Fairy Song

時雨青葉

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第15歩目 掴めない手

次の運命石があるのは―――

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 朝日を反射した水晶がその光を橋の上へと映した時、そこから大量にあふれ出した霊子。


 あれはどこからともなく霊子が湧き出したのではなく、それまで水晶の中に溜め込まれていた霊子が放出されたのではないだろうか。


 そう考えるなら、日の出付近にしかドリオンが現れない理由に仮説を当てはめられる。


 おそらく、普段はこのとう水晶が周辺の霊子を吸収しているので、ドリオンが自然に顕現できるほどの霊子が集まらないのだ。


 ―――でも、何故そんなことが起こる?


 組み立てた仮説から、次なる疑問が浮かんでくる。


 仮に、このとう水晶の役割がドリオンの被害を減らすために霊子の濃度を下げることだとしよう。


 しかしそれなら、何が起こってもドリオンが出てこないよう、細心の注意を払わないだろうか。


 確率が低いとはいえドリオンが現れてしまう条件があるなら、その条件を割り出して潰すのが道理。


「………」


 シュルクは目元を険しくする。


 ドリオンが顕現する特定の条件。


 もしもそれが、たまたま今日こんにちに至るまで発見されなかったのではなく、認知されていたのにあえて残されたものなのだとしたら。


 いずれこうして事件になることが、この作品の製作者が当初から意図したことだった。


 そう考えられるのでは?


 最初からわざと、ある条件下でとう水晶が霊子を吸収することをやめ、逆に霊子を放出するように設計されていた。


 その可能性は、大いにあり得る。


 だって、そうじゃなきゃ〝あかつき集まるとう水晶〟なんてフレーズは後世に残らなかったはず。


 きっと、これを作った者はルルーシェの運命石のことを知っていたのだ。


 その人物は何かしらの目的があってこの作品を作り、そしてここに誰かが辿り着くヒントをあのうたを残した。


 では、その目的とは何か?


 ほんの十数分でもいいから、ドリオンと―――迷夢と接触できる機会を、未来の誰かのために残しておきたかったから?


 だとするなら―――




「まさか……―――次の欠片かけらは、迷夢の中なのか?」




 導き出された、一つの結論。
 それは、すとんと腑に落ちた。


 もしもこの作品が、ルルーシェの運命石を集めに来る者のために作られたものなのだとしたら。


 ドリオンが現れる特定の条件とは、朝日に加えて、ルルーシェの生まれ変わりとそのついの相手。


 そして、すでに集めてきたルルーシェの運命石の欠片かけら


 そのいずれか、あるいは全てであると考えられる。


 それなら、これまでニコラたちがドリオンの出現を見たことがなかったのも頷ける。
 そして、運命石が近いようで遠く感じる自分の感覚にも、すんなりと納得できるのだ。


「嘘……でしょ…?」


 シュルクの呟きを聞いたフィオリアが顔を青くするが、一方のシュルクは確信に満ちた表情で首を横に振った。


「嘘じゃない。というか、そうじゃないと辻褄つじつまが合わない。」


 もちろん、とんでもないことを言っている自覚はある。


 そんな場所に運命石があるのだとしたら、それを回収しに行くことは、命をけに差し出すことになりかねない。


 それは、フィオリアでも簡単に行き着く考えだったのだろう。


「だ、だめ!!」


 フィオリアは気弱な雰囲気を一変させ、慌てた様子で右腕にしがみついてきた。


「シュルク、今どうやって迷夢に行くか考えてるでしょ?」
「そりゃあな。」


「まさか、もう一回ドリオンに襲われようとか思ってないよね!?」
「……場合によっては。」


「やっぱり! だめだよ、そんな危ないこと! 戻れなくなったらどうするの!?」
「いや、でもさ……」


「でもじゃなくてっ……そのっ……あ………」


 必死に喉を震わせていたフィオリアは、ふとした拍子にこちらと目を合わせ、途端に言葉を失った。


 彼女の瞳に映るのは、こちらの困った顔。
 滅多に見ないその表情に、驚いてしまったのかもしれない。


「ごめんなさい……わがままを言うつもりじゃ、ないの。でも、私……多分、あなたを強く送り出してあげられない。」


 フィオリアの声が、か細く空気に溶けていく。


「シュルクのことだから、ちゃんと戻ってくる自信があるんでしょう? それは分かってるけど……怖い。呪いを解くためだって分かってるけど、そのためにシュルクが危ないことをしなきゃいけないなんて……私のせいで、そんなことをさせたくない。」


「………」


 私のせいで、と。
 最近とんと聞かなくなっていた言葉が、不快感を伴って鼓膜を叩く。


 しかし、今はいつものように怒ることはできなかった。


 フィオリアがその言葉を口にしてしまうくらいに、危険なことをしようとしている。
 それは、自分でもちゃんと理解している。


 だがそれでも、行かないという選択肢だけはなかった。


 迷夢に乗り込めば、現実に戻れない可能性はある。


 しかし、その危険を冒さずに身の安全を取れば、その先に待っているのは呪いによる死。


 進んでも進まなくても、この命が危ないことには変わりないのだ。


「……ごめんな。」


 シュルクはフィオリアの肩に、そっと左手を置いた。


「こんな時、お前も一緒に連れていけたらいいんだけど……」


 泣きそうなフィオリアを見ていると、少しばかり歯痒はがゆくなる。


 フィオリアは、ぶんぶんと首を横に振った。


「違うの。シュルクが悪いんじゃないの。私の……私の覚悟が足りないだけなの。そう簡単に、運命石が集まるわけない。きっと危ないことばかりだって、分かってるつもりだったのに…。シュルクがいなくなっちゃうかもしれないと思うと、怖くてたまらないの……」


 行っちゃやだ、と。
 自分にすがりついてくる彼女の仕草から、熱烈にそう訴えられているようだった。


(本当に、こいつはもう……)


 胸に湧き上がるのは、衝動のような感情。
 それに耐えるシュルクは、右手だけをぐっと握り締める。


 確かに、もう遠慮はなしだとは言った。


 言いはしたが、ここまで健気にアピールされてしまっては、こちらも色々と我慢しなくてはならないではないか。


 これからは、別の意味で我慢が必要かもしれない。
 ムーシャンを旅立つ時にいだいた予感は、見事に的中というわけだ。


 頼むから、こんな風にストレートに本音をぶつけるのは、自分が相手の時だけにしてくれ。


 こんな彼女の姿など、他の男には到底見せられない。


 はてさて。
 この天然少女の手綱たづなを、これからどう握っておくべきか。


 それを考えると、本気で頭が痛い。


 ―――なのに、可愛いからまあ許せるかと思ってしまうのは、自分も十分に頭がやられている証拠なのかもしれない。


 しみじみとそんなことを思いながら、シュルクは静かに目を閉じた。

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