Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
84 / 236
第9歩目 拒絶ではなくて―――

遠い〝あと一歩〟

しおりを挟む

(違う! 違う! 違うから――っ!!)


 朝の動揺から未だに立ち直れないまま、シュルクは夜の山道をずんずんと大股で歩いていた。


 今思い出しても、顔から火が出そうになる。


 まさか、あの出来事の一部始終を見られていたなんて。
 そうだと分かっていたら、フィオリアのことなんて、すぐに追い出してやったのに。


 あいつのことなんて―――


「………」


 思わず立ち止まる。


 ―――本当に?


 もう一人の自分が問うてくる。


 誰かが見ていたなら、本当に彼女のことを追い出せた?
 あんな風に追い詰められて飛び込んできた彼女を、本当に突き放せた?


 彼女が頼れるのは、自分しかいないのだと。
 そう理解しているくせに?


「………っ」


 きつく眉根を寄せるシュルク。


 違う。
 あれは、魔が差しただけ。


 ああでもしないと、あいつは大人しくならなかったから。
 あいつが起きるまで傍にいたのだって、単純にあいつが手を離さなかったからだ。


 認めたわけじゃない。
 受け入れたわけじゃないんだ。


「はっきりしろよ。中途半端は、嫌いだったはずだろ…っ」


 くしゃりと前髪を掻き上げる。


 そうだ。
 中途半端は嫌いだ。


 自分の思うように、態度を割り切ってしまえばいい。
 それで他人がどんな顔をしようと、自分がそうと決めたならそう突き進むだけだ。


 自分のためにしか動けないと断言した時、ヨルは一瞬、こちらを軽蔑するような表情を浮かべた。


 それを見ても、自分はなんとも思わなかっただろう?


 あんな風に、自分はこうだと断言すればいい。
 フィオリアがどんな顔をしようと、自分が正しいと思えるならそれでいいじゃないか。


 それで、彼女を悲しませるようなことになったとしても―――


「ほんと、馬鹿だ……」


 考えれば考えるほどに、逃げ場がなくなる。


〝あいつのそんな顔なんか見たくない。〟


 瞬間的にでも、そう思ってしまった自分に気付いてしまったではないか。
 もう、惹かれているなんてレベルじゃない。




 自分はきっと、彼女のことを―――




 あと一歩。
 あと一言。


 たったそれだけ。
 なのに、その一線がとてつもなく巨大な壁となって自分の前に立ちはだかっている。


 これ以上、自分の気持ちを自覚したくない。
 それなのに、気付けばいつも、脳裏には無邪気な笑顔がいて……


「こんなもの…っ」


 思わず、首元の運命石を握り締める。


 こんなものがなければ、フィオリアたちをむしばむ呪いは生まれなかったはず。


 もしそうだったなら、彼女は苦しい悪夢にうなされなかっただろうか。
 自分は、もっと素直に彼女のことを受け入れられただろうか。


 そしたら……自分も、彼女も心の底から笑えただろうか。


 こんなに苦しむことになるなら、いっそのこと出会わない方がよかったのに……


「ああもう! 何考えてるんだよ、俺は!!」


 他でもない自分に苛立ちを覚え、シュルクは目の前に迫っていたドアを乱暴に蹴り開ける。


 今日は個人的に山に登っただけ。
 誰が小屋にいるわけでもないし、多少の八つ当たりくらい許してくれ。


「ちくしょう……」


 一気に気持ちを爆発させた後は、自分の弱さがただただむなしいだけだった。


 自己嫌悪が、ぐるぐると巡る。
 その気持ち悪さに気を取られていて、全然気付かなかった。


 誰もいないと思っていた小屋の中。
 そこに、先客がいたなんて。




「あらあら。随分と荒れてる状態でのご登場ね。」
「―――っ!?」




 背筋が凍った。


 ねっとりと絡みつくような、どこか妖艶ようえんでおっとりとした声。
 この声は、間違いなく―――


「お久しぶりね。」




 顔色をなくすシュルクを見つめ、ティーン国を統べる女王のリリアは、狂気をはらませた微笑を浮かべた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪役令嬢は蚊帳の外です。

豆狸
ファンタジー
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」 「いえ、違います」

処理中です...