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第9歩目 拒絶ではなくて―――
恵み子のさらなる能力
しおりを挟む「俺の能力?」
突然そんな風に話の中心に放り投げられ、シュルクは悩ましげに眺めていた資料から顔を上げた。
「ええ。詩のことを調べながら、恵み子と霊子についても調べたんです。どうやら霊子には土地によって違いがあるらしく、恵み子はそれを区別することができたのだとか。あなたがそこに行ってみれば当たりか外れか分かるとおっしゃったのは、おそらくそういうことなのでしょう。」
ヨルは鞄の中をまさぐりながら、そう説明してくる。
果たして、彼はこの三日間寝ていたのだろうか。
そう疑わずにはいられないほどの調査量だった。
ヨルが次に鞄から取り出したのは、金属製の四角いケースだった。
ケースの中には、いくつもの瓶が収められている。
「なので、今ここで見分けてください。」
ケースを差し出されたシュルクは、いまいち彼の意図が分からないまま、瓶の一つを取り上げた。
瓶には小さなラベルが貼られている。
その中には、淡く光る水晶の欠片が数個。
「これは……」
「共鳴鈴の欠片です。それにも霊子を集める性質があって、霊子研究の最前線ではよく使われているんですよ。」
「ってことは……まさかこれ、このリストにある橙水晶に関わる土地の霊子を集めてきたってことなのか?」
「そうです。」
こくりと頷いたヨルに、眩暈がするようだった。
しれっと言うが、これらの地域を巡るのに、本来ならどれだけ時間がかかると思っているのだ。
比較的大陸の東側に的が絞られているとはいえ、それぞれの地域が気軽に飛んでいけるほど近いわけじゃない。
ワーパリアを酷使したにしろ、部下を使って手分けをしたにしろ、とてつもない労力だ。
「お前は、何がしたいんだ?」
さすがに胡散臭くなってきたので、直球に疑問をぶつける。
意味が分からない。
彼はリリアの側近。
本来なら、リリアの命令を第一に動くはず。
以前に洞窟で向けられた殺気だって、紛れもなく本物だった。
それなのに、そんな彼がここまでの労力を割く理由が分からない。
彼がこちらに手を貸してくれていると認識しない方がいいとは思うが、そう認識しないなら、なおさらに彼の行動はとんちんかんだ。
「私に試されているというのは、ご理解しておられるのでしょう? それ以上でも、それ以下でもありませんよ。」
ぐっと、ヨルが声のトーンを下げる。
「私には、ちゃんとした目的があっての行動です。見返りなんて求めるつもりはありませんから、あなたは余計なことを考えずに、私を利用すればいいのでは?」
「………」
なるほど、それも一理か。
シュルクはヨルをじっと見つめる。
ヨルは無表情でこちらの様子を窺っている。
だが、徹底された無表情は、よくよく見れば真剣さで強張っているよう。
そして、その目からは微かに〝早くしろ〟と訴えかけるような焦燥感が見て取れた。
目は口ほどにものを言うというが、どうやらあれは本当のことらしい。
何かしら、彼には急がなければならない事情があること。
そして、わずかながらも彼がこちらに期待を寄せていること。
それが読み取れたことで、今はよしとしよう。
ふうと肩を落としたシュルクは、瓶の蓋に手をかけた。
「うわ…。一瞬だな……」
眉を寄せるシュルク。
瓶を開けた瞬間、周囲とは違う何かがそこから広がっていったのが分かった。
しかし、それは五秒にも満たないささやかな間のことで、感じ取れた違和感はすぐに空気中に溶けていってしまう。
こんなものの違いを見分けろとは、なかなかに高度な要求だ。
「厳しいですか?」
「正直、少しな。」
ここで強がっても仕方ないので、シュルクは素直にヨルの言葉を認める。
「そのチョーカーを取ったら、何か変わりますか?」
「んー…。霊子に対する感度は上がるだろうけど、今の状態じゃ逆効果だろうな。お前もこの間見ただろ? 霊神召喚が目的じゃないのにこれを取れば、この辺の霊子が集まってきすぎて、かえって邪魔になると思う。」
「なるほど……言われてみれば、確かにそうですね。」
「でも、大丈夫だよ。少なくとも、今開けたのは外れだから。」
断言するシュルク。
そのはっきりとした物言いに驚いたらしいヨルが目を見開く。
そんな彼に、シュルクは好戦的に笑ってやった。
「意地でも見分けてやるから、安心しろよ。お前が払った労力に見合うだけの結果は出してやる。」
次の瓶を手に取ったシュルクは大きく息を吸い、次に肺が空になるまで息を吐いた。
面白い。
恵み子の伝承がどこまで本当なのか、いかほどのものなのか。
それを確かめるには、いい機会だろう。
そうでなくても、今目の前にあるのは次に繋がる大きな手がかりだ。
この中に当たりがあるにしろないにしろ、〝分からなかった〟という結果だけは絶対に出さない。
余計な情報を断つために目を閉じ、意識を手の中にある瓶だけに集中させる。
「違う。」
蓋を開けたシュルクが告げたのは否。
なんとなく分かる。
今開けた瓶の中にこもっていた霊子は、周囲のものともさっきの瓶の中のものとも違う何かを含んでいる。
「……これも違うな。」
面白いものだ。
こうして次々と違う地域の霊子に触れていると、ヨルが言っていたように、それぞれの地域で霊子に違いがあるのが分かる。
それと同時に、この山をあの湖と同じだと言えた自分の感覚が、この旅においていかに重要かを思い知らされるようだ。
霊子がこんなに個性豊かな違いを見せると知った今なら、もっとはっきりと言い切れる。
ここに探している欠片があることは間違いない。
そして、そう断言できるなら感じ取れるはずだ。
言葉では具体的に表せない、この違いを。
そうして、八本目の瓶の蓋を開けた時。
「―――っ!!」
シュルクは、閉じていた目を慌てて開いた。
「どうしました?」
瓶を睨んで黙りこんだシュルクに、ヨルが控えめに声をかける。
「ちょっと待て。」
持っていた瓶を他のものとは分けて置いておき、残りの瓶を取って中を確認する。
ふわりと漂って一瞬で拡散していく霊子の気配を追い、自分の中でそのわずかな違いを噛み締める。
「……間違いないと思う。」
一つ頷き、シュルクは避けておいた瓶をヨルに渡した。
「次はここ。」
やはり明確な根拠で証明はできないけれど、それでも確信を持って言えた。
この瓶を開けた瞬間に感じた、知らない場所のような感覚の中にあった微かな既視感。
そして、自分の中の何かが引っ張られるような感覚。
十中八九、次の運命石はそこにある。
「ティーン領、イストリア……ですか。」
ラベルに書かれた地名を読み、ヨルは満足そうに首を縦に振って椅子から立ち上がった。
「ありがとうございます。またお時間をください。今回はいつとは言い切れないので、近いうちに連絡します。」
「あ、ああ……」
こちらの答えなど待たずに小屋を出ていってしまったヨルに、シュルクはそんな曖昧な返答をすることしかできなかった。
「………余計なことは考えるなって、簡単にそう言うけどさ……」
ドアを見つめることしばし。
シュルクはふとそう呟くと、椅子に背中を預けて脱力する。
ようやく緊張感から解放されて、今さらながらに体が震えた。
先ほどはヨルも焦っているようだったので深くは突っ込まなかったが、本音は彼と会うことに未だに相当な迷いと葛藤があるのだ。
さすがに、毎回最低限の警戒を保ったまま話すというのも疲れる。
これ以上彼がコンタクトを取ってくるようなら、一度腹を割って話し合ってみたいものだが……
「勘弁してくれ。先が見えない持久戦は嫌なんだよ……」
頭を押さえ、シュルクは疲労困憊の息をついた。
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