584 / 598
【番外編3】伝説が生まれるまで
カウント23 響く慟哭
しおりを挟む
それからまた、数日が過ぎた。
ランドルフはあの日以降、オレの元に現れない。
そりゃ、オレの様子ばかり見に来てたら疑われますよね。
事情はなんとなく分かりますとも。
だが、結局彼が胸の奥に何を秘めているのかは分からないまま。
メールも契約を交わした時の二通だけで、未だにオレは、あの人を信用していいのか判断できない。
まあ大人しくしていろと言われたので、何かしらの進展があるまではじっとしているつもりだけど。
眩暈も落ち着き、頭の包帯も取れ、さすがに暇を持て余す日々。
一日、また一日と時は流れて―――その日は、唐突に訪れた。
「………ん?」
廊下の物音が耳に入って、オレは布団の中からドアの方を窺った。
こんな真夜中に、何かあったのだろうか?
カードをかざす音やカードを読み込む電子音を聞きながら、オレは上半身を起こしてベッドから足だけを下ろす。
オレの様子を見に来る物好きは、今のところランドルフだけだ。
どうせ、また彼なのだろう。
そう思っていたオレは、大して緊張もせずにランドルフが入ってくるのを待った。
無駄に長い時間をかけて、オートロックが外れる。
バンッ
彼らしくない乱暴な手つきでドアが開かれた。
それも当然。
部屋に入ってきたのは、ランドルフではなかったのだから。
「タッ、ターニャ!?」
夢にも思わなかったその来客に、オレは瞠目して腰を浮かしていた。
部屋の中に入ってきたターニャは、肩で大きく息をしながら膝に手をついている。
きっと、相当な距離を走ってきたのだろう。
その額から、汗が流れていくのが見えた。
「なんで、ここに……」
「ラン、ドルフさんが…っ」
荒い呼吸を落ち着けようとしながら、ターニャは必死に言葉を紡ぐ。
「ディアが、ここにいるって……教えてくれました。今日だけなら……会いに行っても、大丈夫だって……」
ターニャが手に持っているカードには、ランドルフの顔写真が入っている。
あの人、ターニャをオレに会わせるために、わざわざ自分のカードを渡したのか?
慎重派っぽい顔をしておきながら、意外と大胆なことをする。
「ターニャ……」
オレはそっとターニャの肩に手を置く。
すると。
「―――っ」
ターニャは顔を歪め、オレの胸の中に飛び込んできた。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
ターニャは、オレの服をくしゃくしゃに握る。
「私のせいです。全部……全部、私が甘えてたから…っ。あなたに会いたいなんて思ったから……だから、こうやってつけ込まれてしまった。優しいあなたの人生を……私が壊してしまった…っ」
「ターニャ……」
「ふっ……うああああっ!!」
ターニャは大声をあげて泣く。
そんなターニャを、オレは黙って抱き締めてやることしかできなかった。
謝るな、なんて。
そんな酷なことは言えなかった。
今は黙って、ターニャに胸の内を吐き出させてやる。
それが、オレにできる精一杯のことだった。
「こんな、つもりじゃなかった…。ただ……ただ、あなたと話せれば、それで…っ、それでよかったんです。」
「うん。」
「あなたの話を聞くのは、楽しかった…。だから、あなたが教師になった後も……たまに、そんな楽しい話が聞ければって……それが、私の楽しみになればいいって……それだけで、きっと幸せだって……そう…………思った、だけだったのに…っ」
「うん。分かってるよ。」
「なのに、どうして…っ」
……ほら、やっぱりな。
腕の中で小さく震える肩を見下ろしながら、オレも胸が引き絞られる思いだった。
ターニャが求めていたものは、当たり前のもの。
普通に生きていれば、きっとなんの疑問もなく、当然のように受け取れたささやかな触れ合い。
ただ、それだけだったんだ。
「私……あなた、に……ルルアになんて……行ってほしくない……」
ターニャは、すがるようにオレにしがみつく。
「でも……ルルアに行く以外に残されている道は、もっと過酷なんです。あなたの夢を潰すだけじゃない……あなたの命すらも、危険にさらしてしまう。」
「そっか。」
「嫌です……嫌です!! あなたに遠くへ行ってほしくない…。でも、あなたの命だって守りたい…。本当は、どっちの道も選びたくなんかないんです…っ」
「ターニャ。」
オレは静かに名前を呼んで、子供のように首を振るターニャの顔をそっと上向かせる。
真っ赤に腫れた目元を親指でなでて、その目尻に溜まった涙を丁寧に拭ってやった。
「オレは大丈夫だよ。」
濡れる瞳を見つめて告げる。
「大丈夫。オレは、どんな壁でも越えてみせる。そしていつか、ちゃんと自分の夢も叶える。約束する。だから……」
なんて切ない顔をしてるんだろう、オレは。
ターニャの瞳に映る自分は、今まで一度も見たことがない表情をたたえていた。
きっと〝飢えている〟って、こういうことなんだろう。
「だから……―――もっと望んで?」
己の中に渦巻く衝動をぐっとこらえ、オレはターニャに語りかけた。
ランドルフはあの日以降、オレの元に現れない。
そりゃ、オレの様子ばかり見に来てたら疑われますよね。
事情はなんとなく分かりますとも。
だが、結局彼が胸の奥に何を秘めているのかは分からないまま。
メールも契約を交わした時の二通だけで、未だにオレは、あの人を信用していいのか判断できない。
まあ大人しくしていろと言われたので、何かしらの進展があるまではじっとしているつもりだけど。
眩暈も落ち着き、頭の包帯も取れ、さすがに暇を持て余す日々。
一日、また一日と時は流れて―――その日は、唐突に訪れた。
「………ん?」
廊下の物音が耳に入って、オレは布団の中からドアの方を窺った。
こんな真夜中に、何かあったのだろうか?
カードをかざす音やカードを読み込む電子音を聞きながら、オレは上半身を起こしてベッドから足だけを下ろす。
オレの様子を見に来る物好きは、今のところランドルフだけだ。
どうせ、また彼なのだろう。
そう思っていたオレは、大して緊張もせずにランドルフが入ってくるのを待った。
無駄に長い時間をかけて、オートロックが外れる。
バンッ
彼らしくない乱暴な手つきでドアが開かれた。
それも当然。
部屋に入ってきたのは、ランドルフではなかったのだから。
「タッ、ターニャ!?」
夢にも思わなかったその来客に、オレは瞠目して腰を浮かしていた。
部屋の中に入ってきたターニャは、肩で大きく息をしながら膝に手をついている。
きっと、相当な距離を走ってきたのだろう。
その額から、汗が流れていくのが見えた。
「なんで、ここに……」
「ラン、ドルフさんが…っ」
荒い呼吸を落ち着けようとしながら、ターニャは必死に言葉を紡ぐ。
「ディアが、ここにいるって……教えてくれました。今日だけなら……会いに行っても、大丈夫だって……」
ターニャが手に持っているカードには、ランドルフの顔写真が入っている。
あの人、ターニャをオレに会わせるために、わざわざ自分のカードを渡したのか?
慎重派っぽい顔をしておきながら、意外と大胆なことをする。
「ターニャ……」
オレはそっとターニャの肩に手を置く。
すると。
「―――っ」
ターニャは顔を歪め、オレの胸の中に飛び込んできた。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
ターニャは、オレの服をくしゃくしゃに握る。
「私のせいです。全部……全部、私が甘えてたから…っ。あなたに会いたいなんて思ったから……だから、こうやってつけ込まれてしまった。優しいあなたの人生を……私が壊してしまった…っ」
「ターニャ……」
「ふっ……うああああっ!!」
ターニャは大声をあげて泣く。
そんなターニャを、オレは黙って抱き締めてやることしかできなかった。
謝るな、なんて。
そんな酷なことは言えなかった。
今は黙って、ターニャに胸の内を吐き出させてやる。
それが、オレにできる精一杯のことだった。
「こんな、つもりじゃなかった…。ただ……ただ、あなたと話せれば、それで…っ、それでよかったんです。」
「うん。」
「あなたの話を聞くのは、楽しかった…。だから、あなたが教師になった後も……たまに、そんな楽しい話が聞ければって……それが、私の楽しみになればいいって……それだけで、きっと幸せだって……そう…………思った、だけだったのに…っ」
「うん。分かってるよ。」
「なのに、どうして…っ」
……ほら、やっぱりな。
腕の中で小さく震える肩を見下ろしながら、オレも胸が引き絞られる思いだった。
ターニャが求めていたものは、当たり前のもの。
普通に生きていれば、きっとなんの疑問もなく、当然のように受け取れたささやかな触れ合い。
ただ、それだけだったんだ。
「私……あなた、に……ルルアになんて……行ってほしくない……」
ターニャは、すがるようにオレにしがみつく。
「でも……ルルアに行く以外に残されている道は、もっと過酷なんです。あなたの夢を潰すだけじゃない……あなたの命すらも、危険にさらしてしまう。」
「そっか。」
「嫌です……嫌です!! あなたに遠くへ行ってほしくない…。でも、あなたの命だって守りたい…。本当は、どっちの道も選びたくなんかないんです…っ」
「ターニャ。」
オレは静かに名前を呼んで、子供のように首を振るターニャの顔をそっと上向かせる。
真っ赤に腫れた目元を親指でなでて、その目尻に溜まった涙を丁寧に拭ってやった。
「オレは大丈夫だよ。」
濡れる瞳を見つめて告げる。
「大丈夫。オレは、どんな壁でも越えてみせる。そしていつか、ちゃんと自分の夢も叶える。約束する。だから……」
なんて切ない顔をしてるんだろう、オレは。
ターニャの瞳に映る自分は、今まで一度も見たことがない表情をたたえていた。
きっと〝飢えている〟って、こういうことなんだろう。
「だから……―――もっと望んで?」
己の中に渦巻く衝動をぐっとこらえ、オレはターニャに語りかけた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです
魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。
「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」
「ええっ!?」
いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。
「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」
攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる