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【番外編3】伝説が生まれるまで
カウント22 契約
しおりを挟む「……少しでも君に同情した私が馬鹿だったかな、これは。」
小さく息を吐いたランドルフが、そんなことを呟く。
「同情? あなたがですか?」
こんな状況に追い込んだ側の人間が、随分と滑稽なことを言うもんだ。
だが、小馬鹿にしたようなオレの言葉に、ランドルフは大真面目に頷いた。
「まだ学生なのに、君もとんだ災難だと思ったのだよ。あんな―――」
「あ、ちょっと待ってください。」
オレは瞬時に、ランドルフの言葉を遮った。
「その先は言わないでくれます? 何を言おうとしてるかは、大体分かったんで。せっかく大人しくしてるのに、暴力沙汰は起こしたくないんですよ。」
聞いてはいけない。
この先の言葉を聞いたら、オレの我慢の糸は簡単に切れてしまう。
「私には、君の考えがいまいち分からないね。」
ランドルフは肩をすくめた。
「普通なら、竜使いに関わられるだけでも迷惑だというのに…。その竜使いにここまで振り回されて、どうしてそんなに笑っていられるんだい? さすがに、人がよすぎるのではないかな?」
「だから―――」
気付けばオレは立ち上がり、ランドルフの胸ぐらを掴んで強く引き寄せていた。
「あのなぁ……オレが一ミリも怒ってないと思ったら、大間違いだからな?」
だめだ。
死ぬ気でずっと腹の奥に押し殺していたのに。
「ふざけんな!! お前に、ターニャの寂しさが分かるのか!? あの人は、自分の役割も未来も全部分かってた! 努力しても報われないって知ってた! それでも……責任を問われた時に、堂々とそれを背負えるような国にしておきたいって、そう言ってたんだぞ!?」
一度暴れ出した激情は、理性では止められない。
「別に、ほっといてやればよかっただろ。ちょっとの間でも、ただの女の子になるくらい。そんな小さな幸せくらい……奪わなくてもよかっただろうが。ちくしょう…っ」
あんなささやかな幸せすら、守ってやれなかった。
それが一番やるせない。
このまま交流を続けたとしても、ターニャは絶対にオレを宮殿に引き込もうとはしなかっただろう。
だって、彼女が欲していたのは政治の戦力じゃないんだから。
彼女が欲していたのは、自分を一人の人間として見てくれる誰か。
ただ、それだけなんだ……
「顔を上げなさい。」
殴りかかりたい衝動を必死に抑えるオレの耳に、やけに静かなランドルフの声が響く。
何故か、その声に抗えなかった。
オレはのろのろと顔を上げ、ランドルフの深い藍色の双眸と目を合わせる。
「彼女のことが好きなのかい?」
ランドルフは、静かに問うた。
「…………え?」
高く外れた、オレの間抜けな声。
〝好き?〟
脳裏で大きく響いたその言葉は、すっとオレの中に染み渡っていった。
そうだ。
理解っていたじゃないか。
手を伸ばせば、すがられてしまうと。
竜使いの人々は己の境遇を受け入れながらも、本当は自分を受け入れて支えてくれる誰かの存在を強く求めている。
特に、生まれ育った環境故に誰からも一線を引かれてしまう彼女は、そんな欲求が誰よりも強かったはず。
それを知っていて、オレは彼女に手を差し伸べた。
差し伸べてしまった。
理由なんて、一つしかない。
―――オレはずっと前から、彼女に囚われていたんだ。
ピリリッ、ピリリッ
突然鳴り響く、オレの携帯電話。
その軽快な電子音は、たった今自分の気持ちを自覚したオレの意識を現実へと引き戻すきっかけになった。
オレは、信じられない心地でそれを見下ろす。
鳴るはずのない携帯電話が、どうして……
思わずランドルフを見ると、彼は無言のままチカチカと光る携帯電話を示した。
ランドルフに促されるままに、オレは携帯電話へと手を伸ばす。
電波は圏外なのに、開いた画面には新着メールが一件。
オレは固唾を飲んで、メールのボタンをタッチした。
〈このメッセージは、君が一読したら消えるようになっている。チャンスは一度きり。言葉はいらない。答えがイエスなら、頷きなさい。〉
一言一句を脳内に焼きつけるように、オレはゆっくりとメールの文章を追った。
メールはその前置きの後、しばらく白紙の状態が続いた。
もどかしさが手に表れてしまい、画面をスクロールする指が震える。
そしてようやく、オレは本文に辿り着いた。
〈彼女の剣となり盾となることを誓うのなら、契約を交わそう。〉
オレは大きく目を見開いた。
どういうことだ?
だってこいつは、あのジェラルドと共にいた。
総督部の序列第三位という、とんでもない立場にいる奴だぞ。
それなのに、オレにターニャの剣と盾になれと言うのか。
メールの真意を探ろうと、オレはランドルフの顔をまじまじと見つめる。
そこから得られたのは、静かな彼の瞳に嘘がないことだけだった。
「………」
オレは携帯電話を強く握り締める。
罠かもしれない。
だが、罠だって構うものか。
ターニャと共に戦うことができるのなら、どんなものでも使ってやる。
敵だろうと、味方だろうと、なんだって。
だから―――オレは、深く首を縦に振った。
「そうか。」
ランドルフは目を閉じ、くるりと踵を返した。
「もう少し大人しくしていなさい。君にとって、悪いようにならないさ。」
具体的な話は一切しないまま、ランドルフはオレの前から姿を消す。
彼が消えたドアを見つめていると……
ピリリッ、ピリリッ
また携帯電話が鳴った。
〈まあ、ルルアに行くよりは死ぬ可能性が高くなるがね。〉
そんな物騒な一言。
その文章を確認してからメールの一覧画面を開くと、ランドルフの言ったとおり、彼からのメールはもうそこになかった。
「……さすが。国の中枢ってだけあって、化け物だらけだ。」
一気に体の力が抜け、オレは椅子に腰を下ろす。
さてさて。
これは、希望を繋ぐ天使との契約なのか。
はたまた、絶望へと突き落とす悪魔との契約なのか。
どっちにしろ、もう頷いてしまった後だから引き返せないけど。
ここは、腹をくくるしかない。
「どんな無茶振りが来るんだかねぇ……」
コツンと、オレは携帯電話をつついて笑った。
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