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第3歩目 呪い
自分の相手は―――
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さっきまでの騒音はどこへやら。
降り立った先は、閑静な住宅街の中だった。
どこかは判断できないが、とりあえず城からの脱出には成功したらしい。
そこまで把握した瞬間、自分を立たせていた気力という気力が尽きてしまった。
「………っ」
声もなくその場に膝をついたシュルクに、フィオリアが慌てて姿勢を低くした。
「大丈夫?」
「だから、大丈夫じゃないって……言った……」
シュルクは、苦しげな呼吸を繰り返す。
痛みと眩暈で吐き気がする。
許されるなら、今ここで倒れて眠ってしまいたいくらいだ。
「とにかく……ここがどこなのかを確認しなきゃ。」
ワーパリアを召喚したのは、ほんの数秒。
おそらく、そんなに城から離れていないはずだ。
まだ、安心はできない。
「ワンワンッ」
背後から、犬が吠える声がした。
それに振り返ると、可愛らしい小型犬がこちらへと駆け寄ってくるところだった。
犬はシュルクの隣まで来ると匂いを嗅ぎ、尻尾を振ってシュルクの体に頬ずりをする。
その犬には、見覚えがあった。
「ヴェスティー…」
シュルクは優しくヴェスティーの背をなでる。
すると、ヴェスティーは心地よさそうに目を閉じ、次にシュルクの服を噛んでぐいぐいと引っ張った。
「さすがは先生。もうばれたか……」
苦笑し、シュルクは最後の気力を振り絞って立ち上がった。
「行くぞ。」
告げると、フィオリアが当惑顔を見せる。
「どこに……」
「あいつについていけば大丈夫だ。」
一応声はかけたが、別にフィオリアが一緒に来ようがこまいがどうでもいい。
シュルクはフィオリアを待たずに、ヴェスティーを追って歩き出した。
どうやらここは、自分が住んでいる地区からそんなに離れていなかったらしい。
歩くこと十五分。
辿り着いたのは、学校に隣接した一軒の家だ。
(ここまで来れば……)
シュルクは家のドアを軽くノックし、返事を待つことなくドアを開けた。
案の定、鍵はかかっていなかった。
「この大馬鹿者!!」
迎えてきたのは、大きな怒号。
これも想定内である。
ドアの前で仁王立ちになっていたのは、厳めしい顔をした男性だ。
彼の名はザキ。
家の隣に建っている学校の校長で、その指導が厳しいことで有名だ。
色々と訳ありだった自分は、学校を卒業してからも何かと世話になっている。
「あれほど霊神召喚は禁止だと言ったのに、何をしている!? お前自身のためにも落ち零れでいろと、あれほど―――」
「分かってる。説教はいくらでも聞くから、今は座らせて……」
「シュルク!?」
その時、ザキの後ろから女性の悲鳴が聞こえた。
「あんた、おどき!」
ザキを押しのけてシュルクの前に立ったのは、ウィールだった。
「シュルク……お前さん、どうしたんだい。そんな傷だらけで……」
ウィールは痛々しげに眉を寄せて、シュルクの腕に触れる。
すると、それでようやくシュルクの悲惨な姿に気付いたらしいザキが目を見開いた。
「お前、なんだその怪我は?」
「今さらかい!? あんたの目ん玉は、どこについてるんだい! だから、あたしは言ったんだ。あの子が理由もなしに、約束を破るわけないって!! ほら、早くお座り。すぐに手当てするから。」
「ごめん……」
シュルクは素直にウィールについていき、椅子に腰かける。
その時―――
「そういえば……」
これまで存在すら忘れていたフィオリアの声が、耳朶を打った。
「あなた、病気で霊神召喚はできないって……」
困惑したように呟くフィオリア。
それで彼女の存在に気付いたザキとウィールが、揃って驚愕した。
「あなた様は、まさか……」
さすがに驚天動地だったのか、ザキが呻くような声をあげる。
対するウィールは、取り乱した様子でシュルクの肩を掴んだ。
「シュルク、どうしてこの方と一緒に!?」
「成り行きで、一緒に逃げてきた。」
端的に事実を述べる。
「ってことは、やっぱり……」
「ああ。」
ウィールが何を言おうとしているのかは明らかだったので、シュルクは静かに頷いた。
「どうやら……俺のお相手は、そのお姫様らしい。」
さすがにもう言い逃れはできないので、シュルクは素直に認めた。
途端に、重たい沈黙に満たされる室内。
ウィールが珍しく、表情を曇らせる。
確かめてこいと言って自分を送り出したものの、本当はそれがただの人違いであってほしいと思っていたに違いない。
自分だって、そうならいいと思っていた。
運命の相手に出会えたのは、幸運で喜ばしいこと。
でも、自分もザキやウィールもそれを素直に喜べなかった。
「よりによって対の相手が王族とは、皮肉なもんだな。」
自分とウィールの心境を代弁したかのような、ザキの言葉。
彼は大きな溜め息を吐き、フィオリアへと視線を向けた。
「そんなところに立っていないで、どうぞお座りください。色々と、お訊きしたいこともあるので。」
「……はい。」
こうなることは、覚悟していたのだろう。
フィオリアは覇気のない声をしながらもしっかりと頷いて、シュルクの向かいの椅子へと腰を下ろした。
降り立った先は、閑静な住宅街の中だった。
どこかは判断できないが、とりあえず城からの脱出には成功したらしい。
そこまで把握した瞬間、自分を立たせていた気力という気力が尽きてしまった。
「………っ」
声もなくその場に膝をついたシュルクに、フィオリアが慌てて姿勢を低くした。
「大丈夫?」
「だから、大丈夫じゃないって……言った……」
シュルクは、苦しげな呼吸を繰り返す。
痛みと眩暈で吐き気がする。
許されるなら、今ここで倒れて眠ってしまいたいくらいだ。
「とにかく……ここがどこなのかを確認しなきゃ。」
ワーパリアを召喚したのは、ほんの数秒。
おそらく、そんなに城から離れていないはずだ。
まだ、安心はできない。
「ワンワンッ」
背後から、犬が吠える声がした。
それに振り返ると、可愛らしい小型犬がこちらへと駆け寄ってくるところだった。
犬はシュルクの隣まで来ると匂いを嗅ぎ、尻尾を振ってシュルクの体に頬ずりをする。
その犬には、見覚えがあった。
「ヴェスティー…」
シュルクは優しくヴェスティーの背をなでる。
すると、ヴェスティーは心地よさそうに目を閉じ、次にシュルクの服を噛んでぐいぐいと引っ張った。
「さすがは先生。もうばれたか……」
苦笑し、シュルクは最後の気力を振り絞って立ち上がった。
「行くぞ。」
告げると、フィオリアが当惑顔を見せる。
「どこに……」
「あいつについていけば大丈夫だ。」
一応声はかけたが、別にフィオリアが一緒に来ようがこまいがどうでもいい。
シュルクはフィオリアを待たずに、ヴェスティーを追って歩き出した。
どうやらここは、自分が住んでいる地区からそんなに離れていなかったらしい。
歩くこと十五分。
辿り着いたのは、学校に隣接した一軒の家だ。
(ここまで来れば……)
シュルクは家のドアを軽くノックし、返事を待つことなくドアを開けた。
案の定、鍵はかかっていなかった。
「この大馬鹿者!!」
迎えてきたのは、大きな怒号。
これも想定内である。
ドアの前で仁王立ちになっていたのは、厳めしい顔をした男性だ。
彼の名はザキ。
家の隣に建っている学校の校長で、その指導が厳しいことで有名だ。
色々と訳ありだった自分は、学校を卒業してからも何かと世話になっている。
「あれほど霊神召喚は禁止だと言ったのに、何をしている!? お前自身のためにも落ち零れでいろと、あれほど―――」
「分かってる。説教はいくらでも聞くから、今は座らせて……」
「シュルク!?」
その時、ザキの後ろから女性の悲鳴が聞こえた。
「あんた、おどき!」
ザキを押しのけてシュルクの前に立ったのは、ウィールだった。
「シュルク……お前さん、どうしたんだい。そんな傷だらけで……」
ウィールは痛々しげに眉を寄せて、シュルクの腕に触れる。
すると、それでようやくシュルクの悲惨な姿に気付いたらしいザキが目を見開いた。
「お前、なんだその怪我は?」
「今さらかい!? あんたの目ん玉は、どこについてるんだい! だから、あたしは言ったんだ。あの子が理由もなしに、約束を破るわけないって!! ほら、早くお座り。すぐに手当てするから。」
「ごめん……」
シュルクは素直にウィールについていき、椅子に腰かける。
その時―――
「そういえば……」
これまで存在すら忘れていたフィオリアの声が、耳朶を打った。
「あなた、病気で霊神召喚はできないって……」
困惑したように呟くフィオリア。
それで彼女の存在に気付いたザキとウィールが、揃って驚愕した。
「あなた様は、まさか……」
さすがに驚天動地だったのか、ザキが呻くような声をあげる。
対するウィールは、取り乱した様子でシュルクの肩を掴んだ。
「シュルク、どうしてこの方と一緒に!?」
「成り行きで、一緒に逃げてきた。」
端的に事実を述べる。
「ってことは、やっぱり……」
「ああ。」
ウィールが何を言おうとしているのかは明らかだったので、シュルクは静かに頷いた。
「どうやら……俺のお相手は、そのお姫様らしい。」
さすがにもう言い逃れはできないので、シュルクは素直に認めた。
途端に、重たい沈黙に満たされる室内。
ウィールが珍しく、表情を曇らせる。
確かめてこいと言って自分を送り出したものの、本当はそれがただの人違いであってほしいと思っていたに違いない。
自分だって、そうならいいと思っていた。
運命の相手に出会えたのは、幸運で喜ばしいこと。
でも、自分もザキやウィールもそれを素直に喜べなかった。
「よりによって対の相手が王族とは、皮肉なもんだな。」
自分とウィールの心境を代弁したかのような、ザキの言葉。
彼は大きな溜め息を吐き、フィオリアへと視線を向けた。
「そんなところに立っていないで、どうぞお座りください。色々と、お訊きしたいこともあるので。」
「……はい。」
こうなることは、覚悟していたのだろう。
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