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第10歩目 眩暈
素朴な疑問が露呈させる、自分の心
しおりを挟む「もし、誰かを好きになることで……自分が死ぬんだとしたら、どうする?」
訥々とした口調で訊ねる。
どうして急に、そんなことを訊いてみようと思ったのかは分からない。
ただ、理性で止める間もなく、口からそんな言葉が零れていた。
「……へ?」
その一言を発したまま、沈黙するルーウェル。
固まった彼が困惑していることを肌で感じ取り、シュルクはすぐに言い繕った。
「物の例えだ。別に、本気に考えるなよ。」
自分は、何を話しているのだろう。
ルーウェルの反応は至極当然だ。
こんな突拍子もない話を振られたら、誰だって困るに決まっているではないか。
それなのに思わずこんなことを訊ねたのは、それだけ精神的に弱っているということなのだろうか。
(ああもう……)
シュルクは目を伏せる。
このまま、どんどん自分が嫌いになっていきそうだ。
「うーん……」
自己嫌悪で落ち込むシュルクの隣で、ルーウェルは馬鹿らしいほど真面目に首を捻っていた。
「……ごめん。オレ、専門分野以外はからきしダメだから全然分かんないんだけど……お前が悩んでるのって、フィオリアちゃんのこと?」
「………っ」
ぎくりと肩を震わせるシュルク。
「べ、別にあいつのことなんて一言も言ってないだろうが。」
とっさに強がったシュルクだったが、ルーウェルはそんなシュルクの言葉など、最初から聞いていなかった。
「フィオリアちゃんのこと、好きなの?」
「おま……人の話を―――」
強引に話を進めようとするルーウェルに抗議しようと、顔を上げる。
しかし―――
「好きなの?」
間近から純粋な目に見つめられながら問われ、抗議は音にならなかった。
「……分からない。」
半ば無意識のこととはいえ、少しでも話を振ってしまった自分に責任がある。
きっと、誰でもいいからこの胸の内を聞いてほしかったのだろう。
相手がルーウェルだということはさておき、観念したシュルクは素直な気持ちを述べた。
「分からないって、曖昧だなぁ……」
「仕方ねぇだろ。こう見えて、訳ありなんだよ。」
さすがに顔を見合わせて話すことはできなくて、シュルクは頬杖をついて遠くを見つめた。
「元々、お互いに好き合って旅を始めたわけでもないんだ。基本的に必要最低限の会話しかしないから、お互いがどんな奴なのかもよくは知らない。出会った成り行きで一緒にいて、今だって目的が同じだから一緒にいるだけで……情なんて、なかったはずなんだよ。」
そう。
情なんてなかったはず。
好意だって。
憎しみだって……
「んー?」
ルーウェルは唸る。
「最初は、フィオリアちゃんのことはどうでもよかったってこと?」
「いや、どうでもいいっていうか……なんかいちいちムカつく奴だったから、気に食わなかったかな。」
「じゃあ、なんで一緒に旅してんの? いちいちムカつくんだろ?」
「そりゃ、ムカつきはしたけど…。なんか、まあ……あいつも必死そうだったし、勝手についてくる分にはいいかって思って。」
「それって―――その時にはもう、情があったんじゃないの?」
「は…?」
「いや、だからさ……」
ルーウェルはあくまでも、真面目に言葉を紡いでいる。
「だって、本当に情がなくてどうでもいいなら、一緒に旅なんかしないだろ? 〝まあいっか〟って思えたってことは、お前にとってのフィオリアちゃんは、どうでもいい奴じゃなかったってことじゃん。それって、何かしらの情があったってことだろ? 多分、嫌いとは違う情がさ。」
「それは……」
「それに、シュルクってなんで今、フィオリアちゃんのことで悩んでんの? フィオリアちゃんに情がないなら、さっさと自分の気持ちをぶつけてスッキリすればいいじゃん。」
「………」
こいつは、澄んだ目で痛い領域にずかずかと……
「なんで、そんなに突っ込んでくるかな……」
大きく息を吐くシュルク。
暗に、これ以上はこの話題に触れるなと匂わせたつもりだったのだが……
「いや……なんでか分からないから訊いてるだけなんだけど。」
あのルーウェルに、そんなささやかなメッセージが伝わるわけがなかった。
「なんで、フィオリアちゃんに情があることをそんなに否定したがるんだ? 一緒にいるんだから、そのうち情が湧くのは当たり前だろ? 例えば、オレに対しては今も情がないの?」
「ああ、あるな。鬱陶しいって、毎日のように思ってるぞ。」
「うっ…」
「……でも。」
大袈裟なほど傷ついた顔をするルーウェルに、シュルクは顔をしかめたまま先を続ける。
「実は、そんなに嫌いではない……のかも。」
「えっ…」
ルーウェルがぱちくりと目をしばたたかせる。
次の瞬間―――
「ほんとか!?」
一瞬で興奮状態になったルーウェルに激しく肩を揺さぶられ、途端に自分の発言を後悔する。
「やっぱうざい……」
「で、でも! 嫌いじゃないんだよな!?」
「前言撤回してもいいかな?」
「やめてくれ! 不安になるから!!」
「えー…」
「シュルクー!! ……ふふ、あはは!」
しつこくこちらの肩を揺すっていたルーウェルが、突然そんな明るい声をあげる。
何事かと思ってそちらを見ると、ルーウェルは何故か楽しそうに笑っていた。
「……なんだよ。」
いきなり笑い出したルーウェルについていけず、シュルクは不可解そうに顔をしかめる。
「いや、なんか嬉しかったからさ。誰かと仲良くなるって、こんな風にやればよかったんだな。」
「お前のそのしつこさは、要改善だけどな。」
「気をつけるー。ってか、フィオリアちゃんにもこんな風に正直に言えば?」
「………っ」
外れていたはずの話題が急に本筋に舞い戻ってきて、シュルクは露骨に頬をひきつらせてしまった。
「それは……」
途端に口が重くなる。
そんなこと、やろうと思ってすぐに行動に移せるなら、こんなに悩まない。
特に、ついさっきフィオリアに対して危ない行動を取ろうとしたばかりの状況で、思っていることを素直に言えだなんて……
「……シュルクって、本当にフィオリアちゃんが大事なんだな。」
黙るシュルクをじっと見つめていたルーウェルは、ふいにそんなことを言った。
「はっ!? なんで!?」
まさかの指摘に、シュルクは声を裏返す。
「だって、シュルクがそんなに気にしてるのって、フィオリアちゃんのことくらいだろ? それだけ、フィオリアちゃんに嫌われたくないってことじゃん。」
「ちが…っ。そんなんじゃ―――」
「やっぱシュルクってさ、フィオリアちゃんのことになると、色々と否定したがるんだな。なんで?」
「―――っ」
問いかけられたシュルクは、ぐっと言葉をつまらせる。
先入観のない問いかけというのは厄介だ。
そんな純粋な顔でそんなことを訊かれたら、何も言えなくなってしまうではないか。
「腹をくくっちゃえば? フィオリアちゃんのことが好きにしろ嫌いにしろ、自分の気持ちなんて、そう簡単に変えられないだろ?」
「………」
「ま、フィオリアちゃんの方は、お前のことが大好きだと思うけどな。だってフィオリアちゃんって、お前の隣にいる時が一番幸せそうだもん。」
指摘が的確すぎて、何も言い返せない。
「うるせーよ……」
これ以上は何も言いたくないし、何も聞きたくない。
そんな気持ちから、シュルクは組んだ腕の中に顔をうずめた。
嫌でも分かってしまう。
自分がフィオリアから必死に逃げようとしていること。
そして、他でもない自分からも逃げようとしていることが。
眩暈がするようだ。
今はまだ、何を信じればいいのか判断がつかず、心が揺れる気持ち悪さをこらえて、必死に奥歯を噛み締めるしかなかった。
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