Fairy Song

時雨青葉

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第8歩目 山中にて待つ者

真夜中の密会

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(なんでこんなことに……)


 皆が寝静まった頃にそっと集会所を抜け出し、昼と同じ道を一人で歩く。


 夜に山の調査が入ることもさほど珍しくはないので、許可証さえあれば山に入るのは簡単だ。


 入山口にいた警備員も、特にこちらを疑うことはしなかった。


 しばらく歩くとぽつんと見えてくる、ほのかな灯りが灯った山小屋。


「………」


 近付きながら胸に残っていた微かな躊躇ためらいを切り捨て、あえて堂々とドアを開く。


「驚いた。もう少し、入るのを渋るかと思いましたよ。」


 椅子に座って本を読んでいたらしいヨルは、ほんの少しだけ目を見開いてそう呟いた。


「逃げるつもりなら、山にすら入らねぇよ。」


 どうせこんなことだろうと思っていたので、シュルクはあえて強気な態度で腕を組んだ。


 不利なのはこちら。
 だからといって、彼の思いどおりになるつもりなどない。


 それだけは、ちゃんと明示しておきたかった。


「……なるほど。初めてお会いした時も思いましたが、あなたって案外攻めるほうですよね。噂を聞くに、この街でも派手に暴れたようじゃないですか。」


「…………そのことは、突っ込まないでくれ。過程はともかく、結果は不本意極まりなかったんだから。」


 ある意味一番言われたくなかったことを言われてしまい、シュルクはがっくりと肩を落とした。


 なんだか、いきなり弱みを握られたようで気分が滅入るだろうが。


 こちらの心境などつゆ知らず。
 ヨルはくすくすと笑う。


「別に、いいと思いますよ? そういうことができるのも、若いうちだけですからね。……さて、そんなあなたなんですから、まさか逃避行ついでの観光でこんな所に来たわけではないのでしょう?」


 ごく自然な流れで、話はいきなり核心に迫ってきた。


「当たり前。観光目的ならこんな所に一ヶ月近くもいないし、そもそもここにすら来なかっただろうよ。」


 内心でフィオリアの話を持ち出されなかったことにほっとしつつ、物じしない態度でヨルと向かい合う。


「ふふ、いいですね。では、きちんとした目的があったから、チャパルシアではなくここへ来たというわけですね?」


「まあな。どうせチャパルシアに行ったとしても、最終的な結末は変わらないんだ。呪いの意味を履き違えるほど、都合よく物事は考えてない。」


「意外と冷静なんですね。もっと、理不尽な運命に怒ってるかと思いました。」


「最初こそ混乱したけどな。今さらどうにもならないことに怒ったって、時間の無駄。そんな暇があるなら、打開策を探すよ。運がいいことに、あてになりそうなもんはすぐ見つかったしな。」


「タフですね。どうしてそこまで前向きに動けるんですか?」


「なんか、あいつにもそんなこと訊かれたんだけど…。なんなの? 偉い奴は、みんなそんなにネガティブなのか?」


 自分からすると、そこまで後ろ向きな彼らの思考回路の方が分からない。


 住む世界が違うのだと言われればそれまで。


 こちらより背負っているものも、そこに伴う責任も重いのだろうから、そりゃあ価値観も優先順位も違うだろう。


 だが、慎重であることと後ろ向きであることは違うとも思うのだ。


 そういう生き方をすることで、もしかすると救われる人がいるのかもしれない。
 だが、それで肝心の自分自身は楽しいと思えるのだろうか。


「自分のため。聖人じゃあるまいし、それ以外の理由で動けるか。」


 はっきりと正直な気持ちをぶつけると、ヨルが物言いたげに眉を寄せる。


「反感を買っても結構。俺は、自分の行動を誰かのせいにするつもりはない。だから、それ以外の理由じゃ動かない。」


 口出しをさせないために先手を打ち、シュルクは真正面からヨルを見据みすえた。


「何もできないまま無様に死ぬくらいなら、最期まで足掻いて胸を張って死んでやる。それでもし救われる奴がいるなら、勝手に救われてりゃいいんだ。俺は、俺が認められる自分でいるために動く。ただそれだけだ。」


 よどみなく、りんとして。
 シュルクは堂々と自分の意見を述べる。


 すると、ヨルがポカンと間の抜けた顔をした。
 返す言葉がないのか、彼はまぶたを叩きながらこちらを見つめるだけ。


 なんだか大袈裟なことを言ったような空気だが、自分は大したことを言ったつもりはない。


 というか、自分のため以外の理由で動ける奴なんか、この世にいるのだろうか。


 命を持って生まれた以上、どんな生き物だって自分を守るために生きるだろう。
 それのどこがいけないというのか。


 どんな意味であれ自分のためにした行為に〝誰かのため〟なんて飾りをつけるから、色んなところで誤解やいさかいが起こるのだ。


 そんな飾りのせいで自分の責任を誰かになすりつけてしまうくらいなら、自分は初めからそんな飾りなんて使わない。


 そう考えると、寂しいから構ってほしいという理由で全ての行動が決まっているルーウェルは、ある意味清々しい生き方をしているのかもしれない。


「……本当に、生きることに対して嘘をつかない人ですね。掲げている理想がいささか潔癖なことは理解していますか?」


 ようやく口を開いたヨルの声は、非常に苦い響きをもた伴っていた。
 そしてこれにも、シュルクは即で答えを返す。


「そうかもしれないな。色んな奴らを見てきただけあって、嫌いな人物像だけなら腐るほどある。」


「では逆に、目指したい人物像はあるのですか?」


「特にないな。」


 シュルクはきっぱりと告げた。


「言っただろ。俺が目指すのは、俺が認められる自分なんだ。自分が許せないことはやらない。自分が自分に許せることを精一杯やりきる。そこに、他人の生き様が必要か?」


 今の言葉は、他人をけなしているわけではない。


 ザキたちにしろ両親にしろ、尊敬できる部分はたくさんある。


 自分はそういう人の尊敬できる部分を取り入れながら、あくまでも自分だけの生き方をしたいのだ。


 だから、目標の人物像なんて作らない。
 自分の形は、自分で決めるべきだ。


「―――お見逸れしました。城下の方々があなたのことを慕っている理由が、よく分かりましたよ。」


 破顔したヨルは、何が面白いのか声をひそめて笑い出した。
 相当ツボにはまったのか、彼の肩の震えがいつまで経っても収まらない。


「俺は、お前を笑わせるためにここまで来たんじゃないんだけどな。ってか、なんで俺に自分語りをさせてんだよ。」


「すみません。あなたの話を聞いているのが面白くて、つい……」


「んな面白かったか?」


「ええ、とても有意義でした。あなた、将来は大物になりますよ。」


「何を根拠に、そんなことを……」


「長年の経験と勘、ですかね? ……失礼、話を戻しましょう。」


 こほんと咳払いをし、ヨルはようやく笑い声を引っ込めた。




「では、単刀直入にお伺いしましょう。―――あなたは、何故ここへ?」



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