Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
30 / 218
第4歩目 それぞれの思い

シュルクの違和感

しおりを挟む
 自分はそれでいいのか。
 そう訊ねたフィオリアは、怯えた子犬のように瞳を潤ませていた。


「あんなに怒ってたじゃない。突然殺されそうになって、こんな風に隠れなきゃいけなくなって…。それで、どうして私に責任がないって思うの?」


「はあ?」


 シュルクは眉をひそめる。


「だって、俺を殺そうとしたのはお前の母さんだろ? なんでお前を責めなきゃいけないんだよ。」


「だって……」


 泣きそうな顔で両手を震わせるフィオリア。


「お母様は、私を恨んでる。だから、あなたを殺そうとしたのよ。そもそも、私があんな過ちを犯さなければ―――」


「だから、俺が意味分かんないって言ってんのはそこ!!」


 どうやら、自分が言いたかったことの意味は彼女に全然通じていないらしい。
 シュルクは苛立たしげに髪の毛を掻き回す。


 思い込んでいる奴と話すのが、こんなにも疲れるなんて。
 再び溜め息を吐き出し、シュルクは呆れた目でフィオリアを見下ろした。


「なんなの、お前。言ってることがめちゃくちゃなの、分からないわけ? お前の言う過ちって、ルルーシェがやらかしたやつだろ?」


「………?」


 ここで、フィオリアの表情に変化が表れた。


 何が言いたいのか理解できない。
 不思議そうな彼女の瞳が、そう語っていた。


「俺には前世の記憶とやらがないから、いまいち理解できないんだけど……何? 記憶ってやつは、持ってるやつが全部ごっちゃになるわけ? どれが誰の記憶か、分からなくなったりすんの?」


「別に、そんなことはないけど……」


「だよな。お前の口から、ルルーシェ以外の記憶の話なんて聞いたことないし。」


 とりあえず、自分の認識は間違っていないらしいことを確認。
 ならばひと安心だ。


 ここは遠慮なく、自分の違和感をぶつけられる。


「もう一回訊くけど、お前はフィオリアだよな?」


「う、うん……」


「じゃあ、なんでそんなにルルーシェの記憶にこだわるわけ? ルルーシェの間違いはルルーシェの責任であって、フィオリアにはなんの責任もないだろ?」


「―――っ!!」


 それを聞いたフィオリアが、大きく目を見開いた。
 ようやく、こちらが言いたいことの意味を掴んでくれたらしい。


 フィオリアとここで過ごすようになってから、時々まるで別人と話しているような気分になることがあった。


 初めてその違和感を持ったのは、ここに来た翌日の朝。
 彼女の悪戯いたずらっぽい笑みを見た時のことだ。


 なんとなく察してはいたが、やはり自分の違和感は彼女の中には存在しないものだったらしい。


 彼女は気付いていないのだ。


 自分の中に、フィオリアとしての顔とルルーシェとしての顔の二つが混在していることに。


「お前はフィオリアとして生まれてきたのに、ルルーシェとして生きてる。そんなんだからずっと、同じ運命しか辿れないんじゃないのか?」


 まばたきを繰り返すフィオリアに向けて、ずっと言いたくてたまらなかったことを告げる。


 自分には、フィオリアたちが内に秘める前世の苦悩は分からない。
 でも、フィオリアと話しながら違和感を持つようになって思った。


 ―――なんだか、可哀想だと。


 ずっと孤独でいなきゃいけない呪い。


 仮にそんな呪いがフィオリアをむしばんでいるのだとしても、本当につらいことはそれじゃない。


 互いにつらい過去を忘れられずに、何度も同じ過ちを犯すことしかできない。
 きっと、それこそが本当の呪いで、真につらいこと。


 何も知らないからこそ、素直にそう感じた。


「本気で呪いに打ち勝ちたいなら―――運命を変えたいなら、今までの自分なんて捨てちまえよ。そうじゃなきゃ、俺もお前もこれまでと同じように無様に死ぬしかないぞ。」


 確証はないが、なんとなくそう思った。


 なんだか他力本願みたいで嫌なのだが、前に進むにはまず、彼女に自分の矛盾に気付いてもらわなければならない。


 自分は、彼女に巻き込まれて死ぬなんてごめんなのだから。


「………」


 フィオリアが、唇を噛んで視線を下に向ける。
 その表情は紛れもなく、ルルーシェとしてのもので―――


 ビシッ


 ムカついたので、シュルクは遠慮なくフィオリアの額を指で弾いた。


「いたっ」


 突然のことに驚いたのか、フィオリアが目を閉じて額を押さえた。


 よほど痛かったのだろう。
 目の端に涙が浮かんでいる。


 まあ、力加減などしなかったので当然だろうけど。


「あのさ、俺が言いたいことは伝わった!?」
「は、はい!」


 威圧感全開で怒鳴ると、フィオリアは条件反射のように何度も頷いた。


 どうやら、自分はこういうタイプととことん相性が悪いらしい。
 なんだか、無性にイライラする。


 仮にも一国の姫様だということは重々承知しているが、どうしても怒鳴らずにいられないのだ。


「だったら、もう俺の前でそんな顔すんな。今後一切、謝るのも禁止だからな! お前はなんにも悪いことしてないんだ。堂々としてろ、この馬鹿!!」


「はい!」


「勢いに任せて頷いてるんじゃねぇぞ!? 本当に分かってんのか!?」


「はい!!」


「だーかーらー!!」


 何なんだ、この漫才みたいなやり取りは。


 頭のすみっこでそう突っ込む自分がいた気がしたが、止まることを知らない苛立ちに全ては掻き消されてしまった。


 しばらくの間、小屋の中には説教をするシュルクの声と、必死に頷くフィオリアの声が賑やかに響いたという。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...