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第10歩目 眩暈
甘い毒
しおりを挟む……なんだか今日は、散々な日だ。
シュルクは、げんなりと肩を落とす。
『ちょっと、シュルクちゃん! あんた、熱があるじゃないの!!』
集会所に帰ってすぐに駆け寄ってきたセルカに無理やりベッドに押し込まれて、その後くどくどと説教されて今に至る。
きっと、フィオリアが彼女たちに何か言ったのだろう。
(熱、か……)
ぼんやりと思う。
今日やたらと頭がぼうっとするのは、熱のせいだったのか。
普段思わないようなことばかり思ってしまうのも、熱で頭がやられているからだったのかもしれない。
ならやっぱり、理性が鈍った今感じているこの気持ちこそ、自分の本音なのではないだろうか……
「………っ」
思わず、毛布にくるまって目をつぶる。
だめだ。
どつぼにはまる前に、思考を逸らさないと。
これ以上嫌な思考に支配されてしまっては―――きっと、自分が自分ではなくなってしまう。
そんな本能的な危機感が、全身を支配する。
しかし―――
〈可愛い坊や。今日は、随分と早いお休みなのね? 熱でも出たかしら?〉
なんの前触れもなく、脳裏に響く声。
それを聞いた瞬間に全身が凍りついて、思わずベッドから跳ね起きてしまった。
〈あらあら。無理しちゃだめよ。あなたには元気でいてもらわなくちゃ、ね?〉
「………っ」
シュルクは両耳を塞ぐ。
嫌だ。
聞きたくない。
彼女の言葉は、自分の何もかもを壊していきそうで嫌なのだ。
〈ふふ、感じるわよ。今のあなたは、自己嫌悪の塊だわ。〉
「やめろ……」
〈優しい子ね。そんなに自分を責めなくたって、誰もあなたを責めたりはしないわよ。〉
「やめてくれ…っ」
〈あら。これでも、あなたのことを心配してるのよ? せっかく自由になっても、あなたが楽しくなければ意味がないでしょう?〉
リリアの声が幾重にも響く。
彼女の声は甘く、本当に甘く響くのだ。
拒絶したいのに、拒絶できない……
体を蝕む熱が上がっていく感覚がする。
それと同じように頭の中も熱くなって、目の前がぼやけていく。
そんな中で―――
〈仕方ないじゃない。何かを得るためには、何かを犠牲にしなきゃいけないんだもの。あなたの場合、それがあの子だったってだけよ。〉
リリアの声だけが、異様なまでにはっきりとしていて。
何も考えられず、彼女の言葉を聞くしかなくて……
〈大丈夫よ。あなたは何も悪くない。〉
「………」
〈あなたはあなたが望むまま、あなたがやりたいことをやればいいの。〉
「………」
〈あなたは、邪魔なものを処分するだけ。何も悪いことはない。当然の行動じゃない。〉
「…………邪魔……」
〈そう。あなたにはちゃんと、その権利がある。だって、あなたは私と同じで、ルルーシェの被害者なんだもの。〉
「被害者…?」
〈そうよ。悪いのはみんなルルーシェ。あなたは悪くない。悪くないのよ。〉
「………」
自分は被害者。
確かに、そうかもしれない。
自分の生き方を、誰のせいにもしたくない。
ずっとそう思って生きてきた。
しかし、自分がどう思おうと、他人のせいで理不尽な目に遭うことはあって……
もしかしたら、それが今のことなのだろうか。
「………」
頭が熱い。
熱くて熱くて、まともな思考なんて溶けて消えていきそうだ。
―――ああ、そのとおりだ。
自分はきっと被害者だ。
自分がこの運命を他人のせいにしたって、誰も自分を責めないだろう。
でも……
でも………
「………………違う。」
何かが、違う気がする。
〈まあ、強情な子。でも、そんなあなたも素敵よ。〉
リリアが笑う。
〈今日はこのくらいにしましょ。今日はゆっくりお休みなさいな。可愛い坊や。〉
リリアの笑い声が、徐々に小さくなって消えていく。
脳裏に木霊していた声の余韻もようやく消えて、体中の力が勝手に抜けた。
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