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【番外編3】伝説が生まれるまで
カウント12 ここを出たら―――
しおりを挟む(さて、そろそろ時間か……)
携帯電話の画面に視線を落とし、オレは時間を確認する。
フールの妙な牽制とターニャの素直な態度に流されて、半ば強制的に取りつけてしまった約束。
それが結果的にターニャを困らせることになっていないといいなと、今さらながらに少し心配になる。
そういえば、ターニャの口からははっきりと〝行く〟って返事を聞いてなかったな。
まあ、返事を待っていたらずるずると延期になりそうだったし、それならオレが無理やり連れ出したって流れにすればいいかと思って、あえて聞かなかったんだけど。
壁にもたれかかってターニャを待つオレの耳に、ふと鍵を開ける音が聞こえてきた。
なんだか焦っているのか、ドア一枚隔てた向こう側からは、何度も鍵や錠を落とす音が聞こえる。
しばらくして。
キィ……
細く、ドアが開いた。
「おはよう……ございます……」
ドアの隙間から顔だけを出して、ターニャは囁くように挨拶をしてきた。
「おはよ。ちゃんと出てきなよ。」
ちょいちょいと手招きすると、恥ずかしそうなターニャがおずおずとドアから身を出す。
「可愛いじゃん。」
ターニャの姿を上から下まで眺め、オレは素直な感想を述べる。
胸下の右側にある大きなリボンがアクセントの、白い膝丈ワンピース。
それに合わせた淡い水色のヒールには、可愛らしい花の飾りが揺れている。
宮殿で身に付けていた動きにくそうなドレスでもなく、オレと剣を振る時のジャージでもない。
見慣れないその姿に、胸の辺りがこそばゆくなる感じがした。
「よっと。」
オレはターニャの前に立ち、それまで自分が被っていた帽子を彼女の頭に被せてやった。
「よしよし、これでパッと見はごまかせるかな。街中に溶け込んじゃえば、違和感もなくなるでしょ。」
オレは一人で満足げに頷く。
ターニャのこの格好にオレの帽子は合わないのだが、一緒に歩いていれば周りからはカップルにでも見えるだろうから、特に変な目を向けられることもないだろう。
ちょっとつばが大きめの帽子を選んだので、よくよく見ない限りはターニャが竜使いだと気付かれまい。
「じゃ、行こっか。」
そう言ってターニャの様子を窺うと、ターニャは微かに首を縦に振って歩き始めた。
「どこに行きたいか決まった?」
ターニャに問いながら、オレは周りの気配を慎重に読む。
好き好んで誰かが立ち入る場所ではないとはいえ、こんな明るい時間じゃ、万が一ということもあり得るからね。
「それが……」
ターニャは気まずそうに言葉を濁した。
「い、色々と見てたら、目移りばかりしてしまって…。気付いたら雑誌ばかりが増えてて、絞り込むどころか逆に分からなくなってしまって。」
「あははっ。そんなに楽しみだった?」
わたわたと慌てふためくターニャの姿が、ありありと想像できる。
なんだかんだで、オレが心配した方向には困っていなくてほっとした。
ターニャはオレの指摘に、頬を紅潮させる。
「神官に就いてからは休みの日も必死に勉強していたので、こうして仕事と関係なく外に出るのは数年ぶりなんです。だから、思わず浮かれてしまって…。すみません。フールが護衛だなんて言うから、ディアにはプレッシャーですよね……」
「あーあー、やめやめ!」
ターニャの話が暗い方向に行きかけたので、オレは大袈裟な仕草で片手を振った。
「今日は神官とか、そういうのはなし。休みの日くらい、ぱーっと遊びましょ?」
ちょうど小門に辿り着いたので、オレは一足先に道路へと飛び出してターニャに手を差し出した。
「さ。ここを出たら、ターニャはただの女の子。何をしても自由だし、どこに行っても自由。楽しんだもん勝ちなんだよ。」
そう言ってやると、ターニャはひどく驚いたような顔を見せた。
きっと、こんなことを誰かに言われるのも初めての経験なのだろう。
それを知っているから、オレもあえてこう言っているのだ。
神官としてではなく、ただ一人の人間として向き合う。
それがオレにしかできないことで、オレにしかターニャに経験させてあげられないことなのだから。
ま、ちゃっかりオレも楽しむ気満々なんですけどね。
「ほら、おいで。」
門の内側で立ちすくむターニャに、オレは再度呼びかける。
「……いいんですか?」
ターニャは唇を震わせた。
「私も普通に出かけたり、遊んだりしても大丈夫なのでしょうか…?」
「何言ってんだか。」
「あっ…」
オレはターニャの言葉を一蹴し、あと一歩を踏み出せずにいる彼女の手を引っ張った。
もつれるように門の外へ飛び出したターニャの細い手を両手で包み、オレは彼女と目線を合わせて笑ってやる。
「なんのために休みがあると思ってるの。たまには息抜きしないと、そのうち転んで立てなくなっちゃうよ。休むのも遊ぶのも、人間としての仕事なの。」
「人間としての…?」
「そう。そう考えたなら、気も楽でしょ?」
本当に、大事なことは何も知らずに生きてきてしまったのだろう。
肩の力を抜くことも、誰かに甘えることも、自分を認めてあげることも。
「ターニャは誇っていいんだよ。自分はちゃんと頑張ってるんだって。ってか、頑張りすぎ。だから今日は、自分へのご褒美ってことでじゃんじゃん遊ぼうな。今日で満足できなかったら、その時はまた今度遊びに行きゃいいんだし。」
オレの言葉に、ターニャが大きく目を見開く。
「また今度……次があるんですか?」
意外そうな声音でターニャは呟く。
「誰がいつ、一回だけって言った? ターニャが遊びに行きたいって言うなら、オレはいくらでも予定を空けるつもりだけど? とりあえず、今日は近場のショッピングモールに行こうか。」
帽子のつばをピンと弾き、ターニャに確認を取る。
すると―――
「はい!」
ようやく、いつもの彼女らしい笑みがそこに広がった。
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