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第8歩目 山中にて待つ者
どうしようもなく―――
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ドクン、と。
問いかけられた瞬間、心臓が一際大きく脈を打った。
「正直、一番意外だったのは、あなたがフィオリア様を連れてセニアを出たことなんですよね。何かしらの利害の一致があったのかもしれませんが、あなたの口から理由を直接聞いてみたくて。普通はあんなことがあれば、いくら対の相手とはいえ、一緒にいるのは苦痛でしょう? ……特に、常日頃から運命の相手というものに疑問を持っていたあなたなら。」
いつの間に俺のことなんて調べたんだ。
当然ながら、そんな減らず口が叩けるわけもなかった。
「あいつが俺と一緒にいるのは、あいつが俺についてくるって言ったからだ。俺から誘ったわけじゃないし、あいつが途中で音を上げるようなら置いていく気だった。」
「……〝だった〟。過去形なんですね?」
「………っ」
静かに。
それでも鋭く。
ヨルは容赦なく、心の隙をついてくる。
やめてくれ。
今はまだ、直視したくない。
どこか必死な心の叫びと、そんな叫びを掻き消すような勢いで湧き上がってくる苛立ち。
「いいんですか? このままフィオリア様を受け入れてしまえば、あなたは早すぎる死から逃げられなくなりますよ?」
ヨルの穏やかな声が、その口調とは正反対の荒々しさで頭を揺さぶってくる。
気持ち悪い。
臓腑を掻き回されているようだ。
それと一緒に、目の前の世界も回るようで……
「………?」
シュルクはふと、目元に手を持っていく。
なんだろう。
さっきから、本当に眩暈がするような。
手足も妙に重たい気がする。
「おっと。どうやら、風向きが変わってきたようです。ここの有毒ガスって無色無臭なもんで、気付いた時には手足が麻痺して動けなくなるんです。救助されなければ、そのまま心臓が麻痺するまで待つしかないという、なんとも恐ろしいガスでして。このままここで話していては、二人揃って死にますね。」
こいつは平然と、恐ろしいことを。
ヨルの冷静さを見るに、おそらくはほんのちょっとだけガスが流れてきただけなのだろう。
それでもこんなに体が異変を訴えてくるのだから、入山に規制がかかるのも頷ける。
「残念ですが、ここは一度場を改めましょう。」
ヨルはそう言うと、こちらに向かって何かを投げてきた。
反射的に取ったそれは、小さなカードだ。
「ティーンの入山許可証です。出所は、秘密でお願いしますね。」
「なっ…!?」
驚いて顔を上げた時には、ヨルはすでに空へと飛び上がっていた。
「今夜、あなたのお連れさんがこもっていた小屋で待ってますよ。あのルートはそこまでガスが濃くなることはありませんので、ご安心を。」
「あ、おい!」
とっさに呼び止めようとしたが、ヨルはすいすいと空の向こうへと消えていってしまう。
今はとにかく、ここから離れないとだめだ。
すぐに意識をヨルから外し、シュルクは山小屋がある方へと踵を返した。
ルーウェルに見られるとまずいだろうから、ヨルから渡された入山許可証もすぐにポケットにしまう。
「……くそ…っ」
チョーカーをつけながら、シュルクは唇を噛んだ。
絶対にわざとだ。
ヨルはあえて、あの質問だけを叩きつけて引いていったのだ。
違う。
そんなんじゃない。
でも―――心のどこかで、分かっている。
「こんな……つもりじゃ……」
嫌いな言葉を口走ってしまうほど、心がざわめいて仕方ない。
素直になれと、ランディアはそう言った。
あの言葉どおりに素直になれたなら、どんなに楽だろう。
いっそ認めてしまえば、この苦痛から解放されるのかもしれない。
でも、この気持ちをどう落ち着けて認めればいいというのだ。
―――どうしようもなく、フィオリアに惹かれている、なんて。
最初は、ただ鬱陶しいだけだったんだ。
だけど……
『……俺の、買い被りすぎだったか。』
暗い洞窟の中で彼女に思わずそう言い放ってしまった時に、何かが変わってしまった。
彼女に同情と親近感を持っていたんだと自覚してしまったあの瞬間から、少しずつ歯車が狂っていったのだ。
呆れるほどに猪突猛進で、こちらが指摘しないと矛盾にも現実にも気付けないのに。
融通が利かなくて、思い込みが激しくて、こちらが目を光らせていないと、倒れるまで自分を追い込むくせに。
それでも案外粘り強くて、びっくりするくらいに素直で、邪険にするのが馬鹿らしくなるくらいに純真で一途で。
彼女は知らないだろう。
ふとした拍子に見せられる彼女の笑顔に、自分がどれだけ動揺しているかなんて。
(これも……運命石の力なのか…?)
どんなに疑問を持っていても。
どんなに相手が気に食わなくても。
それらを帳消しにしてしまうくらいに相手のことを強く想わせる力が、こんな小さな石にあるのだろうか。
だとしたら、この石の存在そのものが呪いじゃないか。
それに、それだけの力がこの石にあるのなら、何故ルルーシェとセイラのような悲劇が生まれたのだ。
「くそ……くそ…っ」
こんな気持ちは久々だ。
いい意味でも悪い意味でも色々と悟って、自分の行動くらい簡単に決められると思っていたのに。
消化できなかったのは、自由に飛び回りたいという衝動くらいだったはずなのに。
自分の気持ちに自信がない。
この気持ちを認めたくない。
―――認めるのが……怖い。
だからこそ、ヨルに告げられた言葉にこんなにも苛立つ。
そう。
自分は、認めるのが怖いのだ。
この気持ちを認めてしまったら。
本当の意味で、心の底から彼女のことを受け入れてしまったら。
その時、自分はどうなるのだろう―――?
問いかけられた瞬間、心臓が一際大きく脈を打った。
「正直、一番意外だったのは、あなたがフィオリア様を連れてセニアを出たことなんですよね。何かしらの利害の一致があったのかもしれませんが、あなたの口から理由を直接聞いてみたくて。普通はあんなことがあれば、いくら対の相手とはいえ、一緒にいるのは苦痛でしょう? ……特に、常日頃から運命の相手というものに疑問を持っていたあなたなら。」
いつの間に俺のことなんて調べたんだ。
当然ながら、そんな減らず口が叩けるわけもなかった。
「あいつが俺と一緒にいるのは、あいつが俺についてくるって言ったからだ。俺から誘ったわけじゃないし、あいつが途中で音を上げるようなら置いていく気だった。」
「……〝だった〟。過去形なんですね?」
「………っ」
静かに。
それでも鋭く。
ヨルは容赦なく、心の隙をついてくる。
やめてくれ。
今はまだ、直視したくない。
どこか必死な心の叫びと、そんな叫びを掻き消すような勢いで湧き上がってくる苛立ち。
「いいんですか? このままフィオリア様を受け入れてしまえば、あなたは早すぎる死から逃げられなくなりますよ?」
ヨルの穏やかな声が、その口調とは正反対の荒々しさで頭を揺さぶってくる。
気持ち悪い。
臓腑を掻き回されているようだ。
それと一緒に、目の前の世界も回るようで……
「………?」
シュルクはふと、目元に手を持っていく。
なんだろう。
さっきから、本当に眩暈がするような。
手足も妙に重たい気がする。
「おっと。どうやら、風向きが変わってきたようです。ここの有毒ガスって無色無臭なもんで、気付いた時には手足が麻痺して動けなくなるんです。救助されなければ、そのまま心臓が麻痺するまで待つしかないという、なんとも恐ろしいガスでして。このままここで話していては、二人揃って死にますね。」
こいつは平然と、恐ろしいことを。
ヨルの冷静さを見るに、おそらくはほんのちょっとだけガスが流れてきただけなのだろう。
それでもこんなに体が異変を訴えてくるのだから、入山に規制がかかるのも頷ける。
「残念ですが、ここは一度場を改めましょう。」
ヨルはそう言うと、こちらに向かって何かを投げてきた。
反射的に取ったそれは、小さなカードだ。
「ティーンの入山許可証です。出所は、秘密でお願いしますね。」
「なっ…!?」
驚いて顔を上げた時には、ヨルはすでに空へと飛び上がっていた。
「今夜、あなたのお連れさんがこもっていた小屋で待ってますよ。あのルートはそこまでガスが濃くなることはありませんので、ご安心を。」
「あ、おい!」
とっさに呼び止めようとしたが、ヨルはすいすいと空の向こうへと消えていってしまう。
今はとにかく、ここから離れないとだめだ。
すぐに意識をヨルから外し、シュルクは山小屋がある方へと踵を返した。
ルーウェルに見られるとまずいだろうから、ヨルから渡された入山許可証もすぐにポケットにしまう。
「……くそ…っ」
チョーカーをつけながら、シュルクは唇を噛んだ。
絶対にわざとだ。
ヨルはあえて、あの質問だけを叩きつけて引いていったのだ。
違う。
そんなんじゃない。
でも―――心のどこかで、分かっている。
「こんな……つもりじゃ……」
嫌いな言葉を口走ってしまうほど、心がざわめいて仕方ない。
素直になれと、ランディアはそう言った。
あの言葉どおりに素直になれたなら、どんなに楽だろう。
いっそ認めてしまえば、この苦痛から解放されるのかもしれない。
でも、この気持ちをどう落ち着けて認めればいいというのだ。
―――どうしようもなく、フィオリアに惹かれている、なんて。
最初は、ただ鬱陶しいだけだったんだ。
だけど……
『……俺の、買い被りすぎだったか。』
暗い洞窟の中で彼女に思わずそう言い放ってしまった時に、何かが変わってしまった。
彼女に同情と親近感を持っていたんだと自覚してしまったあの瞬間から、少しずつ歯車が狂っていったのだ。
呆れるほどに猪突猛進で、こちらが指摘しないと矛盾にも現実にも気付けないのに。
融通が利かなくて、思い込みが激しくて、こちらが目を光らせていないと、倒れるまで自分を追い込むくせに。
それでも案外粘り強くて、びっくりするくらいに素直で、邪険にするのが馬鹿らしくなるくらいに純真で一途で。
彼女は知らないだろう。
ふとした拍子に見せられる彼女の笑顔に、自分がどれだけ動揺しているかなんて。
(これも……運命石の力なのか…?)
どんなに疑問を持っていても。
どんなに相手が気に食わなくても。
それらを帳消しにしてしまうくらいに相手のことを強く想わせる力が、こんな小さな石にあるのだろうか。
だとしたら、この石の存在そのものが呪いじゃないか。
それに、それだけの力がこの石にあるのなら、何故ルルーシェとセイラのような悲劇が生まれたのだ。
「くそ……くそ…っ」
こんな気持ちは久々だ。
いい意味でも悪い意味でも色々と悟って、自分の行動くらい簡単に決められると思っていたのに。
消化できなかったのは、自由に飛び回りたいという衝動くらいだったはずなのに。
自分の気持ちに自信がない。
この気持ちを認めたくない。
―――認めるのが……怖い。
だからこそ、ヨルに告げられた言葉にこんなにも苛立つ。
そう。
自分は、認めるのが怖いのだ。
この気持ちを認めてしまったら。
本当の意味で、心の底から彼女のことを受け入れてしまったら。
その時、自分はどうなるのだろう―――?
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