Fairy Song

時雨青葉

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第12歩目 海を臨む街

微かな違和感

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(ええっと……どうして、こんなことになってるんだっけ…?)


 ヒンスと二人きりの食堂。
 出された食事を口に運びながら、フィオリアはぐるぐると考える。


 シュルクは帰ってこない。
 すでに日も暮れたというのに、まだミシェリアが彼を連れ回しているようだ。


(そういえば、一人でこういう場にいるのって初めてかも……)


 ふと気付く。


 城にいた頃は、誰かの屋敷におもむくとなれば、必ず何人もの付き人が同行していた。
 今だって、移動手段の手配や誰かとの交渉は、全部シュルクがやってくれている。


 こんな時も、シュルクだったら自分の気まずさを気遣って、ヒンスと話すことを自ら買ってくれるのだろう。


(私、シュルクがいないとだめだなぁ……)


 そんなことを、今さらのように自覚する。


 こんな時くらい、しっかりしなきゃ。


 そう思うのに、いつも隣にいたシュルクがいないと、急に暗闇の中に放り出された感じがして、寂しくて仕方ないのだ。


「………今日は……」
「えっ…」


 急に前方から声が聞こえて、フィオリアは慌てて顔を上げる。


「今日は、ミシェリアがとんだ失礼をした。彼女に代わって、謝罪させていただく。」


 持っていたワイングラスをテーブルに置き、ヒンスは小さく頭を下げた。


「い、いえ……」


 フィオリアは、曖昧あいまいな相づちでその場をやり過ごすしかなかった。


 確かに言い出しっぺはミシェリアだが、彼女を街の方へと追い出したのは、ヒンスの発言の粗暴さだと思う。


 ここで彼の謝罪を受け入れるのは、この件の責任を全てミシェリアに着せるような感じがして気が引けた。


 本音を胸にしまい込むフィオリアの前で、ヒンスは大きく溜め息をついた。


「彼女の私への反抗は、今に始まったことじゃない。私からもきつく言っておくが、あなたも彼に、ミシェリアの言うことは聞かなくていいと伝えていただきたい。王族につかえるなら、常に王族が一番です。お忍びならば、なおのこと主人の傍を離れることなどないように、と。」


「あの、お言葉ですが。」


 ヒンスの口調にシュルクを責めるような響きを感じ取り、フィオリアは思わず彼の言葉を遮った。


「誤解のないように、先に言っておきます。シュルクは、私の従者などではありません。仮に彼が私の従者だったとしても、従者の不始末は主人に責任があるというもの。不用意に従者をけなすことは、その主人を愚弄ぐろうすることになるとお思いくださいませ。」


 きっとシュルクのことだから、自分よりもかなり早く状況を飲み込んでいたはず。


 ならば、彼がミシェリアを拒まなかったのは、自分の顔を立ててくれようとしたからだ。


 そんな思慮深い彼のことを責められるのは、どうしても我慢ならなかった。


「……失礼いたしました。肝に銘じます。」


 いつになく強い口調で言い切ったフィオリアに、ヒンスは素直に自らの非を認めた。


「詮索するようで申し訳ありません。従者ではないということは、彼はもしや、フィオリア様の……」


 ヒンスが何を訊ねようとしたかに気付き、フィオリアはほのかに顔を赤らめた。


「はい、そうです。」
「そうですか。ちなみに、彼は平民の出ですか?」


「ええ。」
「ふむ……」


 フィオリアの答えを聞き、ヒンスは何かを思案するように目を伏せて、ワイングラスを回す。


 しばらく、無言の時が流れる。
 そして―――


「身分が違うというのは、なかなかに大変なのでしょうね。」


 何故か、ヒンスは急にそんなことを言い出した。


「身につけてきた教養も、過ごしてきた環境も違う。会話が噛み合わないことも多いのではないですか? それに、互いに身分の違いを気にして、歩み寄りにくいこともあるでしょう。いくら運命石の導きとはいえ、周囲の目も温かいものだけではありますまい。」


「えっと……」


 とっさに返せる言葉がなくて、フィオリアは戸惑ってしまう。


 どうしてだろう。


 なんだか彼は、ミシェリアの時とは違って、自分には随分と態度が柔らかい気がする。


 これは、一応はこちらが目上の立場だからだろうか。


 しかし、心底同情するかのようなこの口ぶり。


 彼がいきなりこんなことを話した理由は、自分が王族だからというわけではないような……


 ちょっとばかり気になったが、フィオリアは改めて背筋を伸ばす。


 ヒンスが何を言いたいのかはともかく、今自分から断言できることはただ一つだ。


「心配させてしまったなら、申し訳ありません。ですが、私は無理をして彼と一緒にいるわけではありませんよ。あなたがおっしゃる課題は、確かにあるでしょう。でも彼となら、どんなことでも乗り越えられると。私はそう信じています。」


 それは、脚色なしの素直な気持ち。


 正直なところ、自分とシュルクの間にある身分の差なんて、考えたこともなかったけれど。


 彼のことが好き。
 彼のことを信じている。


 今なら、その気持ちだけでどこまでも前を向けると思えるのだ。


「そう……ですか。差し出がましいことを申し上げてしまったようで。今のことは、忘れてください。」


 ヒンスは特に顔色を変えず、平坦な口調でこの話題を切り上げた。


 でも……なんだろう。


 忘れてくれと言った彼の表情が少し、ほんの少しだけ曇ったような気がして……


「………?」


 この時感じた違和感の正体まではさすがに分からず、フィオリアは不思議そうに小首を傾げるしかなかった。

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