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第4歩目 それぞれの思い
シュルクの違和感
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自分はそれでいいのか。
そう訊ねたフィオリアは、怯えた子犬のように瞳を潤ませていた。
「あんなに怒ってたじゃない。突然殺されそうになって、こんな風に隠れなきゃいけなくなって…。それで、どうして私に責任がないって思うの?」
「はあ?」
シュルクは眉をひそめる。
「だって、俺を殺そうとしたのはお前の母さんだろ? なんでお前を責めなきゃいけないんだよ。」
「だって……」
泣きそうな顔で両手を震わせるフィオリア。
「お母様は、私を恨んでる。だから、あなたを殺そうとしたのよ。そもそも、私があんな過ちを犯さなければ―――」
「だから、俺が意味分かんないって言ってんのはそこ!!」
どうやら、自分が言いたかったことの意味は彼女に全然通じていないらしい。
シュルクは苛立たしげに髪の毛を掻き回す。
思い込んでいる奴と話すのが、こんなにも疲れるなんて。
再び溜め息を吐き出し、シュルクは呆れた目でフィオリアを見下ろした。
「なんなの、お前。言ってることがめちゃくちゃなの、分からないわけ? お前の言う過ちって、ルルーシェがやらかしたやつだろ?」
「………?」
ここで、フィオリアの表情に変化が表れた。
何が言いたいのか理解できない。
不思議そうな彼女の瞳が、そう語っていた。
「俺には前世の記憶とやらがないから、いまいち理解できないんだけど……何? 記憶ってやつは、持ってるやつが全部ごっちゃになるわけ? どれが誰の記憶か、分からなくなったりすんの?」
「別に、そんなことはないけど……」
「だよな。お前の口から、ルルーシェ以外の記憶の話なんて聞いたことないし。」
とりあえず、自分の認識は間違っていないらしいことを確認。
ならば一安心だ。
ここは遠慮なく、自分の違和感をぶつけられる。
「もう一回訊くけど、お前はフィオリアだよな?」
「う、うん……」
「じゃあ、なんでそんなにルルーシェの記憶にこだわるわけ? ルルーシェの間違いはルルーシェの責任であって、フィオリアにはなんの責任もないだろ?」
「―――っ!!」
それを聞いたフィオリアが、大きく目を見開いた。
ようやく、こちらが言いたいことの意味を掴んでくれたらしい。
フィオリアとここで過ごすようになってから、時々まるで別人と話しているような気分になることがあった。
初めてその違和感を持ったのは、ここに来た翌日の朝。
彼女の悪戯っぽい笑みを見た時のことだ。
なんとなく察してはいたが、やはり自分の違和感は彼女の中には存在しないものだったらしい。
彼女は気付いていないのだ。
自分の中に、フィオリアとしての顔とルルーシェとしての顔の二つが混在していることに。
「お前はフィオリアとして生まれてきたのに、ルルーシェとして生きてる。そんなんだからずっと、同じ運命しか辿れないんじゃないのか?」
まばたきを繰り返すフィオリアに向けて、ずっと言いたくてたまらなかったことを告げる。
自分には、フィオリアたちが内に秘める前世の苦悩は分からない。
でも、フィオリアと話しながら違和感を持つようになって思った。
―――なんだか、可哀想だと。
ずっと孤独でいなきゃいけない呪い。
仮にそんな呪いがフィオリアを蝕んでいるのだとしても、本当につらいことはそれじゃない。
互いにつらい過去を忘れられずに、何度も同じ過ちを犯すことしかできない。
きっと、それこそが本当の呪いで、真につらいこと。
何も知らないからこそ、素直にそう感じた。
「本気で呪いに打ち勝ちたいなら―――運命を変えたいなら、今までの自分なんて捨てちまえよ。そうじゃなきゃ、俺もお前もこれまでと同じように無様に死ぬしかないぞ。」
確証はないが、なんとなくそう思った。
なんだか他力本願みたいで嫌なのだが、前に進むにはまず、彼女に自分の矛盾に気付いてもらわなければならない。
自分は、彼女に巻き込まれて死ぬなんてごめんなのだから。
「………」
フィオリアが、唇を噛んで視線を下に向ける。
その表情は紛れもなく、ルルーシェとしてのもので―――
ビシッ
ムカついたので、シュルクは遠慮なくフィオリアの額を指で弾いた。
「いたっ」
突然のことに驚いたのか、フィオリアが目を閉じて額を押さえた。
よほど痛かったのだろう。
目の端に涙が浮かんでいる。
まあ、力加減などしなかったので当然だろうけど。
「あのさ、俺が言いたいことは伝わった!?」
「は、はい!」
威圧感全開で怒鳴ると、フィオリアは条件反射のように何度も頷いた。
どうやら、自分はこういうタイプととことん相性が悪いらしい。
なんだか、無性にイライラする。
仮にも一国の姫様だということは重々承知しているが、どうしても怒鳴らずにいられないのだ。
「だったら、もう俺の前でそんな顔すんな。今後一切、謝るのも禁止だからな! お前はなんにも悪いことしてないんだ。堂々としてろ、この馬鹿!!」
「はい!」
「勢いに任せて頷いてるんじゃねぇぞ!? 本当に分かってんのか!?」
「はい!!」
「だーかーらー!!」
何なんだ、この漫才みたいなやり取りは。
頭の隅っこでそう突っ込む自分がいた気がしたが、止まることを知らない苛立ちに全ては掻き消されてしまった。
しばらくの間、小屋の中には説教をするシュルクの声と、必死に頷くフィオリアの声が賑やかに響いたという。
そう訊ねたフィオリアは、怯えた子犬のように瞳を潤ませていた。
「あんなに怒ってたじゃない。突然殺されそうになって、こんな風に隠れなきゃいけなくなって…。それで、どうして私に責任がないって思うの?」
「はあ?」
シュルクは眉をひそめる。
「だって、俺を殺そうとしたのはお前の母さんだろ? なんでお前を責めなきゃいけないんだよ。」
「だって……」
泣きそうな顔で両手を震わせるフィオリア。
「お母様は、私を恨んでる。だから、あなたを殺そうとしたのよ。そもそも、私があんな過ちを犯さなければ―――」
「だから、俺が意味分かんないって言ってんのはそこ!!」
どうやら、自分が言いたかったことの意味は彼女に全然通じていないらしい。
シュルクは苛立たしげに髪の毛を掻き回す。
思い込んでいる奴と話すのが、こんなにも疲れるなんて。
再び溜め息を吐き出し、シュルクは呆れた目でフィオリアを見下ろした。
「なんなの、お前。言ってることがめちゃくちゃなの、分からないわけ? お前の言う過ちって、ルルーシェがやらかしたやつだろ?」
「………?」
ここで、フィオリアの表情に変化が表れた。
何が言いたいのか理解できない。
不思議そうな彼女の瞳が、そう語っていた。
「俺には前世の記憶とやらがないから、いまいち理解できないんだけど……何? 記憶ってやつは、持ってるやつが全部ごっちゃになるわけ? どれが誰の記憶か、分からなくなったりすんの?」
「別に、そんなことはないけど……」
「だよな。お前の口から、ルルーシェ以外の記憶の話なんて聞いたことないし。」
とりあえず、自分の認識は間違っていないらしいことを確認。
ならば一安心だ。
ここは遠慮なく、自分の違和感をぶつけられる。
「もう一回訊くけど、お前はフィオリアだよな?」
「う、うん……」
「じゃあ、なんでそんなにルルーシェの記憶にこだわるわけ? ルルーシェの間違いはルルーシェの責任であって、フィオリアにはなんの責任もないだろ?」
「―――っ!!」
それを聞いたフィオリアが、大きく目を見開いた。
ようやく、こちらが言いたいことの意味を掴んでくれたらしい。
フィオリアとここで過ごすようになってから、時々まるで別人と話しているような気分になることがあった。
初めてその違和感を持ったのは、ここに来た翌日の朝。
彼女の悪戯っぽい笑みを見た時のことだ。
なんとなく察してはいたが、やはり自分の違和感は彼女の中には存在しないものだったらしい。
彼女は気付いていないのだ。
自分の中に、フィオリアとしての顔とルルーシェとしての顔の二つが混在していることに。
「お前はフィオリアとして生まれてきたのに、ルルーシェとして生きてる。そんなんだからずっと、同じ運命しか辿れないんじゃないのか?」
まばたきを繰り返すフィオリアに向けて、ずっと言いたくてたまらなかったことを告げる。
自分には、フィオリアたちが内に秘める前世の苦悩は分からない。
でも、フィオリアと話しながら違和感を持つようになって思った。
―――なんだか、可哀想だと。
ずっと孤独でいなきゃいけない呪い。
仮にそんな呪いがフィオリアを蝕んでいるのだとしても、本当につらいことはそれじゃない。
互いにつらい過去を忘れられずに、何度も同じ過ちを犯すことしかできない。
きっと、それこそが本当の呪いで、真につらいこと。
何も知らないからこそ、素直にそう感じた。
「本気で呪いに打ち勝ちたいなら―――運命を変えたいなら、今までの自分なんて捨てちまえよ。そうじゃなきゃ、俺もお前もこれまでと同じように無様に死ぬしかないぞ。」
確証はないが、なんとなくそう思った。
なんだか他力本願みたいで嫌なのだが、前に進むにはまず、彼女に自分の矛盾に気付いてもらわなければならない。
自分は、彼女に巻き込まれて死ぬなんてごめんなのだから。
「………」
フィオリアが、唇を噛んで視線を下に向ける。
その表情は紛れもなく、ルルーシェとしてのもので―――
ビシッ
ムカついたので、シュルクは遠慮なくフィオリアの額を指で弾いた。
「いたっ」
突然のことに驚いたのか、フィオリアが目を閉じて額を押さえた。
よほど痛かったのだろう。
目の端に涙が浮かんでいる。
まあ、力加減などしなかったので当然だろうけど。
「あのさ、俺が言いたいことは伝わった!?」
「は、はい!」
威圧感全開で怒鳴ると、フィオリアは条件反射のように何度も頷いた。
どうやら、自分はこういうタイプととことん相性が悪いらしい。
なんだか、無性にイライラする。
仮にも一国の姫様だということは重々承知しているが、どうしても怒鳴らずにいられないのだ。
「だったら、もう俺の前でそんな顔すんな。今後一切、謝るのも禁止だからな! お前はなんにも悪いことしてないんだ。堂々としてろ、この馬鹿!!」
「はい!」
「勢いに任せて頷いてるんじゃねぇぞ!? 本当に分かってんのか!?」
「はい!!」
「だーかーらー!!」
何なんだ、この漫才みたいなやり取りは。
頭の隅っこでそう突っ込む自分がいた気がしたが、止まることを知らない苛立ちに全ては掻き消されてしまった。
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