82 / 218
第9歩目 拒絶ではなくて―――
複雑な夜明け
しおりを挟む―――俺は、これをどうしろと……
シュルクは片手で顔を覆う。
すぐ隣には、目元を赤くしてすやすやと眠るフィオリアが。
さすがに、こんな展開は予想していなかった。
幼い子供じゃあるまいし、泣き疲れて寝落ちだなんて……
こんなことになるんだったら、フィオリアが本格的に泣き始めた時に体を起こすんだった。
とりあえず、このままの状態は色んな意味でよろしくない。
シュルクはフィオリアの顔の前でひらひらと手を振ってみる。
相当深く眠っているのか、彼女が起きる気配は一切ない。
「よし、大丈夫だな。」
何度も確かめ、フィオリアの体の下敷きになっている腕をゆっくりと引き抜く。
「―――ああ、疲れた!!」
ようやく色々と誤解されかねない体勢から解放され、シュルクは大きく息を吐いて肩を落とした。
「ああもう…。外、明るくなってんじゃん……」
カーテンの外が白んできているのが分かり、体が一気に重くなるようだった。
……もう、今日は眠ることを諦めよう。
ベッドで穏やかな寝息を立てるフィオリアと窓を交互に見つめ、しんどくなるだろう一日を覚悟する。
とりあえず、このままの体勢では体が休まらないだろう。
下半身がベッドの下に投げ出されているフィオリアの体勢を見てそう思ったので、華奢な体を抱き上げてちゃんとベッドの真ん中に寝かせてやる。
フィオリアに布団をかけてからベッドを離れ、今まで開きっぱなしになっていたドアへと近寄った。
「あーあ、ばっちり壊れてんなぁ……」
金具が弾け飛んだドアノブを見つめ、溜め息混じりにぼやく。
これがいわゆる、火事場の馬鹿力というやつだろうか。
もしかしたらドアの金具が緩んでいたのかもしれないが、あの細い体のどこにこれを破壊できるだけの力が隠されていたんだか。
「まあ、謝るしかないよな。」
壊れてしまったものは仕方ない。
素直に謝って、修繕費用を支払うしかあるまい。
「う……ん……」
ふと後ろから、微かな声が聞こえた。
ひとまずドアを閉め、その声の方へと近寄ってみる。
先ほどの安らかな表情が一転、苦しそうな顔で毛布を握るフィオリア。
きっとまた、例の悪夢を見ているのだろう。
「………」
シュルクはフィオリアの枕元に腰かけ、無表情でその寝顔を見つめる。
どうりで、いつ見ても疲れたような顔をしているわけだ。
きっとセニアを出てから、毎日のように夢にうなされては、一人でその恐怖に耐えていたのだろう。
こんなことになる前に、素直に言えばよかったものを。
(……って、俺も随分身勝手だな。)
軽い自己嫌悪。
何かにつけてフィオリアに強くあたっておきながら、心の中だけではこんなことを思ってしまう。
そう思うなら普段から彼女が弱音を吐きやすいように接すればいいのに、それは自分の弱さがさせないのだ。
こんなにも情けない自分なのに……
『そうやって、いつも私を支えてくれることを言ってくれる。』
フィオリアはどうして、あんなことを言うのだろう。
「お前には、俺の言葉がどう届いてるんだよ……」
自分の中では、特にフィオリアを特別扱いしたつもりはない。
……でも、もしかしたらそう思っているのは自分だけなのかもしれない。
ランディアが素直になれと言ったのも。
フィオリアが自分のことを優しいと言ったのも。
結局、自分の中にある葛藤を隠しきれていない証拠なのだろう。
「う…」
フィオリアは未だに苦しそうだ。
そんな彼女が毛布を握り締めた手に力を込めるのを見て、ふと昔のことを思い出した。
まだ幼かった頃のことだ。
怖い夢を見たり、無性に寂しくなったりした時、両親がよく手を握って一緒にいてくれたっけ。
『怖いのがどこかに飛んでいくおまじない。』
そんなことを言って、優しく笑いながら。
「………」
ちょっと魔が差しただけ。
誰に向かっての言い訳か、そんなことを思いながら、ゆっくりとフィオリアの手を取ってみる。
少しだけ汗ばんだ、白くて細い手。
それを握る手に少しだけ力を込めて、シュルクは憂いを帯びた表情で息を吐いた。
「こんなんで、何が変わるっていうんだ……」
所詮はこんなもの、子供騙しでしかない。
記憶の中の自分がそれで安心して眠れたような気がするのも、きっとそう言いながら抱き締めてくれた両親の温もりにほっとしただけで。
だから、こんな些細な行動に意味なんかなくて……
「何やってんだろ、俺……」
呟き、フィオリアの手を握った手から力を抜く。
その瞬間。
―――きゅっと。
そのまま毛布の上に落ちていくはずだったフィオリアの手が、こちらの手を握り返してきた。
「………っ」
思わず息をつまらせて、フィオリアの表情を見つめるシュルク。
そんなシュルクの前で―――
ふわり、と。
幸せそうに、フィオリアが微笑んだ。
「―――そんな、露骨に反応するなよ……」
止まっていた息を吐き出し、シュルクは悩ましげに額に手をやった。
驚きとは別の意味で、鼓動が大きく早くなっていく。
自分は別に、恋愛物語でよく描かれる鈍感な主人公ではないのだ。
だから、はっきり言われずともちゃんと感じ取っている。
―――彼女が、自分にべったりと惚れていることくらい。
だから、余計に揺れてしまうのだ。
あとは自分が手を伸ばすだけだと。
それを分かっているから。
深く、深く。
本当に深く、シュルクは息を吐く。
「俺とお前。先に諦めるのは、どっちなんだろうな……」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる