竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編3】伝説が生まれるまで

カウント23 響く慟哭

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 それからまた、数日が過ぎた。
 ランドルフはあの日以降、オレの元に現れない。


 そりゃ、オレの様子ばかり見に来てたら疑われますよね。
 事情はなんとなく分かりますとも。


 だが、結局彼が胸の奥に何を秘めているのかは分からないまま。


 メールも契約を交わした時の二通だけで、未だにオレは、あの人を信用していいのか判断できない。


 まあ大人しくしていろと言われたので、何かしらの進展があるまではじっとしているつもりだけど。


 眩暈めまいも落ち着き、頭の包帯も取れ、さすがに暇を持て余す日々。




 一日、また一日と時は流れて―――その日は、唐突に訪れた。




「………ん?」


 廊下の物音が耳に入って、オレは布団の中からドアの方をうかがった。


 こんな真夜中に、何かあったのだろうか?


 カードをかざす音やカードを読み込む電子音を聞きながら、オレは上半身を起こしてベッドから足だけを下ろす。


 オレの様子を見に来る物好きは、今のところランドルフだけだ。
 どうせ、また彼なのだろう。


 そう思っていたオレは、大して緊張もせずにランドルフが入ってくるのを待った。


 無駄に長い時間をかけて、オートロックが外れる。


 バンッ


 彼らしくない乱暴な手つきでドアが開かれた。
 それも当然。


 部屋に入ってきたのは、ランドルフではなかったのだから。




「タッ、ターニャ!?」




 夢にも思わなかったその来客に、オレは瞠目して腰を浮かしていた。


 部屋の中に入ってきたターニャは、肩で大きく息をしながら膝に手をついている。


 きっと、相当な距離を走ってきたのだろう。
 その額から、汗が流れていくのが見えた。


「なんで、ここに……」
「ラン、ドルフさんが…っ」


 荒い呼吸を落ち着けようとしながら、ターニャは必死に言葉をつむぐ。


「ディアが、ここにいるって……教えてくれました。今日だけなら……会いに行っても、大丈夫だって……」


 ターニャが手に持っているカードには、ランドルフの顔写真が入っている。


 あの人、ターニャをオレに会わせるために、わざわざ自分のカードを渡したのか?
 慎重派っぽい顔をしておきながら、意外と大胆なことをする。


「ターニャ……」


 オレはそっとターニャの肩に手を置く。
 すると。


「―――っ」


 ターニャは顔を歪め、オレの胸の中に飛び込んできた。


「ごめんなさい……ごめんなさい!」


 ターニャは、オレの服をくしゃくしゃに握る。


「私のせいです。全部……全部、私が甘えてたから…っ。あなたに会いたいなんて思ったから……だから、こうやってつけ込まれてしまった。優しいあなたの人生を……私が壊してしまった…っ」


「ターニャ……」


「ふっ……うああああっ!!」


 ターニャは大声をあげて泣く。
 そんなターニャを、オレは黙って抱き締めてやることしかできなかった。


 謝るな、なんて。
 そんな酷なことは言えなかった。


 今は黙って、ターニャに胸の内を吐き出させてやる。
 それが、オレにできる精一杯のことだった。


「こんな、つもりじゃなかった…。ただ……ただ、あなたと話せれば、それで…っ、それでよかったんです。」


「うん。」


「あなたの話を聞くのは、楽しかった…。だから、あなたが教師になった後も……たまに、そんな楽しい話が聞ければって……それが、私の楽しみになればいいって……それだけで、きっと幸せだって……そう…………思った、だけだったのに…っ」


「うん。分かってるよ。」


「なのに、どうして…っ」


 ……ほら、やっぱりな。


 腕の中で小さく震える肩を見下ろしながら、オレも胸が引き絞られる思いだった。


 ターニャが求めていたものは、当たり前のもの。


 普通に生きていれば、きっとなんの疑問もなく、当然のように受け取れたささやかな触れ合い。


 ただ、それだけだったんだ。


「私……あなた、に……ルルアになんて……行ってほしくない……」


 ターニャは、すがるようにオレにしがみつく。


「でも……ルルアに行く以外に残されている道は、もっと過酷なんです。あなたの夢を潰すだけじゃない……あなたの命すらも、危険にさらしてしまう。」


「そっか。」


「嫌です……嫌です!! あなたに遠くへ行ってほしくない…。でも、あなたの命だって守りたい…。本当は、どっちの道も選びたくなんかないんです…っ」


「ターニャ。」


 オレは静かに名前を呼んで、子供のように首を振るターニャの顔をそっと上向かせる。
 真っ赤にれた目元を親指でなでて、その目尻に溜まった涙を丁寧に拭ってやった。


「オレは大丈夫だよ。」


 濡れる瞳を見つめて告げる。


「大丈夫。オレは、どんな壁でも越えてみせる。そしていつか、ちゃんと自分の夢も叶える。約束する。だから……」


 なんて切ない顔をしてるんだろう、オレは。


 ターニャの瞳に映る自分は、今まで一度も見たことがない表情をたたえていた。


 きっと〝飢えている〟って、こういうことなんだろう。




「だから……―――もっと望んで?」




 己の中に渦巻く衝動をぐっとこらえ、オレはターニャに語りかけた。

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