Fairy Song

時雨青葉

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第8歩目 山中にて待つ者

赤回廊たる所以

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「………」


 問われたシュルクは、ヨルをじっと見つめる。


 さて、困ったことになった。
 実は今、直感と理性が告げる行動の方向性が完全に真逆になっている。


(少し、試してみるか……)


 シュルクは一度深呼吸をし、ポケットから折り畳まれた紙切れを出した。
 ヨルの注意を十分に紙片に引きつけ、彼の隣まで近寄ると机の上に紙を開いて置く。


「お前、このうたを知ってるか?」
「………」


 ヨルは先ほどとは打って変わった真剣な表情で、紙面の文字を追っていく。
 やがて―――


「これは、フィオリア様が気に入っていた本にっている詩ですね。」


 彼はそう語った。


「その本、どんな内容だ?」


「昔の旅好きが残した紀行録ですよ。かなり古くて処分しようかと思っていたのをフィオリア様が自室に引き取っていかれたので、よく記憶に残ってます。この詩が何か?」


「………」


 シュルクはまた黙する。


 ここまでは、直感を信じても問題なさそうだ。
 さて、次の賭けに出るとしよう。


 シュルクは自分の首元に手をかけ、そこにかけてあったひもを外した。
 その先に下がる小瓶を見つめ、次にそれをゆっくりと紙の隣に置く。


「ティーンの洞窟で、あの女王がひどく取り乱してたことは覚えてるよな。」


「ええ。」


「その時にあの人が渡せって言ってたやつ、多分それのこと。」


 そう告げた瞬間、ヨルの目の色が明らかに変わった。
 彼は小瓶を取り上げ、中の石をじっくりと観察し始める。


「………」


 心臓が緊張感を伴って、鼓動を重く大きく刻んでいる。


 これは賭け。
 自分の中では、割と危険ギリギリの行為だ。
 この後の行動は、彼の反応で決まる。


(さあ、どうする?)


 固唾かたずを飲むシュルクの前で、ヨルはしばらくの間、石像のように動かなかった。


「―――なるほど。」


 しばらくして詰めていた息を吐いたヨルは、小瓶を机の上へと戻した。


「私には、これが何かを感じ取ることはできませんが……リリア様があれだけ慌てたことを加味すると、これが何であるかは明確ですね。」


 さすがはヨルだ。


 フィオリアの時のようにはっきりと言わなくても、これが何かをはっきりと理解しているらしい。


「それ、お前らに追いつかれた湖の中にあったんだ。お前らは知らないかもしれないけど、それを取るまではあの湖の底が光ってて―――」


「つまり、この詩の一節目と同じ情景だった、と。」


「そういうこと。」


「紅蓮のいただきに伸びる赤回廊せきかいろう……確かに、この一節はリューリュー山のことを示していると見て間違いないでしょうね。」


「知ってるのか?」


「ええ。ここには、霊子の研究で何度か来たことがありますので。」


 頷いたヨルは、机の上に置いてあった紙とペンを引き寄せた。


「山を真上から俯瞰ふかんしたとして、図を書きますね。リューリュー山の山頂へ繋がる道は、九合目を過ぎた辺りから山の外周を回るようなルートになります。」


 解説を交えながらヨルが描く図を、シュルクは真剣な表情で見つめる。


「ここはガスの濃度が高すぎて、普段は到底近寄れません。おそらくは、そのガスの成分が結晶化するのでしょう。この道の斜面には、ライトマイトと呼ばれる赤い鉱石がびっしりとこびりついているのです。」


赤回廊せきかいろう……そういうことか。」
 

 ヨルがぐるりと螺旋らせんを描いてくれたおかげで、詩の情景が鮮明にイメージできた。


「そして、山の頂上には大きな穴がぽっかりと開いていましてね。その穴の中も、ライトマイトで埋まっているんです。文字どおり宝の山ですが、穴の中はそれこそあの世への直行ルートですからね。人の手が入らないだけに、圧巻の景色ですよ。」


「なるほど。―――じゃあ十中八九、次の欠片かけらはその穴の中だな。」


 自信を持って断言すると、ヨルはそこでピタリと手を止めた。


「何故、そうだと?」


 パチパチと、目をしばたたかせるヨル。


「呼ばれてる気がする……って言ったら、信じるか?」


 自嘲気味に笑い、シュルクは小瓶を取った。


「……きっと、特別を与えられた理由があるって。父さんと母さんが、手紙にそう書いてたんだ。それからずっと、そのことばっか考えてる。そしたら、これを取りに行った時のことを思い出してさ……」


 言葉どおり記憶をなぞりながら、シュルクは少しの戸惑いを滲ませて語る。


「こっちだよ、迎えに行ってあげてって……そんな風に何かに呼ばれながら、湖の底までどんどん潜っていけた。今考えるとさ、普通だったらとっくに溺れてるだろってくらい長い間、湖の中にいたんじゃないかって思う。今もそうだ。なんとなくだけど、この山の頂上に向かって霊子が流れてて、俺はあそこに行かなきゃだめなんだって気がしてる。」


 小瓶を握り締め、シュルクはそっと目を閉じた。


「多分この石って、俺じゃないと回収できないんじゃないかな。めぐじゃないと感じ取れない何かが、この石にはあるのかもしれない。なら、俺が恵み子として生まれた理由って、そういうことなんじゃないかって思ってさ。……まあ、これを集めたところで、必ずしも呪いが解けるとは思ってないけどな。」


 最後に少しだけ茶化した雰囲気をかもしたシュルクだったが、その目は明らかに、ヨルとは違う何かを見据みすえていた。


「でも、何かしらの真実には近付けると思うんだ。そしたらきっと、もっとはっきり、こうなるのが俺じゃなきゃいけなかった理由が分かる気がする。」


 どうして、自分がこんなものを背負って生まれなければいけなかったのか。
 そんなことを考えるのは、とっくの昔にやめていたけれど。


 だけど、もしもたまたまではなくて、ちゃんとした理由があるのだとしたら。
 それを知りたいと思うのは、当然のことではないだろうか。


 ―――カタ……


 ふと、隣から物音が。
 それで視線を上げれば、椅子から立ち上がったヨルが難しげに何かを考え込んでいた。


「……すみません。少し、この話は持ち帰らせていただいてもかまいませんか?」
「なんだ、密告か?」


 皮肉を込めて訊いてやる。
 すると―――


「では、あなたは何故、私にこの話をしたのです?」


 逆に、そう訊ねられた。


「少なくとも、今のお前はあの人の指図で動いてるんじゃない。そう判断できたからかな。」


 彼がわざと自分たちを逃がしたのだと理解した瞬間から、ずっと疑問がわだかまっていた。


 あのリリアが、そんなことを許すわけがないと。


 事実、自分たちを逃がしたせいでリリアに大目玉を食らったと、ヨル本人が言ったではないか。


 これが本当に、彼の独断による行動なのか。
 それとも、そう見せかけているだけなのか。


 それを確かめるために、自分はこの場であえて致命的な隙を見せた。


 一度目は、詩が書かれた紙を見せるために彼の間合いに入った時。
 二度目は、彼の前に運命石が入った小瓶を置いた時だ。


 あそこまで執念深かったリリアのことだ。


 自分たちを捕らえることと、この運命石を奪取することの二点は徹底するようにと近辺に命令したはず。


 今は倫理審査の最中で下手なことはできないとはいえ、あれだけの執念を持っているなら、王族としての立場など失ってもいいと思っていてもおかしくない。


 もしヨルがあくまでもリリアの命令に忠実に動いているのだとしたら、あの隙をのがすはずがないのだ。


 しかし、ヨルはその二回の隙につけ込んでこなかった。


 特に、彼がこの小瓶を自ら机の上に戻したのを見た時、自分の中に残っていた微かな疑いは綺麗に消え去ったのだった。


「なんだよ。お前も俺のことを試してるんだろ? 別に、俺が同じ事をしたって構わないじゃんか。」


 わずかに顔をしかめたヨルに、挑むように言ってやった。


「……やれやれ。フィオリア様も、とんでもない人を引き当てたものですね。」
「………っ」


 シュルクは黙り込み、ヨルに見えないところで拳を握り締める。


 小さく息をついたヨルの言葉。
 それに、胸の奥がほんの少しだけつきりと痛んだ。

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