は、大いにあり得る。
だって、そうじゃなきゃ〝暁集まる橙水晶〟なんてフレーズは後世に残らなかったはず。
きっと、これを作った者はルルーシェの運命石のことを知っていたのだ。
その人物は何かしらの目的があってこの作品を作り、そしてここに誰かが辿り着くヒントをあの詩を残した。
では、その目的とは何か?
ほんの十数分でもいいから、ドリオンと―――迷夢と接触できる機会を、未来の誰かのために残しておきたかったから?
だとするなら―――
「まさか……―――次の欠片は、迷夢の中なのか?」
導き出された、一つの結論。
それは、すとんと腑に落ちた。
もしもこの作品が、ルルーシェの運命石を集めに来る者のために作られたものなのだとしたら。
ドリオンが現れる特定の条件とは、朝日に加えて、ルルーシェの生まれ変わりとその対の相手。
そして、すでに集めてきたルルーシェの運命石の欠片。
そのいずれか、あるいは全てであると考えられる。
それなら、これまでニコラたちがドリオンの出現を見たことがなかったのも頷ける。
そして、運命石が近いようで遠く感じる自分の感覚にも、すんなりと納得できるのだ。
「嘘……でしょ…?」
シュルクの呟きを聞いたフィオリアが顔を青くするが、一方のシュルクは確信に満ちた表情で首を横に振った。
「嘘じゃない。というか、そうじゃないと辻褄が合わない。」
もちろん、とんでもないことを言っている自覚はある。
そんな場所に運命石があるのだとしたら、それを回収しに行くことは、命を賭けに差し出すことになりかねない。
それは、フィオリアでも簡単に行き着く考えだったのだろう。
「だ、だめ!!」
フィオリアは気弱な雰囲気を一変させ、慌てた様子で右腕にしがみついてきた。
「シュルク、今どうやって迷夢に行くか考えてるでしょ?」
「そりゃあな。」
「まさか、もう一回ドリオンに襲われようとか思ってないよね!?」
「……場合によっては。」
「やっぱり! だめだよ、そんな危ないこと! 戻れなくなったらどうするの!?」
「いや、でもさ……」
「でもじゃなくてっ……そのっ……あ………」
必死に喉を震わせていたフィオリアは、ふとした拍子にこちらと目を合わせ、途端に言葉を失った。
彼女の瞳に映るのは、こちらの困った顔。
滅多に見ないその表情に、驚いてしまったのかもしれない。
「ごめんなさい……わがままを言うつもりじゃ、ないの。でも、私……多分、あなたを強く送り出してあげられない。」
フィオリアの声が、か細く空気に溶けていく。
「シュルクのことだから、ちゃんと戻ってくる自信があるんでしょう? それは分かってるけど……怖い。呪いを解くためだって分かってるけど、そのためにシュルクが危ないことをしなきゃいけないなんて……私のせいで、そんなことをさせたくない。」
「………」
私のせいで、と。
最近とんと聞かなくなっていた言葉が、不快感を伴って鼓膜を叩く。
しかし、今はいつものように怒ることはできなかった。
フィオリアがその言葉を口にしてしまうくらいに、危険なことをしようとしている。
それは、自分でもちゃんと理解している。
だがそれでも、行かないという選択肢だけはなかった。
迷夢に乗り込めば、現実に戻れない可能性はある。
しかし、その危険を冒さずに身の安全を取れば、その先に待っているのは呪いによる死。
進んでも進まなくても、この命が危ないことには変わりないのだ。
「……ごめんな。」
シュルクはフィオリアの肩に、そっと左手を置いた。
「こんな時、お前も一緒に連れていけたらいいんだけど……」
泣きそうなフィオリアを見ていると、少しばかり歯痒くなる。
フィオリアは、ぶんぶんと首を横に振った。
「違うの。シュルクが悪いんじゃないの。私の……私の覚悟が足りないだけなの。そう簡単に、運命石が集まるわけない。きっと危ないことばかりだって、分かってるつもりだったのに…。シュルクがいなくなっちゃうかもしれないと思うと、怖くてたまらないの……」
行っちゃやだ、と。
自分にすがりついてくる彼女の仕草から、熱烈にそう訴えられているようだった。
(本当に、こいつはもう……)
胸に湧き上がるのは、衝動のような感情。
それに耐えるシュルクは、右手だけをぐっと握り締める。
確かに、もう遠慮はなしだとは言った。
言いはしたが、ここまで健気にアピールされてしまっては、こちらも色々と我慢しなくてはならないではないか。
これからは、別の意味で我慢が必要かもしれない。
ムーシャンを旅立つ時に抱いた予感は、見事に的中というわけだ。
頼むから、こんな風にストレートに本音をぶつけるのは、自分が相手の時だけにしてくれ。
こんな彼女の姿など、他の男には到底見せられない。
はてさて。
この天然少女の手綱を、これからどう握っておくべきか。
それを考えると、本気で頭が痛い。
―――なのに、可愛いからまあ許せるかと思ってしまうのは、自分も十分に頭がやられている証拠なのかもしれない。
しみじみとそんなことを思いながら、シュルクは静かに目を閉じた。
あれはどこからともなく霊子が湧き出したのではなく、それまで水晶の中に溜め込まれていた霊子が放出されたのではないだろうか。
そう考えるなら、日の出付近にしかドリオンが現れない理由に仮説を当てはめられる。
おそらく、普段はこの橙水晶が周辺の霊子を吸収しているので、ドリオンが自然に顕現できるほどの霊子が集まらないのだ。
―――でも、何故そんなことが起こる?
組み立てた仮説から、次なる疑問が浮かんでくる。
仮に、この橙水晶の役割がドリオンの被害を減らすために霊子の濃度を下げることだとしよう。
しかしそれなら、何が起こってもドリオンが出てこないよう、細心の注意を払わないだろうか。
確率が低いとはいえドリオンが現れてしまう条件があるなら、その条件を割り出して潰すのが道理。
「………」
シュルクは目元を険しくする。
ドリオンが顕現する特定の条件。
もしもそれが、たまたま今日に至るまで発見されなかったのではなく、認知されていたのにあえて残されたものなのだとしたら。
いずれこうして事件になることが、この作品の製作者が当初から意図したことだった。
そう考えられるのでは?
最初からわざと、ある条件下で橙水晶が霊子を吸収することをやめ、逆に霊子を放出するように設計されていた。
その可能性は、大いにあり得る。
だって、そうじゃなきゃ〝暁集まる橙水晶〟なんてフレーズは後世に残らなかったはず。
きっと、これを作った者はルルーシェの運命石のことを知っていたのだ。
その人物は何かしらの目的があってこの作品を作り、そしてここに誰かが辿り着くヒントをあの詩を残した。
では、その目的とは何か?
ほんの十数分でもいいから、ドリオンと―――迷夢と接触できる機会を、未来の誰かのために残しておきたかったから?
だとするなら―――
「まさか……―――次の欠片は、迷夢の中なのか?」
導き出された、一つの結論。
それは、すとんと腑に落ちた。
もしもこの作品が、ルルーシェの運命石を集めに来る者のために作られたものなのだとしたら。
ドリオンが現れる特定の条件とは、朝日に加えて、ルルーシェの生まれ変わりとその対の相手。
そして、すでに集めてきたルルーシェの運命石の欠片。
そのいずれか、あるいは全てであると考えられる。
それなら、これまでニコラたちがドリオンの出現を見たことがなかったのも頷ける。
そして、運命石が近いようで遠く感じる自分の感覚にも、すんなりと納得できるのだ。
「嘘……でしょ…?」
シュルクの呟きを聞いたフィオリアが顔を青くするが、一方のシュルクは確信に満ちた表情で首を横に振った。
「嘘じゃない。というか、そうじゃないと辻褄が合わない。」
もちろん、とんでもないことを言っている自覚はある。
そんな場所に運命石があるのだとしたら、それを回収しに行くことは、命を賭けに差し出すことになりかねない。
それは、フィオリアでも簡単に行き着く考えだったのだろう。
「だ、だめ!!」
フィオリアは気弱な雰囲気を一変させ、慌てた様子で右腕にしがみついてきた。
「シュルク、今どうやって迷夢に行くか考えてるでしょ?」
「そりゃあな。」
「まさか、もう一回ドリオンに襲われようとか思ってないよね!?」
「……場合によっては。」
「やっぱり! だめだよ、そんな危ないこと! 戻れなくなったらどうするの!?」
「いや、でもさ……」
「でもじゃなくてっ……そのっ……あ………」
必死に喉を震わせていたフィオリアは、ふとした拍子にこちらと目を合わせ、途端に言葉を失った。
彼女の瞳に映るのは、こちらの困った顔。
滅多に見ないその表情に、驚いてしまったのかもしれない。
「ごめんなさい……わがままを言うつもりじゃ、ないの。でも、私……多分、あなたを強く送り出してあげられない。」
フィオリアの声が、か細く空気に溶けていく。
「シュルクのことだから、ちゃんと戻ってくる自信があるんでしょう? それは分かってるけど……怖い。呪いを解くためだって分かってるけど、そのためにシュルクが危ないことをしなきゃいけないなんて……私のせいで、そんなことをさせたくない。」
「………」
私のせいで、と。
最近とんと聞かなくなっていた言葉が、不快感を伴って鼓膜を叩く。
しかし、今はいつものように怒ることはできなかった。
フィオリアがその言葉を口にしてしまうくらいに、危険なことをしようとしている。
それは、自分でもちゃんと理解している。
だがそれでも、行かないという選択肢だけはなかった。
迷夢に乗り込めば、現実に戻れない可能性はある。
しかし、その危険を冒さずに身の安全を取れば、その先に待っているのは呪いによる死。
進んでも進まなくても、この命が危ないことには変わりないのだ。
「……ごめんな。」
シュルクはフィオリアの肩に、そっと左手を置いた。
「こんな時、お前も一緒に連れていけたらいいんだけど……」
泣きそうなフィオリアを見ていると、少しばかり歯痒くなる。
フィオリアは、ぶんぶんと首を横に振った。
「違うの。シュルクが悪いんじゃないの。私の……私の覚悟が足りないだけなの。そう簡単に、運命石が集まるわけない。きっと危ないことばかりだって、分かってるつもりだったのに…。シュルクがいなくなっちゃうかもしれないと思うと、怖くてたまらないの……」
行っちゃやだ、と。
自分にすがりついてくる彼女の仕草から、熱烈にそう訴えられているようだった。
(本当に、こいつはもう……)
胸に湧き上がるのは、衝動のような感情。
それに耐えるシュルクは、右手だけをぐっと握り締める。
確かに、もう遠慮はなしだとは言った。
言いはしたが、ここまで健気にアピールされてしまっては、こちらも色々と我慢しなくてはならないではないか。
これからは、別の意味で我慢が必要かもしれない。
ムーシャンを旅立つ時に抱いた予感は、見事に的中というわけだ。
頼むから、こんな風にストレートに本音をぶつけるのは、自分が相手の時だけにしてくれ。
こんな彼女の姿など、他の男には到底見せられない。
はてさて。
この天然少女の手綱を、これからどう握っておくべきか。
それを考えると、本気で頭が痛い。
―――なのに、可愛いからまあ許せるかと思ってしまうのは、自分も十分に頭がやられている証拠なのかもしれない。
しみじみとそんなことを思いながら、シュルクは静かに目を閉じた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる