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第6歩目 石の行方
欠片の正体
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空を経由してまっすぐにアリシアを目指し、約束の場所で待っていた荷馬車と合流したところで、グレーとルルンとは別れることになった。
「いつか、ちゃんと帰ってこないと怒るからね!」
まるで子供のように泣きじゃくりながら、ルルンは名残惜しそうに自分たちを見送った。
思えば、年が近い人の中で自分の事情を知っていたのはルルンだけだった。
小さい頃から家に出入りしていたのもルルンだけだったし、同じ集会所で働くようになってからは、余計なやり取りをせずとも仕事を効率よくこなせるくらいの間柄になっていた。
互いに一番の友人として、仕事のパートナーとして、誰よりも信頼し合っていたと思う。
それ故に、彼女は自分の不遇に心底同情してくれた。
グレーに体を支えられながら、ルルンはこんなの理不尽だと叫んで涙を流した。
ルルンと同じ立場なら、自分だって絶対に笑って見送ることはできないだろう。
運命の相手を求める旅とは訳が違う。
ここで別れたが最後、今度はいつ会えるのか分からない。
生きて再会できる確証さえないのだ。
泣き止む気配がないルルンに、自分は微笑んで精一杯の感謝を伝えることしかできなかった。
下手に感情を乱せば、途端に霊子が集まってしまう。
そんな自分の代わりに、ルルンはいつだって全力で怒ってくれた。
自分の秘密を知っているからこその苦悩だってあっただろうに、それでも彼女は一貫して、自分の味方だというスタンスを崩したことはなかった。
彼女が傍で怒ってくれたからこそ、自分は変にひねくれることなく、今まで過ごしてこられたのだと思う。
絶対に死にはしない、と。
何度も何度も、ルルンとグレーにそう告げた。
〝諦めずに足掻いて、ちゃんと帰ってくる。〟
それが、反逆者として捕らえられるリスクを侵してまで自分を助けてくれた二人にできる、たった一つの約束だった。
そして、ザキたちと共に荷馬車に乗り込んで数時間。
すっかり日も暮れて人々が寝静まった頃になって、ようやくセニアにある宿に辿り着いた。
城の追跡が来ても足取りを掴まれないよう、父の知り合いだという業者の人々が結託して、綿密に計画を立てていたらしい。
おかげで、移動中は平和なものだった。
城の捜索隊の様子を窺っていた人々からの報告によると、捜索の手はまだセニアには遠く及んでいないらしい。
人脈は持っていて損はない。
普段は飄々としている父の言葉の重要性を、心から思い知った瞬間だった。
「よく来たね。さあ、お入り。」
真夜中にもかかわらず起きて待っていた彼女は、宿の裏口から自分たちを招き入れてくれた。
「悪いね、ローザ。無理言っちゃって。」
「あら、いいんだよ。色々と訳ありだって話は、昔から聞いてたからね。」
ローザと呼ばれた女性は、ウィールに人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。
彼女はウィールの同業者で、古くからの友人とのことだ。
ローザはシュルクたちを従業員用の食堂へと案内し、それぞれ疲労困憊といった表情を浮かべる皆に紅茶をふるまった。
柔らかな湯気を立てる紅茶が喉に沁みる。
長い間緊張状態に置かれていた体から力が抜けて、やっと休息を取ることを許されたような気分になった。
「私は部屋を整えてくるから、ゆっくりしてて。」
ローザは気さくに笑うと、そう言って食堂を出ていった。
途端に場に満ちる、重苦しい空気。
誰もが深刻な雰囲気を滲ませた険しい表情をする。
「先生、ウィールさん。」
一番に口を開いたのは、シュルクだった。
「ちょっと、見てほしいものがあるんだけど。」
言いながらズボンのポケットに手を突っ込み、布の包みを取り出す。
それを机に置き、ゆっくりと包みを開いた。
「これが何か分かる?」
布の中にあるのは、洞窟の中で見つけた何かの欠片だ。
「これ……」
ウィールがまたたく間に表情を変える。
彼女がそっと欠片を取り上げる様子を、シュルクは食い入るように見つめていた。
「かなり波動が弱いけど、間違いないよ。」
息を飲むウィール。
「これ、運命石だね。」
「……え?」
ウィールの答えに、フィオリアがぱちくりと瞼を叩く。
その隣で。
「やっぱりそうか……」
シュルクは至って冷静だった。
そんなシュルクの反応に、フィオリアはさらに驚いた顔を見せる。
「えっ……シュルク、気付いてたの!?」
「どっちかってーと、俺はお前が気付いてなかったことにびっくりなんだけど?」
自分やウィールに触れられて、フィオリアには触れられないという現象。
リリアの取り乱した様子。
落ち着いて考えてみれば、あっけないくらい簡単に推論は立てられる。
「多分、それの持ち主はこの世にいないよ。」
言うと、ウィールが微かに眉を上げるのが分かった。
それで彼女が、自分の推論をほぼ正確に掴んだのだと知る。
「本来、運命石は持ち主が死ぬと共に消滅するもんだけど……」
「だからこそ、それが呪いの根源なんだろうな。」
シュルクがウィールの言葉を引き継いでそう述べたところで、フィオリアとザキの表情にも驚愕の色が広がっていった。
その昔、セイラが呪いをかけたとされるルルーシェの運命石。
この石が悲運の始まりなのだとしたら、色々と腑に落ちる。
彼女たちが何度生まれ変わっても、過去の記憶から逃れられないのも。
いつも同じ過ちを繰り返すことしかできないのも。
全ては、この運命石に宿った強い執念のせい。
悲しい記憶を残したこの運命石が、未だに昇華されない思いごとこの世に存在し続けているせいだ。
彼女たちは、ずっと二重の運命に囚われ続けている。
そしていつも、本来の自分としての運命ではなく、ルルーシェやセイラとしての運命しか選び取ることしかできなかった。
囚われているのだと、そう気付けないまま……
それほどまでに、この石に宿った心は強い。
「………っ」
シュルクは奥歯を噛み締めた。
この石をルルーシェの運命石だと認めることは、同時にフィオリアたちにかかる呪いの存在を認めるということ。
そして、その呪いの力からは逃れられないのだとしたら―――
「………」
疑念は、ぐるぐると巡る。
それを己の内に秘めたまま、シュルクは静かに目を閉じた。
「いつか、ちゃんと帰ってこないと怒るからね!」
まるで子供のように泣きじゃくりながら、ルルンは名残惜しそうに自分たちを見送った。
思えば、年が近い人の中で自分の事情を知っていたのはルルンだけだった。
小さい頃から家に出入りしていたのもルルンだけだったし、同じ集会所で働くようになってからは、余計なやり取りをせずとも仕事を効率よくこなせるくらいの間柄になっていた。
互いに一番の友人として、仕事のパートナーとして、誰よりも信頼し合っていたと思う。
それ故に、彼女は自分の不遇に心底同情してくれた。
グレーに体を支えられながら、ルルンはこんなの理不尽だと叫んで涙を流した。
ルルンと同じ立場なら、自分だって絶対に笑って見送ることはできないだろう。
運命の相手を求める旅とは訳が違う。
ここで別れたが最後、今度はいつ会えるのか分からない。
生きて再会できる確証さえないのだ。
泣き止む気配がないルルンに、自分は微笑んで精一杯の感謝を伝えることしかできなかった。
下手に感情を乱せば、途端に霊子が集まってしまう。
そんな自分の代わりに、ルルンはいつだって全力で怒ってくれた。
自分の秘密を知っているからこその苦悩だってあっただろうに、それでも彼女は一貫して、自分の味方だというスタンスを崩したことはなかった。
彼女が傍で怒ってくれたからこそ、自分は変にひねくれることなく、今まで過ごしてこられたのだと思う。
絶対に死にはしない、と。
何度も何度も、ルルンとグレーにそう告げた。
〝諦めずに足掻いて、ちゃんと帰ってくる。〟
それが、反逆者として捕らえられるリスクを侵してまで自分を助けてくれた二人にできる、たった一つの約束だった。
そして、ザキたちと共に荷馬車に乗り込んで数時間。
すっかり日も暮れて人々が寝静まった頃になって、ようやくセニアにある宿に辿り着いた。
城の追跡が来ても足取りを掴まれないよう、父の知り合いだという業者の人々が結託して、綿密に計画を立てていたらしい。
おかげで、移動中は平和なものだった。
城の捜索隊の様子を窺っていた人々からの報告によると、捜索の手はまだセニアには遠く及んでいないらしい。
人脈は持っていて損はない。
普段は飄々としている父の言葉の重要性を、心から思い知った瞬間だった。
「よく来たね。さあ、お入り。」
真夜中にもかかわらず起きて待っていた彼女は、宿の裏口から自分たちを招き入れてくれた。
「悪いね、ローザ。無理言っちゃって。」
「あら、いいんだよ。色々と訳ありだって話は、昔から聞いてたからね。」
ローザと呼ばれた女性は、ウィールに人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。
彼女はウィールの同業者で、古くからの友人とのことだ。
ローザはシュルクたちを従業員用の食堂へと案内し、それぞれ疲労困憊といった表情を浮かべる皆に紅茶をふるまった。
柔らかな湯気を立てる紅茶が喉に沁みる。
長い間緊張状態に置かれていた体から力が抜けて、やっと休息を取ることを許されたような気分になった。
「私は部屋を整えてくるから、ゆっくりしてて。」
ローザは気さくに笑うと、そう言って食堂を出ていった。
途端に場に満ちる、重苦しい空気。
誰もが深刻な雰囲気を滲ませた険しい表情をする。
「先生、ウィールさん。」
一番に口を開いたのは、シュルクだった。
「ちょっと、見てほしいものがあるんだけど。」
言いながらズボンのポケットに手を突っ込み、布の包みを取り出す。
それを机に置き、ゆっくりと包みを開いた。
「これが何か分かる?」
布の中にあるのは、洞窟の中で見つけた何かの欠片だ。
「これ……」
ウィールがまたたく間に表情を変える。
彼女がそっと欠片を取り上げる様子を、シュルクは食い入るように見つめていた。
「かなり波動が弱いけど、間違いないよ。」
息を飲むウィール。
「これ、運命石だね。」
「……え?」
ウィールの答えに、フィオリアがぱちくりと瞼を叩く。
その隣で。
「やっぱりそうか……」
シュルクは至って冷静だった。
そんなシュルクの反応に、フィオリアはさらに驚いた顔を見せる。
「えっ……シュルク、気付いてたの!?」
「どっちかってーと、俺はお前が気付いてなかったことにびっくりなんだけど?」
自分やウィールに触れられて、フィオリアには触れられないという現象。
リリアの取り乱した様子。
落ち着いて考えてみれば、あっけないくらい簡単に推論は立てられる。
「多分、それの持ち主はこの世にいないよ。」
言うと、ウィールが微かに眉を上げるのが分かった。
それで彼女が、自分の推論をほぼ正確に掴んだのだと知る。
「本来、運命石は持ち主が死ぬと共に消滅するもんだけど……」
「だからこそ、それが呪いの根源なんだろうな。」
シュルクがウィールの言葉を引き継いでそう述べたところで、フィオリアとザキの表情にも驚愕の色が広がっていった。
その昔、セイラが呪いをかけたとされるルルーシェの運命石。
この石が悲運の始まりなのだとしたら、色々と腑に落ちる。
彼女たちが何度生まれ変わっても、過去の記憶から逃れられないのも。
いつも同じ過ちを繰り返すことしかできないのも。
全ては、この運命石に宿った強い執念のせい。
悲しい記憶を残したこの運命石が、未だに昇華されない思いごとこの世に存在し続けているせいだ。
彼女たちは、ずっと二重の運命に囚われ続けている。
そしていつも、本来の自分としての運命ではなく、ルルーシェやセイラとしての運命しか選び取ることしかできなかった。
囚われているのだと、そう気付けないまま……
それほどまでに、この石に宿った心は強い。
「………っ」
シュルクは奥歯を噛み締めた。
この石をルルーシェの運命石だと認めることは、同時にフィオリアたちにかかる呪いの存在を認めるということ。
そして、その呪いの力からは逃れられないのだとしたら―――
「………」
疑念は、ぐるぐると巡る。
それを己の内に秘めたまま、シュルクは静かに目を閉じた。
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