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第6歩目 石の行方
〝いくらでも飛べるんだから〟
しおりを挟む一つ、漆黒に揺蕩う碧の底
二つ、紅蓮の頂に伸びる赤回廊
三つ、暁集まる橙水晶
四つ、紫縞の帳の降りる先
五つ、白霧の迷いの中心
六つ、桃葉の園の大樹木
七つ、黄砂と海青の狭間
八つ、新緑の螺旋城
ぐるぐる巡る終わらぬ唄は
薄鈍の座にて終焉を待つ
「―――なるほど。」
ずっと目を閉じて詩を聞いていたシュルクは、納得の表情を浮かべて頷いた。
「手がかりとしては十分だな。」
「手がかり?」
シュルクの言葉に、フィオリアが首を傾げる。
「お前……」
フィオリアの反応に、呆れた視線をやるシュルク。
はっきり言うが、お前は馬鹿だ。
とっさに出かけたこの言葉を飲み込めたのは、ほとんど奇跡だと思う。
「その詩、全部どこかの場所を示してるだろ。で、一節目の〝漆黒に揺蕩う碧の底〟。それと同じ風景の場所に、これがあった。」
シュルクはまた、運命石の欠片が入った小瓶を掲げる。
「〝ぐるぐる巡る終わらぬ唄は 薄鈍の座にて終焉を待つ〟。この詩がいつどこで作られたものかは知らないけど、詩の内容が他の欠片の在処を示している可能性は高いと思う。そんで、この詩の場所を辿っていけば、もしかすると呪いを解くこともできるかもしれない。お前がこの詩に惹かれたのも、必然なのかもな。」
これは、単なる偶然ではないはずだ。
この詩を作った誰かはきっと、この運命石が秘める惨劇を知っていたのだ。
自分では手に負える問題ではなかったのか、呪いを解こうと奮闘するも、志半ばにして倒れたのかは分からない。
だが、その人物が未来を生きる誰かに希望を託したくてこの詩を作ったであろうことは、なんとなく伝わってくる気がした。
終わらせてくれと。
ただ、それだけを願って。
「……どうして?」
ふいに、フィオリアがそう訊ねてきた。
「どうしてあなたは、そんなに前向きなの?」
フィオリアの目には、理解できないとでも言いたげな光が揺れている。
「その運命石を見つけたのだって、たまたま運がよかっただけじゃない。あの詩だって、本当に運命石の場所を示してるとも限らない。そもそも運命石を集めたって、呪いが解ける保証なんてどこにもないのよ? それなのに、どうして?」
「それでも、死ぬかもしれないって立ち止まるよりは何倍もマシだ。」
シュルクは、はっきりとそう告げた。
絶望的な方向への発言となると、感心するくらい頭も舌も回る奴だ。
まあ、自分も似たような道を通ってここにいるのだから、そう考えたくなる気持ちも全く理解できないわけではないのだが。
「自分のせいだとか、何をやっても無駄だとか、そういう風に考えるのは飽きたんだよ。どうせこのままチャパルシアに逃げても、結局は呪いに殺されるだけだ。どうしたって同じ〝死〟しか待ってないなら、俺は少しでも前を進む道を選ぶ。それがくたびれ損だろうが知ったことか。俺は自分が持ったものに負けずに足掻いたんだって、そう思って胸を張れればいいんだよ。それにな―――」
そこまで言って、シュルクはふと頬を緩めた。
「経緯はどうあれ、せっかく町の外に出られたんだ。どうせなら、色んなものを見たいだろ? こればっかりは、いい加減諦めてたことだったから……それだけは、お前との出会いに感謝してる。」
この時初めて、シュルクはフィオリアに向かって笑いかけていた。
現金かもしれないが、本当は死ぬかもしれないという恐怖よりも、ずっと飛び出したかった外へ飛び立てたことへの嬉しさが勝っている自分がいる。
友人にも仕事にも、愛情にも恵まれていた。
それでも、皆が当然のように持っている自由だけは、どうしても手に入らなかった。
この先一生町から出られないと理解していたからこそ、誰よりも自由な空へ飛び立つことを望んでいた自覚はある。
もしかすると、どんなに苛立ってもフィオリアのことを心底嫌いになれないのは、そういうことなのかもしれない。
彼女と会ったことで、世界は一変した。
散々苦しい目に遭わされたし、これからもろくなことは起こらないだろう。
でも、自由に飛んでいける。
誰にも決められず、自分の意志で。
それは、自分のこれまでの人生の中で最も大きな収穫と言っても過言ではない。
フィオリアは何故そんなに前向きなのかと訊くが、自分はそんなに強く己を律しているわけじゃない。
だって―――
「先生の言葉を借りるなら、俺は下心丸出しなの。かっこつけたことを言ったけど、結局は自由に飛んでいたいってわがままを押し通したいだけなんだからさ。」
こういうことなのだ。
せっかく手に入れた自由だ。
やっと檻から飛び出せたのに、また次の檻に入ってたまるか。
どこに転がっても何かに囚われている。
それが変えようのない自分の運命なのだとしたら、優しさでできた檻にはもう戻らない。
一つの地に囚われて穏やかに生きる道より、呪いに囚われてでも自由に飛び回る道を選ぶ。
この選択だけは、何があっても後悔しない自信があった。
「俺は、俺のやりたいことをやるだけ。お前はお前で、やりたいことをやればいいじゃん。」
きっと、フィオリアと話すのはこれが最後だろう。
だからこれは、〝フィオリア〟という自分を見失っていた彼女へ贈ることができる最後の言葉だ。
シュルクは微笑み、その最後の言葉を告げた。
「俺もお前も―――飛ぼうと思えば、いくらでも飛べるんだから。」
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