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第11歩目 嘘はつけない
人気者の彼
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次の日、フィオリアは集会所のカウンター席に座って、ある一点を穏やかな表情で見つめていた。
視線の先では、シュルクはたくさんの人々に囲まれている。
彼の周囲に群がっているのは、この町の集会所の関係者たちだ。
皆シュルクに拝む勢いで礼を言うと同時に、最後の駆け込みと言わんばかりに、仕事のあれこれを訊いている。
シュルクはしきりに時間を気にしながらも、要点だけを端的に述べつつ、分からない部分を残さないように丁寧に一人一人と向き合っていた。
「すごいわねぇ、まだ解放されないの? あれだけ人気だと壮観だわぁ。」
カウンターの奥から出てきたセルカが口笛を吹く。
彼女の言うことももっともで、かれこれ二時間はあの状況が続いていた。
「ほんとですね。セルカさんたちは、シュルクに訊いておくことはないんですか?」
「いや、私たちはなーんも。だって、ここの通訳系の仕事の向こう一週間分は、シュルクちゃんが全部片付けちゃったんだもの。ほんと、自分の仕事には一切妥協しない子だこと。」
訊ねたフィオリアにそう答え、セルカは参ったというように肩をすくめた。
なんともシュルクらしい行動だ。
フィオリアはくすくすと笑う。
「んー…。シュルクちゃんに渡せそうにないから、フィオリアちゃんに渡しておくわね。これ、旅のお供にでもしてちょうだい。」
セルカがカウンターの上に、布にくるまれた食料の数々が入った鞄を置く。
「それと、これはシュルクちゃんとフィオリアちゃんにささやかなお礼よ。」
次にセルカがフィオリアの手に握らせたのは、小さな包み。
「こ、こんなにたくさん…っ」
フィオリアは慌てる。
手に持った感触とその重さから、包みの中身がかなりの額の金銭であることは明らかだったからだ。
「いいのよ。むしろ、これくらいじゃ足りないくらい働いてもらったもの。」
「で、でも、黙ってこんなお金をもらったってなったら、シュルクが怒るじゃないですか!」
「あら、よく分かってるわね。実はシュルクちゃんには『これ以上の金を持ってたら、盗賊にどうぞ襲ってくれって言ってるようなもんだ。』って、ばっさりと断られちゃってね~。とはいえ正当報酬だから、受け取ってもらわないとこっちも困るのよ。仮に盗賊に襲われたって、シュルクちゃんなら返り討ちにしちゃうでしょ。悪いんだけど、後で怒られといて。」
「うう、そんなぁ……」
にっこりと笑ったセルカが、返金不可と態度で語っている。
これは、後で長い説教を聞くことになりそうだ。
弱った顔をするフィオリアに満足したらしいセルカは、そこで口調と話題をガラリと変えた。
「それにしても……シュルクちゃん、ちゃんと渡したのねぇ。よく似合ってるじゃない。」
フィオリアの髪に飾られたヘアピンに触れ、セルカはどこか嬉しそうに声を弾ませた。
「あ、これ! ありがとうございました!」
肝心のセルカに礼を言っていなかったことに気付き、フィオリアはわたわたと頭を下げた。
「あら、別にいいのよ。元々それは、町の人たちがあなたたちにどうしてもお礼がしたいって言って作ったものだもの。前に話した時に髪飾りが好きだって言ってたから、そこは少し注文したけどね。」
「え…」
セルカの言葉からあることを察し、フィオリアは目を丸くする。
「じゃあ、この間奥に連れてってくれたのって……」
「んふふ。私のお古をあげるって口実で、フィオリアちゃんが好きなアクセサリーを聞き出したかったの。」
セルカは悪戯っぽく笑った。
「そういうことだったんですね。本当にありがとうございます。とっても嬉しいです。一生大事にしますね。」
これは、たくさんの人々の温かい気持ちの結晶。
当然のように与えられてきた高価なものよりも、ずっとずっと価値が重く感じられた。
「そう言ってもらえるなら、これを作った人たちも浮かばれるわ。」
セルカも嬉しそうに笑みを深め、優しくフィオリアの頭をなでた。
「ちなみに、シュルクちゃん、なんて言ってこれを渡してきたの?」
「なんか、自分はいらないからくれるって言ってましたけど……」
こんなことを言ったら、シュルクの印象を悪くしそうだ。
正直に言ってからそこに思い至り、フィオリアは途端に不安になってしまう。
「あらやだ、あの子ったら。」
こちらの答えを聞いたセルカは、呆れたように息をついて腰に手を当てる。
やはり、発言を誤ってしまったようだ。
気まずくなるフィオリアだったが、セルカがそんな反応をしたのは全く別の理由だった。
「予想はしてたけど、やっぱり本当のことは言ってないのねぇ。」
「本当のこと…?」
全く想像していなかったその言葉に、フィオリアはきょとんと首を捻った。
「それ、本当はシュルクちゃんが注文した物なのよ?」
そう言ったセルカは、このヘアピンにまつわるエピソードを語った。
視線の先では、シュルクはたくさんの人々に囲まれている。
彼の周囲に群がっているのは、この町の集会所の関係者たちだ。
皆シュルクに拝む勢いで礼を言うと同時に、最後の駆け込みと言わんばかりに、仕事のあれこれを訊いている。
シュルクはしきりに時間を気にしながらも、要点だけを端的に述べつつ、分からない部分を残さないように丁寧に一人一人と向き合っていた。
「すごいわねぇ、まだ解放されないの? あれだけ人気だと壮観だわぁ。」
カウンターの奥から出てきたセルカが口笛を吹く。
彼女の言うことももっともで、かれこれ二時間はあの状況が続いていた。
「ほんとですね。セルカさんたちは、シュルクに訊いておくことはないんですか?」
「いや、私たちはなーんも。だって、ここの通訳系の仕事の向こう一週間分は、シュルクちゃんが全部片付けちゃったんだもの。ほんと、自分の仕事には一切妥協しない子だこと。」
訊ねたフィオリアにそう答え、セルカは参ったというように肩をすくめた。
なんともシュルクらしい行動だ。
フィオリアはくすくすと笑う。
「んー…。シュルクちゃんに渡せそうにないから、フィオリアちゃんに渡しておくわね。これ、旅のお供にでもしてちょうだい。」
セルカがカウンターの上に、布にくるまれた食料の数々が入った鞄を置く。
「それと、これはシュルクちゃんとフィオリアちゃんにささやかなお礼よ。」
次にセルカがフィオリアの手に握らせたのは、小さな包み。
「こ、こんなにたくさん…っ」
フィオリアは慌てる。
手に持った感触とその重さから、包みの中身がかなりの額の金銭であることは明らかだったからだ。
「いいのよ。むしろ、これくらいじゃ足りないくらい働いてもらったもの。」
「で、でも、黙ってこんなお金をもらったってなったら、シュルクが怒るじゃないですか!」
「あら、よく分かってるわね。実はシュルクちゃんには『これ以上の金を持ってたら、盗賊にどうぞ襲ってくれって言ってるようなもんだ。』って、ばっさりと断られちゃってね~。とはいえ正当報酬だから、受け取ってもらわないとこっちも困るのよ。仮に盗賊に襲われたって、シュルクちゃんなら返り討ちにしちゃうでしょ。悪いんだけど、後で怒られといて。」
「うう、そんなぁ……」
にっこりと笑ったセルカが、返金不可と態度で語っている。
これは、後で長い説教を聞くことになりそうだ。
弱った顔をするフィオリアに満足したらしいセルカは、そこで口調と話題をガラリと変えた。
「それにしても……シュルクちゃん、ちゃんと渡したのねぇ。よく似合ってるじゃない。」
フィオリアの髪に飾られたヘアピンに触れ、セルカはどこか嬉しそうに声を弾ませた。
「あ、これ! ありがとうございました!」
肝心のセルカに礼を言っていなかったことに気付き、フィオリアはわたわたと頭を下げた。
「あら、別にいいのよ。元々それは、町の人たちがあなたたちにどうしてもお礼がしたいって言って作ったものだもの。前に話した時に髪飾りが好きだって言ってたから、そこは少し注文したけどね。」
「え…」
セルカの言葉からあることを察し、フィオリアは目を丸くする。
「じゃあ、この間奥に連れてってくれたのって……」
「んふふ。私のお古をあげるって口実で、フィオリアちゃんが好きなアクセサリーを聞き出したかったの。」
セルカは悪戯っぽく笑った。
「そういうことだったんですね。本当にありがとうございます。とっても嬉しいです。一生大事にしますね。」
これは、たくさんの人々の温かい気持ちの結晶。
当然のように与えられてきた高価なものよりも、ずっとずっと価値が重く感じられた。
「そう言ってもらえるなら、これを作った人たちも浮かばれるわ。」
セルカも嬉しそうに笑みを深め、優しくフィオリアの頭をなでた。
「ちなみに、シュルクちゃん、なんて言ってこれを渡してきたの?」
「なんか、自分はいらないからくれるって言ってましたけど……」
こんなことを言ったら、シュルクの印象を悪くしそうだ。
正直に言ってからそこに思い至り、フィオリアは途端に不安になってしまう。
「あらやだ、あの子ったら。」
こちらの答えを聞いたセルカは、呆れたように息をついて腰に手を当てる。
やはり、発言を誤ってしまったようだ。
気まずくなるフィオリアだったが、セルカがそんな反応をしたのは全く別の理由だった。
「予想はしてたけど、やっぱり本当のことは言ってないのねぇ。」
「本当のこと…?」
全く想像していなかったその言葉に、フィオリアはきょとんと首を捻った。
「それ、本当はシュルクちゃんが注文した物なのよ?」
そう言ったセルカは、このヘアピンにまつわるエピソードを語った。
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