竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編2】嵐との出会い

第25の嵐 信頼の等価交換

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 おれとジョーは、大口を開けて固まるしかなかった。


 神官直轄の特務部隊?
 そんなものが存在するなんて、噂でだって聞いたことがない。


「ま、仮にドラゴンが出ちゃったら、特攻しなきゃいけないのは事実なんですけどね。」


 けろっとして言ってのけるディアラントの隣で、ふるふると震えていたアイロスがわっと顔を覆う。


「どう思います!? 追放覚悟でここに来たら、まさかの大出世ですよ!? 後で、契約書をよーく見てください。給料に目ん玉飛び出ますから! もー!! こいつ、ほんっとに怖いんですけどー!?」


「ああもう、また始まったぁ…。いい加減、慣れてくださいよ。来てみたら案外悪くないところで、よかったでしょう?」


「俺の心は、ストレスで瀕死寸前です!」


「ええ…。本当に、そんなんでよく国防軍にいれましたね?」


 喚くアイロスに、ディアラントはなかば呆れ顔だ。


 ディアラント、察してやれ。
 アイロスの反応は妥当だ。


「ディアラント君……」


 ジョーがうめくように呟く。


「まさか、君の後ろについてるのって……」
「―――っ!?」


 ジョーの言わんとすることが分かって、おれもディアラントに疑惑の視線を向けた。


 宮殿の中に、ディアラントに味方する人物がいる。


 居酒屋でジョーと話した時には腑に落ちなかったその可能性が、まさかの真実なのだとしたら。


 そして、今おれたちが考えていることが当たりなのだとしたら。


 おれたちは、とんでもない奴の肩を持ったことになる。


 ジョーの問いかけの意味が伝わったのか、ディアラントの顔が一度真顔になる。


 固唾かたずを飲んで答えを待つおれたちにディアラントが最終的に向けたのは、一瞬でこちらの意識を絡め取るほどの引力を伴った笑顔だ。


「察してください。」


 人差し指を口元で立てるディアラントの含み笑い。
 言葉こそはぐらかす内容だが、その表情が明らかな答えを物語っていた。


 甘かった、と。
 おれとジョーは実感する。


 ディアラントの実力は分かっているはずだった。
 それでも、認識が甘すぎたのだ。


 今おれたちの目の前にいるこの男は、化け物以上だ。
 何が起こってどうなったら、国の第一権力者を味方に回せるというのだ。


「二人とも、何をそんなに驚いてるんです?」
「いや、驚くなって方が無理な話だからな?」


 そう返すので精一杯だった。


 絶対に、こいつの常識は次元違いの域にある。
 馬鹿と天才は紙一重というが、本当にそのとおりだ。
 この馬鹿は、自分がやらかしていることの重大性を分かっているのだろうか。




「えー…。先輩たちは、すぐに受け入れてくれると思ってたのになぁ。―――副隊長さんと、参謀代表さん?」


「!?」




 二発目の爆弾発言が、その口から投下される。
 そのとんでもない内容に、おれとジョーは慌てて渡された制服を広げた。


 ロングコートのようにすその長い、すっきりとしたデザインの制服。
 その肩に揺れるのは、副隊長の色を示す鮮やかな紫色の房飾りだ。
 ジョーが持っている制服の肩には、参謀代表を表す臙脂えんじ色が。


「なっ…」


「オレは、当然の人選だと思ってますよ? ちなみに、さっき渡した書類の大半は、色持ち組に適応される特権の申請書です。」


 こいつは、爽やか度マックスの笑顔でなんつーことを……


 おれは片手で顔を覆って、天井を仰いだ。


 なんだか、ひどくだまされた気分だ。
 おれとジョーの心配と、情報収集に使った労力を返せ。


「先輩……心中お察しします。でも、こいつもう推薦書と任命依頼書を神官様に提出した後だし、こうして制服も届いた後なんで、多分逃げられないです。」


 アイロスの声は、同情に満ち満ちていた。


 神官直々からの任命なんて、後世まで自慢できる偉業なんだろうな。
 おれを陥れたいがために無駄な努力をしたウイングが、可哀想に思えてきたぞ。


 なかば現実逃避を始めたおれの頭は、勝手にそんな暢気のんきなことを考え始める。


「だって、アイロス先輩の名前で推薦書を出そうとしたら、死に物狂いで止められたしー。」


「そりゃ止めるよ! 俺の精神が崩壊するもん!! ドラゴン殲滅せんめつ部隊が神官直轄だったってだけで想定外なんだ。せめて部隊の中では、一般人でいさせてよー!!」


「この部隊にいる時点で、一般人じゃないのに?」


「だーかーらー!!」


 ディアラントとアイロスが、騒がしいやり取りをしている。
 そこに脳内の現実逃避思考が合わさり、おれの頭の中は何がなんだか分からない状態に。


 そして……混乱した気持ちは、あっという間に許容量を突破してしまった。


「ああもう、うっせえ!!」


 たまらず怒鳴ると、ディアラントとアイロスが肩を大きく震わせた。
 頭の中で爆発した気持ちをどうにかしたくて、おれはガリガリと髪の毛を掻き回す。


「もう、どうにでもなれってんだよ!!」


 もういい。
 考えるのはやめだ。


 どうせディアラントの味方についた時点で、おれの人生はとち狂ってるんだ。


 これほど完膚なきまでに予想も覚悟もぶっ壊されたなら、ある意味この先に何が起こっても怖くはない。


 おれは受け取った制服を一度大きく払い、次にそれを大きな動作で羽織った。
 真新しい香りがするそのそでに腕を通し、襟元えりもとを整える。


 身に包んだ制服は、びっくりするほどおれにピッタリだった。


「おい、ディアラント!」


 ディアラントのことを愛称ではなく、あえてちゃんとした名前で呼ぶ。


「戦国世代の〝覇王〟と〝君子〟を引き抜いたからには、責任取れよ? ノルマクリアしなかった時には、ぶっ飛ばすかんな!!」


 上等だ。
 ここまで来たら、最後までこいつの勝負に乗ってやる。


 ディアラントという人間を知ってしまったあの日から、きっとおれの運命は決まっていたんだろう。


 どんなに自己嫌悪の念を煽られても関わりを絶つことはできなくて、こいつから何かを得ようともがいてきた。


 引き込まれて、巻き込まれて、そして必要とされて……


 ディアラントについていってみたい、なんて。
 そう思ってしまったおれの負けなんだ。


 だから―――




「おれの運命、お前に預けてやるよ。後ろは任せて、好きなように暴れてこい。」




 信頼の等価交換だ。


 お前のことを全力で支えてやるから、お前もおれを引っ張っていってくれ。
 おれが納得できる選択をするための、道標みちしるべになってくれ。


「ミゲル……」


 ジョーが、ひどく間の抜けた顔をする。


 意外だろうな。
 おれだって、自分の口からまさかこんな言葉が飛び出すなんて夢にも思わなかったさ。


 こんな風に、自分から嫌いだった呼び名を嫌悪感なく言える日が来るなんて……


「了解です。手始めに、直近の親善大会をめっちゃくちゃにしてきますね!!」


 ディアラントは無邪気に笑う。


 いつもはこの危機感皆無の笑顔に疲れて呆れてしまうが、こんな時は頼もしく思えるものだ。


「じゃあ先輩、せっかくなんでもう一声行きましょう!」


 弾けるような笑顔のまま、ディアラントはそう言葉を続けた。


 どういう意味か掴みあぐねて眉を寄せるおれを後目しりめに、ディアラントは上機嫌で部屋のすみへと向かって、そこに置かれた包みを取る。


「これは、オレからの感謝の気持ちとお祝いです。先輩方の体格や戦い方を重視して細かく注文したので、きっと使いやすいと思いますよ。」


 包みの中から現れたのは、二本の剣だ。




「先輩。これの感触を試すがてら、一本お相手してもらえません?」




 おれの手に剣を握らせて、ディアラントは拒否を許さないという目でおれを見つめた。

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