Fairy Song

時雨青葉

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第12歩目 海を臨む街

深夜の帰宅

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 時は草木も眠るような深夜。
 明日は朝早いというのに、一体自分は何をやっているのだろう。


「大変申し訳ございません、シュルク様。お客様にこんなことをさせてしまうなど……」


 屋敷の階段をできるだけ静かに上がる最中さなか、たった一人自分たちに付き添ってきた執事であるニコラが、この日何度目かも分からない謝罪の言葉を述べる。


「仕方ないですよ。さすがに、歩けない人を放っておくことはできませんから。」


 答えながら、背中からずり落ちかけたものを背負い直す。
 すると、それまで自分の首に絡まっていた腕が、力を失ってだらりと下がっていった。


 あの後ミシェリアに散々街中を連れ回され、最後に行ったレストランで色んな話をされ、色んな話をせがまれた。


 それだけならまだいい。


 問題は、話に花を咲かせるミシェリアが水のように飲んでいく酒の量にあった。


 酒を飲まない自分でも、あの量はまずいと分かる。


 ニコラと二人でやんわりと止めてみたが、本人は嫌なことを忘れるまで飲むのだと言って聞きはしない。


 結果、見事に泥酔して立つこともままならない状態だ。


 さすがに、年老いたニコラにミシェリアを運べというのも無理な話。


 手持ちぶさたで気まずいのもごめんなので、こうしてミシェリアを運ぶことを買って出たわけだが、そうしたらそうしたらで、ニコラの謝罪がまあしつこい。


 途中で何度〝気が散るから黙れ〟と怒鳴りかけたことか。


「なんとお詫び申し上げたらいいか…。ミシェリア様も、いつもはこんなことをするようなお方ではないのです。特に、今日みたいな無茶な飲み方など、私も初めて見たほどで。」


「嫌なことを忘れるまで飲むって言ってましたからね。それだけ、ストレスが溜まってるんじゃないですか?」


 指摘すると、ニコラが心当たり大ありという顔で黙り込んだ。


 ミシェリアのストレスの原因は、言わずもがな。
 部外者の自分でも、すぐに察しましたとも。


 とはいえ、このことをニコラに嫌味ったらしく言うのは違うとは分かっている。
 しかし、今はとにかく彼に黙っていてほしい。


 彼にとっては居心地が悪いだろうが、自分がこの場で怒鳴り散らす方が色々と問題なので、しばらくは気まずさで口を閉じていてもらおう。


 静かになった後ろに満足しつつ、シュルクは屋敷の中を進む。


 そうして到着したミシェリアの部屋は、庶民の自分からすると、あまりにも広すぎる部屋だった。


 この規模は、もはや個人の部屋ではなくて、立派な家として成り立つじゃないか。


 やはり貴族ともなると、何から何まで無駄に金をかけるものらしい。


 今いるリビングにあるものの総額を計算しようとするだけで、これまで鍛え上げてきた会計としての思考回路がショートを起こしそうになった。


(フィオリアの奴、かなり努力して今の暮らしに慣れたんだろうな……)


 普段はあまり感じられない、フィオリアの苦悩を垣間かいま見た瞬間だった。


「うわっ!?」


 その時、すっかり周囲の豪華さに気を取られていたせいで、足元にあった何かを蹴ってしまった。


 慌てて下を見下ろすと、机の側に積んであった本の山の一つが崩れている。
 どうやら、自分が足を引っかけたのはこれだったようだ。


(高価なものじゃなくてよかったーっ!!)


 心底ほっとする。


「気をつけてください。そのような本の山が、至る所にありますので。」


 ニコラが微かに笑いながら言う。


 言われてみれば、机の上やその周辺、チェストや暖炉だんろの上など、色んな場所に本が重ねられている。


 リビングだけの光景かと思いきや、寝室のベッド脇にも大量の本が積み重ねられていた。


 ミシェリアは、相当本が好きなのだろうか。
 そんな感想は置いといて、だ。


「よいしょっと。」


 これまでずっと背負っていたミシェリアの体を、ゆっくりとベッドに下ろしてやる。


 さあ、ここまでやれば自分の仕事も終わりだ。
 あとの着替えなりなんなりは、使用人たちでいかようにもやってくれ。


 ようやく気が抜けて、シュルクは溜め息を吐いて肩を落とした。


「ありがとうございました。こちらへどうぞ。客室へご案内いたします。」
「どうも。」


 仕事が終わったと思ったら、一気に疲れた。
 一刻も早く横になりたい。


 ニコラの後に続き、寝室を出ようとしたシュルクだったが―――


「だーめー。」


 それは、突然後ろから伸びてきた手によって阻まれてしまった。

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