竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編3】伝説が生まれるまで

カウント9 世紀最大のミステリー

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 それから、オレとターニャの不思議な関係が始まった。


 自分で引き受けると決めたのだから、ターニャが満足するくらいに、そして他でもないオレが満足できるまでには鍛えてやるつもりだ。


 翌日には、ターニャの体格と体力に合いそうな剣をいくつか見繕った。


 普段から、剣術教室のために武具店に通っていたかいがあった。
 店主のおじさんとも仲良くなっていたので、特に不審がられることなく剣を入手できた。


 そして、普段はかなり忙しいというターニャに無理をさせない練習メニューを考え、彼女の飲み込み度合いに応じて、それを臨機応変に変更していった。


 持った素質はともかく学ぼうとする姿勢が物を言い、ターニャはオレの指導をぐんぐんと飲み込んでいった。


 仕事中の隙間時間で、オレが渡した剣を使ってこっそり復習をしているのだそうだ。


 楽しそうに剣を振りながらそう語るターニャを見ていると、まるでキリハに初めて剣を教えていた時に戻ったようで、いつの間にかオレも、その時間をかなり楽しむようになっていた。


 週に三回ほど、ターニャと真夜中に会って剣の授業を行う。


 そんな日々はあっという間に一ヶ月ほど流れ、この関係はオレとターニャにとっての普通になりつつあった。


 そんなある日のこと。


 いつものようにターニャからの連絡を受けて宮殿に繋がるドアへと向かったオレは、世にも奇妙な珍客を迎えることとなった。




(……オレは今、世紀最大のミステリーと遭遇している。)




 それと向かい合った瞬間、オレは静かに放心していた。
 そんなオレに向かって……


「君が最近、ターニャに剣を教えてくれてるって子? 僕はフールっていうんだ。君には一度、会ってみたかったんだよね~。」


 それは少年のように高めの声でそう言いながら、オレの周りをくるくると飛び回った。


 えっと……これは、なんですかね?


 多分、ぬいぐるみ。
 そう。
 どっからどう見ても、ドラゴンのぬいぐるみ。


 だけどしゃべってるし、しかも飛んでるんですけど…?


 オレには生憎あいにくと理系の詳しい知識がないので、できればご教示いただきたい。
 今の科学は、ここまで進化していたんですか?


 頭が混乱しているオレは、自分の周囲を飛ぶフールを目で追うことすらできなかった。


「ふむふむ、結構かっこいい子じゃないの。ターニャもすみに置けないなぁ。」
「フール!」


 からかうような口調で言うフールに、ターニャが顔を赤らめて声をあげる。


「ディアが困ってるじゃないですか! それくらいにしてください。」
「あーら、ディアだなんて…。いつからそんなに仲良くなっちゃったの~?」


「フール!!」
「あはは、照れないの。それと、君はいつまで呆けてるの!」


「うお…っ」


 フールの柔らかいぬいぐるみアタックを顔面に食らい、完全に意識をあらぬ方向へ飛ばしていたオレはたたらを踏む。


「……おっ。あー……やっと現実に帰ってきた気分。」
「いや、実際に帰ってきたんでしょうが。」
「やっぱ……夢じゃないんだ。」


 オレは、目の前に浮いて両手を胴に当てるフールの体をつんつんとつついた。


「なんですか、これ……新種のおもちゃ?」


 くすぐったがるフールには触れずに、オレはターニャに訊ねる。
 すると、ターニャは返答に困ったように視線を泳がせた。


「その……何かと問われると、私も分からないんです。小さい頃からずっと一緒にいて……とにかく、ずっとずっと昔から宮殿で神官を助けてくれている方です。」


「……つまり、化け物なの?」


 半目でフールを見やると、フールはむーっとうなり声をあげて口を結んだ。
 察するにも限界があるんだけど、今のは頬でも膨らましたつもりなのだろうか。


「化け物だなんて心外だな! こんなに可愛いぬいぐるみに向かってー。」


「だって、そうじゃなきゃなんなのさ?」


「そんなの、僕だって分からないよ。君だって、人間っていう名前がなかったら、自分のことをなんて言うの?」


「あー、分かった。お前、めんどくさいタイプだ? もうそういう生き物ってことにするからいいです。」


「切り換えはや!? 大体、話に聞いてるけど、君だって相当な変わり者―――もごごっ!?」


 こいつ、口を開いたら止まらない奴だ。
 瞬時にそう判断したオレはフールの顔面を片手で掴み、ぶらりとその手を下ろした。


 正体がどうであれ、見た目も触り心地も所詮はぬいぐるみ。
 オレの力に勝てないフールは、オレの手の中で無意味な抵抗を示して暴れている。


「とりあえず、行きましょうか。」


 ドアの前でこんなに騒いでいたら、万が一にも宮殿の人に気付かれるかもしれない。


「すごいですね、ディア。フールの扱いをよく分かっているというか……」


 フールをぶら下げたまま歩き始めたオレに、ターニャが戸惑ったようにそんなことを言ってくる。


「ま、こういうタイプは適度に流すに限りますからねっと。」


 答えながら、オレは未だに暴れているフールを前方に放り投げた。


「わあああっ」


 綺麗な放物線を描きながら飛んでいくフール。


 そのまま地面に落ちるかと思ったら、フールは自力で体勢を持ち直して空中にとどまった。


「ちょっとー…。いい性格してるね、君。」
「要領がいいって言ってくれます?」


「うわぁ、自分で言っちゃうの?」
「オレ、嘘つけないんでー。」


 おどけた口振りでふざけてみると、数秒きょとんとしたフールは、次に盛大な笑い声をあげた。


「あっはっは! いいね、君! 神官だってことも竜使いだってことも気にしないでターニャに剣を教えてくれるなんて、どんだけ神経図太い子なんだろうって思ってたけど、こりゃ面白いや。」


「そう言うお前は、さらりと人をけなすねぇ。」


「え、ごめん。こんなことで傷つくような精神してたんだ? 今度から気をつけるよ。」


「気をつける気どこ!? いい性格してんのはどっちだよ。」


 軽口を叩き合い、オレとフールは二人で笑う。
 すると……


 くん、と。
 袖口そでぐちを小さく引かれた。


 後ろを振り向くと、うつむいたターニャがオレの服の袖を両手で握っている。


「どうしました?」
「なんか……フールと打ち解けるの、早くないですか…?」
「……へ?」


 それは、オレの想像には一片もなかった展開で……

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