Fairy Song

時雨青葉

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第4歩目 それぞれの思い

隠してきた心

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「くっそ、いってぇ……」


 暗い部屋の中で、シュルクは体中をむしばむ激痛に耐えていた。


 殺されそうになってから丸一日。


 あの時は逃げることに必死でそこまで痛みを感じなかったが、時間が経つにつれて、傷が発する激痛は耐えがたい苦痛へと変わっていった。


 特に破れた羽からの痛みは目をみはるほどで、体のどこが痛いのかすらも分からなくなるよう。


 ウィールが独自ルートで仕入れてくれた薬を使っても、この激痛が収まる気配はない。


 これは、楽になるまでにどれだけかかることか。


 痛くて意識は朦朧もうろうとするのに、その痛みのせいで気を失うまでの一線を越えられない。


 そんな気持ち悪い感覚とひたすら戦っていると、ふとドアか開く音を聞いたような気がした。


 気のせいかと思ったが、すぐに枕元の明かりがつけられたことで、それが現実であると知る。


「なんだよ……」


 傍に立つフィオリアを見上げ、シュルクは気だるげに言う。


「すごく苦しそうだったから……」


 フィオリアは小さく答え、持ってきた器から水で濡らしたタオルを取り出した。


「すごい熱……」


 シュルクの額に浮いた脂汗を拭いながら、フィオリアはそっとその頬に触れた。


 やけに体がだるいと思ったら、熱まで出ていたらしい。


 シュルクは深く息を吐きながら目を閉じる。


 当てられたタオルと、フィオリアの手の冷たさが心地良い。
 それで……ほんの少しだけ、気が緩んだ。


「ごめんなさい。」


 遠くに響く、フィオリアの声。


「せっかく城に目をつけられないようにって、守ってもらえてたのに…。私は、あなたの生活を壊してしまったよね……」


 守って、もらえてた…?


 幾重いくえにも響く言葉の中で、それだけが脳裏をかすめる。


「違う……」


 ぽつりと口から漏れたのは、ずっと押し殺していた心。


「守られてた……でも、それだけじゃない。」


 ぼうっとした意識では、一度零れた言葉を止めることはできなかった。


「みんな……本当は、怖かったんだ。」
「え…?」


 フィオリアが目を見開く。


「俺、無駄に霊子を引き寄せるから……第四霊神以下の霊神を召喚しようとすると、暴発しちゃうんだよね。みんなと同じ霊神を召喚しても、威力が馬鹿みたいに違うんだ。立派な、化け物……だよ、な……」


「そんなこと……」
「ない、と……思うか?」


 シュルクは力なく笑う。


「霊神召喚の出力を、自分じゃコントロールできないんだぜ。そんなの、化け物以外のなんでもないよ。だから……俺……十歳まで、家の外に出たことがなかった。」


 すぐ横で、息を飲む気配がする。


(そりゃ、驚くだろうな……)


 そんなことをぼんやり思ったが、やはり口は止まらない。


「先生が言ってただろ? 霊子をはねけるまじないをしたって、俺には霊子がまとわりついてくるんだ。俺がめぐだってばれないような策が出るまでは、俺を外に出すわけにはいかなかった。……それが、一個の理由。もう一つは……俺の存在が、町のみんなの混乱を招くことをけたかったから。だって……怖いだろ? 自分の隣に、化け物がいるかもしれないなんて。」


「………」


「父さんも母さんも、先生たちもそうとは言わなかったけど……なんとなく、伝わるんだよね。ああ、怖がられてるなって……」


 自分の記憶の大半は、カーテンが閉めきられた家の中の景色で埋まっている。


 昔は何も知らなくて、外に出してもらえないことに疑問を投げかけては病気だからだと言われ、それが納得できずに泣き散らしたものだ。


 そしてある時、感情が高ぶった時により一層集まってくる霊子たちに、両親がわずかに怯えた表情を見せることに気付いた。


 恵み子は、呪文の詠唱なしに霊神召喚ができたという伝承もある。


 もし自分が無意識で霊神を召喚してしまったら、自分や周囲にどんな影響が出るのか。


 優しい両親がそれを恐れたのだろうということは、今ならなんとなく察しがつく。


 だが、幼い自分が感じることができたのは、両親の目に揺れる、制御しきれない未知の力に対する本能的な恐怖だけだった。


 父も母も、自分が感情を乱すことと、自分に集まってくる霊子を怖がっている。


 それが分かってからできるだけ感情を表情に出さないようになり、霊子を拒絶するようになった。


 そうやって過ごすうちに霊子を綺麗に弾けるようになり、初めて外に出たのが十歳の頃。
 自分の体質について理解したのが、その二年後。
 自由に行動することを許されたのは、学校を卒業してからのことだった。


 実のところ、自分の空への憧れが強いのは、この町から出られないからではない。


 いつだって自分の根幹にあるのは、カーテンの隙間から外を眺めることしかできなかった幼い日々なのだ。


 あの十年以上の年月があるからこそ、自分は余計に、自由の象徴とも言える空を求めてしまうのだろう。


 叶わないと知っているのに。
 諦めるしかないと、理解しているはずなのに。


 それなのに、どうしても……


 そして、空を求める度に思ってしまう。




「………俺、なんで生まれてきちゃったんだろ…?」




 今この時に、どうして自分はこんな風に生まれてしまったのだろう。


 せめて普通に生まれることができたなら、きっと両親もザキたちもこんなに苦労しなかった。


 自分も皆と同じように運命の相手に夢を見て、旅立つ日を心待ちにできたはずなのに。


 自分だって、本当は皆と同じように……


「……なに、言ってるんだろうな、俺。」


 呟く。


 こんな話をしても、なんの意味もないのに。
 出会って間もない彼女に、自分はどうしてこんな話をしてしまっているのだろう。


 薄ぼんやりとした視界の中、フィオリアの姿が陽炎かげろうのように揺れている。


 これは……幻?


 ああ、彼女の姿が幻なら。
 これが、ただの独り言だったならいい。


 これは、ずっと隠してきた心。
 口を閉ざして、一生語るつもりはなかった気持ち。


 言えば、多くの人を傷つけると知っていた。
 だから……


 どちらにせよ、熱に浮かされた頭では何も考えられそうになかった。


「ごめ……忘、れて……」


 そう告げた頃には、もう意識のほとんどが深い眠りのふちに落ちていた。


「………」


 気を失うように眠ったシュルクの顔を、フィオリアは無言で見つめていた。
 手を伸ばし、そっとその頬に触れて優しくなでる。


「ごめんね。でも、私―――」


 彼女の囁きを、シュルクは知らない。

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