76 / 257
第9歩目 拒絶ではなくて―――
二人の馴れ初め
しおりを挟む「出会ったのは、本当に偶然だった。ガガール地区の小劇団の団長が怪我をしちゃって、私はその代理でたまたまガガールの首都に来てたの。で、共鳴鈴の調子が悪いってんで、あの人もその日たまたま首都に来ててね。そのついでか、私たちの劇を観に来てくれたのよ。」
セルカの昔話は、そんな語り出しから始まった。
「その日の題目には私の出番はなくて、私は最後の舞台挨拶にだけ顔を出したわけなんだけども、その時にお互いの運命石が反応しちゃってね。……まあ、余興としては大盛り上がりだったわね。私とあの人だけがポッカーンとして、周りに置いてかれてたくらいだもの。内心、やっばーって思ったのだけは、よく覚えてるわ。」
「え…?」
セルカの言葉に、フィオリアは目を大きく見開く。
「……嬉しく、なかったんですか?」
今の二人の仲睦まじさからはとても想像できなかったので、思わずセルカの話を遮ってしまった。
「もちろん嬉しさはあったけど、それと同じくらい複雑でもあったわね。」
寂しげに目を伏せるセルカ。
「自分で決めた生き方とはいえ、忙しすぎて運命の相手なんて捜す余裕もない毎日。もう運命の相手なんていいやって割り切って仕事に打ち込んで、気がつけばもう三十過ぎよ? お互い手放しで喜べるほど若くはなかったし、私もその時は、背負ってるものが多すぎたから……」
(なんか、分かるな……)
フィオリアは、自分の胸を押さえる。
自分も王族に生まれた身として、未来に背負うべきものはたくさんある。
もしシュルクと出会ったのが今じゃなかったら、自分が背負うものを捨ててまで外に飛び出すことはできなかっただろう。
特にセルカの場合、当時背負っていた責任は、果てしない努力の末に望んで手に入れたもの。
一朝一夕に手放せるものではなかったはずだ。
「でも、周りが勝手に結婚の話を進めようとしちゃってね。その時に、あの人が言ってくれたのよ。『僕は何度でもロアヌに通います。いくらでも待ちます。だから今は、彼女がやりたいことを最後までやりきらせてあげてください。』って。そう言って、まだ混乱して何も言えなかった私の代わりに頭を下げてくれたの。」
「素敵な人ですね。」
「ほんと、そうでしょう? 劇団に入れた時よりも、団長になれた時よりも、あの時の方がずっとずっと嬉しかった。……ああ、この人の隣になら飛んでいける。この人の隣で笑っていたいから、ここでやることはやりきってから行かなきゃだめだって、素直にそう思えたの。今思えば、あの人は初めから、私が劇団に未練たらたらなのを見抜いていたのね。」
「そうかもしれないですね。結局、どのくらい待ってもらったんですか?」
「五年。」
「五年!?」
まさかの年数に驚いて、素直に声を裏返してしまうフィオリア。
そんなフィオリアの反応が面白かったのか、セルカは豪快に大笑いした。
「さすがに、待たせすぎたかしらね。あの人って本当に文句を言わないもんだから、私も甘えすぎちゃったわ。これは後から聞いた話なんだけどね、ガガールの文化では、女は運命の相手を見つけたらすぐに家庭に入るものなんですって。裏を返せば、それができるくらいの生活力が男には求められてたわけね。そんな文化のせいか、私を待ってる間のあの人の立場はひどいもんだったそうよ。」
「そんな……」
「それをあの人ったら、全部あの笑顔で聞き流していたらしくてね。言ってくれれば、その場で殴り込みに行ったのに。」
「その言い方だと、結婚してからは殴り込みに行ったんですね……」
「当たり前じゃない。ちょっと普通から逸れたからって、うちの自慢の旦那を出来損ないみたいに言われてたまるかってのよ。大事なのは、文化や慣習みたいなしがらみじゃない。結局は、人の心なのよ。」
「人の、心……」
「そう。」
セルカは大きく頷き、フィオリアの肩に手を置いた。
「ねぇ、フィオリアちゃん。シュルクちゃんに言いたいことが、たくさんあるんでしょう? 伝えるって怖いけど、本当に大事なことよ。ふてくされて可愛い顔を台無しにしちゃうくらいなら、思いっきりぶつかってきなさいな。」
そんなことを言われたフィオリアは、途端に眉を下げる。
シュルクに言いたいこと。
それを考えるだけで、胸が熱くていっぱいになる。
あなたが好きだって。
そう伝えたくてたまらない。
「でも……」
そんなことを言えば、それはきっと彼の重荷にしかならなくて……
「心配しなくても、シュルクちゃんならちゃんと受け止めてくれるわよ。」
セルカの声は、やけに自信たっぷりだった。
「ルーウェルちゃんを見てたら分かるでしょう? シュルクちゃんは、理屈でねじ伏せられないしつこさには勝てないって。だったらもう、しつこくゴーよ。物分かりよく引いてたら、いつまで経ってもシュルクちゃんに振り向いてもらえないわよ?」
「うう…っ」
返す言葉もない。
「大丈夫だって!!」
セルカは、勢いよくフィオリアの背中を叩いた。
「フィオリアちゃんが思ってるほど、シュルクちゃんはフィオリアちゃんのことを嫌っちゃいないよ。私が保証してあげるから。ね?」
セルカは最後に、おおらかに笑ってくれた。
(……期待しても、いいのかな?)
脳裏に、シュルクの姿が揺れる。
シュルクは、自分のことを嫌いだとは言わない。
そしてセルカは、シュルクが自分のことを嫌っていないと言う。
わがままになって、この甘さの中に飛び込んでいいのだろうか。
そうすれば、彼は受け止めてくれる?
この生き埋めのような苦しさからも、解放される?
「………」
この時はまだ、決断は下せなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】
ちっき
ファンタジー
【書籍化決定しました!】
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く異世界での日常を全力で楽しむ女子高生の物語。
暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

収奪の探索者(エクスプローラー)~魔物から奪ったスキルは優秀でした~
エルリア
ファンタジー
HOTランキング1位ありがとうございます!
2000年代初頭。
突如として出現したダンジョンと魔物によって人類は未曾有の危機へと陥った。
しかし、新たに獲得したスキルによって人類はその危機を乗り越え、なんならダンジョンや魔物を新たな素材、エネルギー資源として使うようになる。
人類とダンジョンが共存して数十年。
元ブラック企業勤務の主人公が一発逆転を賭け夢のタワマン生活を目指して挑んだ探索者研修。
なんとか手に入れたものの最初は外れスキルだと思われていた収奪スキルが実はものすごく優秀だと気付いたその瞬間から、彼の華々しくも生々しい日常が始まった。
これは魔物のスキルを駆使して夢と欲望を満たしつつ、そのついでに前人未到のダンジョンを攻略するある男の物語である。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる