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第13歩目 こじれた絆
迷夢と霊神病
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数分歩くと木々の向こうに、そこそこに大きな池があるのが見えてきた。
よく手入れがされた場所だ。
池の水は綺麗に澄んでいて、池の中に泳いでいる魚の姿までがくっきりと見える。
池に架かる橋にも、周囲に据えられている銅像にも、しばらく放置されたと思わせるような汚れは一つもなかった。
ただ……
(なんか……妙な感じがする場所だな。)
橋の中央で立ち止まり、シュルクは顔をしかめた。
橋の真ん中は広くスペースが取られており、右側には四人ほどが座れる東屋が、左側には外套をまとった人物を象った一体の銅像がある。
橋の南側と北側の岸には、老若男女それぞれの銅像が四体ずつ。
「この辺のものが全部まとまって、一つの作品なんでしたっけ?」
「ええ。左様でございます。」
シュルクの質問に答えたのはニコラだ。
「この作品の製作者も、この作品が作られた時期も分かっておりません。本家よりこの土地を与えられた時には、すでにあったという話もございます。」
「製作者が分からないとなると、この作品が何を表しているのかも分からないんですか?」
「そうですね……」
少し考えるように腕を組むニコラ。
「この作品の名前が〈夢と現の狭間〉というくらいですからね。おそらくは、迷夢を表しているのだと思いますよ。」
「めい…む?」
初めて聞く単語だ。
「えっと…。この地域特有の霊神病に出てくる世界のことですよね。」
ニコラが答えるより前に、後ろからフィオリアが口を挟んできた。
霊神は必ずしも、呪文の詠唱だけから生み出されるわけではない。
地域の特性や霊子の濃度によって、自然に霊神が生まれてしまう場合もある。
操り手のいない霊神は己の力を無差別に振りまく場合があり、結果として多くの被害を出すことがある。
そういった霊神による人体的被害のことを、霊神病と呼んでいるのだ。
「ええ、そのとおり。迷夢に囚われると、現実に戻ることもできず、かといって死ぬこともできず、出口のない夢の中を永遠にさまようことになると伝えられています。あちらをご覧ください。」
そう言って、ニコラはすぐそこにある銅像を示した。
「迷夢に関わる霊神は三体おります。獅子の姿をした《迷夢への誘獣 ドリオン》。女性の姿をした《迷夢の管理人 サフィロス》。橋の形をした《現夢の架け橋 ブリッグレー》です。」
「ふむ……」
ニコラの解説を、シュルクは興味深そうに聞く。
霊神については知らないことの方が少ないと自負しているが、そんな自分でも知らない霊神がいるとは。
イストリア特有の霊神という話なので、ウェースティーンには資料がなかったのだろう。
理屈は分かるのだが、少しばかり悔しいシュルクであった。
「詳細は分かりませんが、この銅像はサフィロスを表し、この池に架かる橋はブリッグレーを表しているのではないかと言われております。ドリオンを使役するサフィロスの像を置くことで、人々を迷夢に誘い込むドリオンを牽制し、迷夢に迷い込んでしまった方がブリッグレーを渡って現実に戻れるように願かけをしたのではないか。専門家の間では、もっぱらそのように言われておりますね。」
なるほど。
それで作品名が、〈夢と現の狭間〉というわけか。
シュルクは銅像をしげしげと見つめる。
「質問なんですけど、この銅像がサフィロスを表しているって根拠はあるんですか?」
「さあ…。私も専門家ではありませんので、そこまでは。今のお話も、諸説ある憶測の中でもっとも信憑性があると言われているだけで、本当かどうかは定かではありませんし。」
「銅像が手に持っている水晶が、サフィロスの持ち物ってわけじゃないんですか?」
「それも確証がないので、専門家の間で意見が割れていまして…。実際にサフィロスを召喚できれば話が早いのでしょうが、何しろサフィロスは第九霊神ですから。」
「そりゃ、簡単にぽんと召喚できる奴なんていないですね。答えを確かめようがないから、延々と平行線の議論をするしかないってことか。」
「おそらくは、そのとおりかと。」
「ふーん……」
シュルクは眉を寄せる。
それなりに解説を聞いた後なら、この橋を中心とした銅像たちが一つの作品であることの意味が分かる。
きっと、この作品が示す情景は、ニコラの言うように迷夢のことなのだろう。
だが、この作品に対する専門家の推測は、少しばかりずれているような気がする。
もしも自分がこの作品の製作者だとして、だ。
作品にドリオンを牽制する意図を込めたいなら、サフィロスの足元にドリオンをかしずかせただろう。
人々を迷夢に誘うドリオンを遠ざけるだけでは、またいつ襲われるのかと警戒しなくてはならない。
それならばサフィロスにきちんと手綱を握らせていた方が、その後の安全が保証できるというもの。
そもそも、この銅像が本当にサフィロスを表しているのかも怪しい。
ニコラに質問をしてもこの銅像がサフィロスだという確証を得られなかったせいで、違和感は増すばかりだ。
フードを目深くかぶり、全身をゆったりとした外套で包むこの銅像は、その中身が男か女かも分からない。
もしもこれがサフィロスではないのだとしたら、この銅像が示すのは誰なのか。
そして、この人物が持つ橙水晶にどんな意味が込められているのか。
それが分かれば、この空間に対する妙な感覚の正体も分かるだろうか。
じっと銅像を見つめ、押しては返す思考の波に心を委ねる。
そうしていると、ふとした拍子に背後から光が射してきた。
よく手入れがされた場所だ。
池の水は綺麗に澄んでいて、池の中に泳いでいる魚の姿までがくっきりと見える。
池に架かる橋にも、周囲に据えられている銅像にも、しばらく放置されたと思わせるような汚れは一つもなかった。
ただ……
(なんか……妙な感じがする場所だな。)
橋の中央で立ち止まり、シュルクは顔をしかめた。
橋の真ん中は広くスペースが取られており、右側には四人ほどが座れる東屋が、左側には外套をまとった人物を象った一体の銅像がある。
橋の南側と北側の岸には、老若男女それぞれの銅像が四体ずつ。
「この辺のものが全部まとまって、一つの作品なんでしたっけ?」
「ええ。左様でございます。」
シュルクの質問に答えたのはニコラだ。
「この作品の製作者も、この作品が作られた時期も分かっておりません。本家よりこの土地を与えられた時には、すでにあったという話もございます。」
「製作者が分からないとなると、この作品が何を表しているのかも分からないんですか?」
「そうですね……」
少し考えるように腕を組むニコラ。
「この作品の名前が〈夢と現の狭間〉というくらいですからね。おそらくは、迷夢を表しているのだと思いますよ。」
「めい…む?」
初めて聞く単語だ。
「えっと…。この地域特有の霊神病に出てくる世界のことですよね。」
ニコラが答えるより前に、後ろからフィオリアが口を挟んできた。
霊神は必ずしも、呪文の詠唱だけから生み出されるわけではない。
地域の特性や霊子の濃度によって、自然に霊神が生まれてしまう場合もある。
操り手のいない霊神は己の力を無差別に振りまく場合があり、結果として多くの被害を出すことがある。
そういった霊神による人体的被害のことを、霊神病と呼んでいるのだ。
「ええ、そのとおり。迷夢に囚われると、現実に戻ることもできず、かといって死ぬこともできず、出口のない夢の中を永遠にさまようことになると伝えられています。あちらをご覧ください。」
そう言って、ニコラはすぐそこにある銅像を示した。
「迷夢に関わる霊神は三体おります。獅子の姿をした《迷夢への誘獣 ドリオン》。女性の姿をした《迷夢の管理人 サフィロス》。橋の形をした《現夢の架け橋 ブリッグレー》です。」
「ふむ……」
ニコラの解説を、シュルクは興味深そうに聞く。
霊神については知らないことの方が少ないと自負しているが、そんな自分でも知らない霊神がいるとは。
イストリア特有の霊神という話なので、ウェースティーンには資料がなかったのだろう。
理屈は分かるのだが、少しばかり悔しいシュルクであった。
「詳細は分かりませんが、この銅像はサフィロスを表し、この池に架かる橋はブリッグレーを表しているのではないかと言われております。ドリオンを使役するサフィロスの像を置くことで、人々を迷夢に誘い込むドリオンを牽制し、迷夢に迷い込んでしまった方がブリッグレーを渡って現実に戻れるように願かけをしたのではないか。専門家の間では、もっぱらそのように言われておりますね。」
なるほど。
それで作品名が、〈夢と現の狭間〉というわけか。
シュルクは銅像をしげしげと見つめる。
「質問なんですけど、この銅像がサフィロスを表しているって根拠はあるんですか?」
「さあ…。私も専門家ではありませんので、そこまでは。今のお話も、諸説ある憶測の中でもっとも信憑性があると言われているだけで、本当かどうかは定かではありませんし。」
「銅像が手に持っている水晶が、サフィロスの持ち物ってわけじゃないんですか?」
「それも確証がないので、専門家の間で意見が割れていまして…。実際にサフィロスを召喚できれば話が早いのでしょうが、何しろサフィロスは第九霊神ですから。」
「そりゃ、簡単にぽんと召喚できる奴なんていないですね。答えを確かめようがないから、延々と平行線の議論をするしかないってことか。」
「おそらくは、そのとおりかと。」
「ふーん……」
シュルクは眉を寄せる。
それなりに解説を聞いた後なら、この橋を中心とした銅像たちが一つの作品であることの意味が分かる。
きっと、この作品が示す情景は、ニコラの言うように迷夢のことなのだろう。
だが、この作品に対する専門家の推測は、少しばかりずれているような気がする。
もしも自分がこの作品の製作者だとして、だ。
作品にドリオンを牽制する意図を込めたいなら、サフィロスの足元にドリオンをかしずかせただろう。
人々を迷夢に誘うドリオンを遠ざけるだけでは、またいつ襲われるのかと警戒しなくてはならない。
それならばサフィロスにきちんと手綱を握らせていた方が、その後の安全が保証できるというもの。
そもそも、この銅像が本当にサフィロスを表しているのかも怪しい。
ニコラに質問をしてもこの銅像がサフィロスだという確証を得られなかったせいで、違和感は増すばかりだ。
フードを目深くかぶり、全身をゆったりとした外套で包むこの銅像は、その中身が男か女かも分からない。
もしもこれがサフィロスではないのだとしたら、この銅像が示すのは誰なのか。
そして、この人物が持つ橙水晶にどんな意味が込められているのか。
それが分かれば、この空間に対する妙な感覚の正体も分かるだろうか。
じっと銅像を見つめ、押しては返す思考の波に心を委ねる。
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