Fairy Song

時雨青葉

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第14歩目 ぶつかり合う感情

女性陣の大喧嘩

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「………」


 ミシェリアを連れて部屋に入り、フィオリアはじっと黙して床を見つめる。


 こんなに不愉快な気分は初めてだ。


 自分の中に荒れ狂うこの衝動のような気持ちを、どうやってしずめたらいいのか分からない。


「あの……フィオリア様……」


 彼女らしからぬ険しい表情をたたえるフィオリアに、ようやく我に返ったらしいミシェリアが、おそるおそる声をかける。


「怒って……いらっしゃいますよね…?」
「………っ」


 訊ねられた瞬間、カチンときた。


「そりゃ、怒ってますよ。」


 我慢しようと思ったけれど、生まれて初めて知った衝動は、すぐに臨界点を突破してしまった。


「いい気分なんて、するわけないでしょう。さっきも言ったけど、シュルクはあなたたちの道具じゃないの! シュルクを使ってヒンスさんの気を引かないでよ!!」


 いつどのタイミングで気付いたのかは知らないが、ミシェリアはシュルクを使うとヒンスが食い下がってくることを知っている。


 だから、シュルクのことをあそこまで露骨に贔屓ひいきしてみせるのだ。


 そうすれば、ヒンスが必死になって自分を止めてくれる。


 たとえそれが、ヒンスにとっては家の体面を保つためだけの言葉だったとしても、自分の中でその言葉を、嫉妬しっとしてくれたが故のものだと置き換えることはできるから。


 嫉妬しっとしてくれるくらいには、彼に自分のことを好いてもらえていると思えるから。


 ついさっき、シュルクの気を引きたいがために大人げない態度を取ったばかりの自分だ。


 好きな人に振り向いてもらおうと一生懸命になる気持ちは分かる。


 分かるけど、それで自分が好きな人を利用されるなんて許せない。


 それをシュルク本人が仕方ないと飲み込んでいたとしても、自分には見て見ぬふりなどできない。


「………」


 十分に思い至る節があるのか、ミシェリアはこちらの視線からのがれるように顔を下に向けた。


「ヒンスさんに自分を見てもらいたいなら、ちゃんとヒンスさんにそう言ってよ。いつまでも身分なんてものにとらわれて動けずにいたら、歩み寄るなんてできっこないじゃない。」


 怒りのままに、思ったことをぶつけるフィオリア。
 この時のフィオリアは気付かなかった。


 自分の中では当然で正しかったこの言葉が、ミシェリアの逆鱗に触れてしまうだなんて。


「―――そんなこと……」


 うつむいたミシェリアの顔を隠す前髪の向こうから、地をいずるように低い声が聞こえてくる。


 次の瞬間―――


「そんなこと、身分があるから簡単に言えるのですわ!!」


 思ってもみなかった、ミシェリアの反論。


 血を吐くような痛烈さを伴ったその叫びに、フィオリアはひるんで立ちすくんでしまった。


「あなたになんて……持つものを持っているあなたになんて、わたくしの気持ちは分かりませんわ!! 奴隷だったということが、どれだけ尾を引きずるものか、あなたはちゃんと理解していまして!? 分かるわけないですわよね! だってあなたは、誰からも見上げられる方ですもの。無条件に見下されるのがどんなにつらいか、あなたには分かるはずない!! あなたに……好きな人を疑うしかないつらさなんて…っ」


 ミシェリアは顔を両手で覆う。


「好きな人が何故自分と結婚したのか、なんて……あなたは、そう疑うこともないのでしょうね。立場上放置できないから、体面を守るためだけに結婚したんだなんて、そう思うしかできないことが、どんなにつらいか…っ」


 それを聞いたフィオリアは、もどかしげに唇を噛む。


 あなたには分からない。
 それを否定できる理論を、自分は持っていなかった。


 自分は、誰からも見上げられる立場にいる。
 それは、どうしたって変えられない事実だから。


「あの人に認めてもらえないなら、わたくしがここにいる意味なんてない……夢を見るだけ無駄ですわ。どうすればいいのかなんて、もう分かるわけないじゃありませんか。何をやっても意味がないなら、いっそのこと出会わなければよかったのですわ。」


「―――っ!!」


 次なるミシェリアの言葉に、フィオリアは目を見開く。


 ―――出会わなければよかった。


 それは出会ったばかりの時、自分もシュルクも互いに強くいだいていた思い。


 そこに至る経緯は違えど、この人は自分と同じなのだ。


「もう嫌なんです。無理をして一緒にいたって、互いに互いを傷つけることしかできない。あの人を苦しめることしかできないなんて……ううっ……」


 顔を隠した指の隙間から、透明な雫が流れていく。
 声を涙で揺らしたミシェリアは、フィオリアの両肩を掴んで強く揺さぶった。


「ねえ! 身分があるあなたなら、あの方の隣に並べるのでしょう! わたくしにはどう足掻いたってできない支え方が、身分があるあなたにならできるんでしょう!? なら、あなたが代わりにあの方を支えてあげてよ! それで……それで……」


 ミシェリアの顔が大きく歪む。




「それで―――シュルクさんを、わたくしにちょうだいよ!!」




 その言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になった。
 そしてその白は、瞬く間に赤へと変わる。


「勝手なこと言わないで!!」


 とんでもないことを言われて、フィオリアは声を張り上げてそう言い返していた。


「なんでそこで、シュルクを巻き込むの!? シュルクは私のだもん!! シュルクのことを本気で好きじゃないくせに、自分が逃げるために利用しようっていうの!?」


「そうよ! 別にいいじゃないですか!!」


 ミシェリアも負けじと口調を荒げる。


「だって、初めて……とても自然に、近くにいてくれると感じられた方だったんですのよ。身分なんて気にしないって、わたくしのことを軽蔑しないって、気遣いじゃない本当の言葉でそう言ってくださった方だった。少しくらい、甘えてはいけませんの…? シュルクさんへの恋心はなくても、ここにいるよりはシュルクさんといる方が幸せだと思ってはいけませんの? もう……つらくてつらくて、仕方ないのに…っ」


 とうとう、その場にくずおれるミシェリア。


「ううっ……うああああっ!!」


 そのまま大声をあげて泣き出してしまったミシェリアに、フィオリアはその場で取るべき行動を決めあぐねて、しばらくそこに立ち尽くした。


 少し悩み、ミシェリアの前に膝をつく。
 そしてまた少し悩み、彼女の肩にそっと触れる。


 すると、ミシェリアが弾かれたように胸の中に飛び込んできた。


 止めどなく流れる彼女の涙が、肩口を濡らす。
 それを感じながら、フィオリアは目を伏せた。


 彼女がまき散らした暴言の数々を、許したわけじゃない。
 でも、好きな人に振り向いてもらえない切なさだけは分かる。


 たとえそれが自分の勘違いだったとしても、自分がそう思い込んでいる限り、その勘違いは紛れようもない現実だから……


「………」


 フィオリアは無言のまま、震えるミシェリアを抱き締めて目を閉じた。

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