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【番外編2】嵐との出会い
第24の嵐 新たな生活の前日
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それから数日は、引越し作業と仕事の掛け持ち状態で、少しばかり忙しい日を過ごした。
国防軍の上官たちの間でも名が通っていた、戦国世代の〝覇王〟と〝君子〟。
その二人が揃ってドラゴン殲滅部隊へ異動になったことは、軍内に大きな衝撃を与えることになった。
そして、おれに関する根も葉もない噂は、頭脳派筆頭のジョーがディアラント側に回ったという事実に流されて、どこかへと消えてしまった。
あの覇王と君子が味方につくなんて、ディアラントとは一体何者なのか。
左遷を恐れて静観しているものの、ディアラントへの興味を持つ者も現れている。
そういった心境の変化は、おれたちの同期に最も顕著なようだった。
これはこれは。
今年の国家民間合同親善大会の後が見物である。
「さーて、ようやくここに来れたね。」
一つのドアの前に立ち、おれとジョーは重厚そうなドアを見上げる。
先週末でそれぞれの部隊での任期が終了し、この休みの間は引越し作業の大詰めでてんやわんやだった。
そして、明日からドラゴン殲滅部隊での生活が始まるという今、おれたちはこうしてドラゴン殲滅部隊隊長の執務室を訪れている。
『オレ、休日出勤で丸一日執務室にいるんで、好きなタイミングで来てくれていいですよー。』
そんなディアラントの言葉に思い切り甘えて、全部の作業を一段落させてから来たので、日はほとんど沈んでしまっている。
……なんだか、変な気分だ。
このドアを開ければ、そこには後輩としてのディアラントではなく、上司としてのディアラントがいるのだから。
まあディアラントのことだから、堅苦しくしたところで無意味だろう。
複雑だが、緊張感も特にない。
おれは呼吸を整えることもなく、自然な動作でドアをノックした。
すると予想に反して、中の方からドアが開かれる。
「おお、アイロス。お前も出勤だったのか?」
ドアの向こうから顔を出したのは、アイロスだった。
「ええ…。いじめとしか思えないような雑な引き継ぎしか受けなかったもので、今は状況整理に追われててひどいもんですよ。」
「ああ、なるほど……」
アイロスは青い顔で胃を押さえている。
かなり強い意志でドラゴン殲滅部隊に入ったらしいが、やっぱりアイロスはアイロスのようだ。
この胃痛の原因には、絶対にディアラントの危機感のなさもあるだろう。
アイロスの性格を加味したって、同情しか湧かないおれだった。
「まあ、とりあえずどうぞ。」
アイロスに促され、おれとジョーは執務室へと足を踏み入れる。
「ようこそ、先輩方。」
凛とした爽やかな声が、おれたちにかけられる。
視線の先には、執務室の真ん中で佇み、柔らかな表情で笑いかけてくるディアラントの姿。
『先輩、オレを支えてくれませんか?』
あの日のディアラントの姿と声が、鮮やかによみがえる。
ディアラントの肩で揺れる金色が、どんなに年と経験を重ねた上官たちよりも似合っているように見えた。
「引越しの方はもう大丈夫なんですか?」
「……お、おう。」
一瞬言葉に窮しながらも頷いたおれに、ディアラントはにこやかに笑みを深める。
そして机に向かった彼は、いくつかの書類を取った。
「じゃあ、いきなりで申し訳ないんですけど、これが今週中に提出してほしい書類諸々です。オレが代理で出せるものは出しといたんですけど、この辺りは本人が書かないといけないものでして。」
おれとジョーに書類の説明をしながら、ディアラントは説明を終えた書類を次々とファイルの中に入れていく。
「……なんか、やたらと書類が多くねぇか?」
おれはたじろいだ。
国防軍に入った時を思い返したが、その時だってここまで大量の書類を書かされはしなかった。
ディアラントが代理で出した書類もあると考えると、おれたちがドラゴン殲滅部隊に所属するのに、一体どれだけの手続きが必要だというのか。
「ねえ……ディア。」
顔をしかめたおれに反応したのはアイロスだ。
アイロスは心なしか血の気の失せた顔で、ディアラントの制服を軽く引いた。
「なんですか?」
「も、もしかして……先輩たちにあの事をまだ話してないの?」
きょとんとしたディアラントに、アイロスは小さい声でそう訊ねた。
あの事?
おれとジョーは、顔を見合わせて首を捻る。
「ああ、そっか。忙しくて忘れてました。先にその話をしないと、この書類の量に説明がつきませんね。」
「………?」
「じゃ、書類より先にこっち渡しましょうか。」
ディアラントは机の向こう側に回ると、そこにしゃがみ込んで机の陰に身を隠す。
ディアラントが取り出したのは、二つの紙袋だった。
「はい。これ、制服です。先に聞いておいたサイズで注文しましたけど、合わなかったら言ってくださいね。」
「おう。……で、これが書類の量とどう関係するんだ?」
いまいち要領を得られないので、おれは眉を寄せるしかない。
「とりあえず、制服を出してみてくださいよ。先輩たちなら、その制服がどんな意味を示してるか分かるはずですから。」
おれの疑問に答えたのは、またもやアイロスだ。
「―――っ!? ミ、ミゲル! これ…っ」
一足早く中身を確認したジョーが、息を飲んで口調を乱した。
「ん?」
「ん? じゃないよ! これ……この首の所………」
「さすがです、ジョー先輩。すぐに気付いたんですね。もう俺、この制服を着てるだけで畏れ多くてー……」
アイロスが、今にも泣きそうな情けない声をあげる。
畏れ多い?
その言葉に妙な引っかかりを覚えながら、おれはジョーが指差す部分に視線を落とした。
濃い紫色の制服の襟元。
そこには、大まかな所属を表す刺繍が施されている。
これまでまじまじと観察したことはなかったので気付かなかったが、そこにあったのは国防軍の制服に施されていたものとは全く違う模様だった。
淡い水色の花模様。
「この模様、どっかで……」
「もうっ、馬鹿!」
ジョーが、まるで漫才のツッコミのようなキレのある口調で叫ぶ。
「これ、神官を示すシンボルマークじゃん!!」
「あーっ!?」
ジョーに指摘されたことで、この花模様に関する記憶が明瞭になる。
神官がおれたちの間近に姿を現すのは、入隊式と国家民間合同親善試合の二回だけ。
その時、神官の後ろで大々的に翻っていた旗にあった模様がこれだ。
あまりに見た頻度が少ないので、記憶の彼方に消えていた。
「ど、どういうことなの!? ディアラント君!?」
制服とディアラントを交互に見つめて、ジョーは珍しく狼狽えている。
「ジョー先輩がそこまで慌てるってことは、この情報って本当に厳重に消されてるんですね。国防軍の情報操作も大したもんです。」
ディアラントは肩をすくめた。
そして次に、衝撃の事実を告げる。
「ドラゴン殲滅部隊が左遷部隊だなんて、ただのデマですよ? この部隊は―――神官直轄の特務部隊なんですから。」
国防軍の上官たちの間でも名が通っていた、戦国世代の〝覇王〟と〝君子〟。
その二人が揃ってドラゴン殲滅部隊へ異動になったことは、軍内に大きな衝撃を与えることになった。
そして、おれに関する根も葉もない噂は、頭脳派筆頭のジョーがディアラント側に回ったという事実に流されて、どこかへと消えてしまった。
あの覇王と君子が味方につくなんて、ディアラントとは一体何者なのか。
左遷を恐れて静観しているものの、ディアラントへの興味を持つ者も現れている。
そういった心境の変化は、おれたちの同期に最も顕著なようだった。
これはこれは。
今年の国家民間合同親善大会の後が見物である。
「さーて、ようやくここに来れたね。」
一つのドアの前に立ち、おれとジョーは重厚そうなドアを見上げる。
先週末でそれぞれの部隊での任期が終了し、この休みの間は引越し作業の大詰めでてんやわんやだった。
そして、明日からドラゴン殲滅部隊での生活が始まるという今、おれたちはこうしてドラゴン殲滅部隊隊長の執務室を訪れている。
『オレ、休日出勤で丸一日執務室にいるんで、好きなタイミングで来てくれていいですよー。』
そんなディアラントの言葉に思い切り甘えて、全部の作業を一段落させてから来たので、日はほとんど沈んでしまっている。
……なんだか、変な気分だ。
このドアを開ければ、そこには後輩としてのディアラントではなく、上司としてのディアラントがいるのだから。
まあディアラントのことだから、堅苦しくしたところで無意味だろう。
複雑だが、緊張感も特にない。
おれは呼吸を整えることもなく、自然な動作でドアをノックした。
すると予想に反して、中の方からドアが開かれる。
「おお、アイロス。お前も出勤だったのか?」
ドアの向こうから顔を出したのは、アイロスだった。
「ええ…。いじめとしか思えないような雑な引き継ぎしか受けなかったもので、今は状況整理に追われててひどいもんですよ。」
「ああ、なるほど……」
アイロスは青い顔で胃を押さえている。
かなり強い意志でドラゴン殲滅部隊に入ったらしいが、やっぱりアイロスはアイロスのようだ。
この胃痛の原因には、絶対にディアラントの危機感のなさもあるだろう。
アイロスの性格を加味したって、同情しか湧かないおれだった。
「まあ、とりあえずどうぞ。」
アイロスに促され、おれとジョーは執務室へと足を踏み入れる。
「ようこそ、先輩方。」
凛とした爽やかな声が、おれたちにかけられる。
視線の先には、執務室の真ん中で佇み、柔らかな表情で笑いかけてくるディアラントの姿。
『先輩、オレを支えてくれませんか?』
あの日のディアラントの姿と声が、鮮やかによみがえる。
ディアラントの肩で揺れる金色が、どんなに年と経験を重ねた上官たちよりも似合っているように見えた。
「引越しの方はもう大丈夫なんですか?」
「……お、おう。」
一瞬言葉に窮しながらも頷いたおれに、ディアラントはにこやかに笑みを深める。
そして机に向かった彼は、いくつかの書類を取った。
「じゃあ、いきなりで申し訳ないんですけど、これが今週中に提出してほしい書類諸々です。オレが代理で出せるものは出しといたんですけど、この辺りは本人が書かないといけないものでして。」
おれとジョーに書類の説明をしながら、ディアラントは説明を終えた書類を次々とファイルの中に入れていく。
「……なんか、やたらと書類が多くねぇか?」
おれはたじろいだ。
国防軍に入った時を思い返したが、その時だってここまで大量の書類を書かされはしなかった。
ディアラントが代理で出した書類もあると考えると、おれたちがドラゴン殲滅部隊に所属するのに、一体どれだけの手続きが必要だというのか。
「ねえ……ディア。」
顔をしかめたおれに反応したのはアイロスだ。
アイロスは心なしか血の気の失せた顔で、ディアラントの制服を軽く引いた。
「なんですか?」
「も、もしかして……先輩たちにあの事をまだ話してないの?」
きょとんとしたディアラントに、アイロスは小さい声でそう訊ねた。
あの事?
おれとジョーは、顔を見合わせて首を捻る。
「ああ、そっか。忙しくて忘れてました。先にその話をしないと、この書類の量に説明がつきませんね。」
「………?」
「じゃ、書類より先にこっち渡しましょうか。」
ディアラントは机の向こう側に回ると、そこにしゃがみ込んで机の陰に身を隠す。
ディアラントが取り出したのは、二つの紙袋だった。
「はい。これ、制服です。先に聞いておいたサイズで注文しましたけど、合わなかったら言ってくださいね。」
「おう。……で、これが書類の量とどう関係するんだ?」
いまいち要領を得られないので、おれは眉を寄せるしかない。
「とりあえず、制服を出してみてくださいよ。先輩たちなら、その制服がどんな意味を示してるか分かるはずですから。」
おれの疑問に答えたのは、またもやアイロスだ。
「―――っ!? ミ、ミゲル! これ…っ」
一足早く中身を確認したジョーが、息を飲んで口調を乱した。
「ん?」
「ん? じゃないよ! これ……この首の所………」
「さすがです、ジョー先輩。すぐに気付いたんですね。もう俺、この制服を着てるだけで畏れ多くてー……」
アイロスが、今にも泣きそうな情けない声をあげる。
畏れ多い?
その言葉に妙な引っかかりを覚えながら、おれはジョーが指差す部分に視線を落とした。
濃い紫色の制服の襟元。
そこには、大まかな所属を表す刺繍が施されている。
これまでまじまじと観察したことはなかったので気付かなかったが、そこにあったのは国防軍の制服に施されていたものとは全く違う模様だった。
淡い水色の花模様。
「この模様、どっかで……」
「もうっ、馬鹿!」
ジョーが、まるで漫才のツッコミのようなキレのある口調で叫ぶ。
「これ、神官を示すシンボルマークじゃん!!」
「あーっ!?」
ジョーに指摘されたことで、この花模様に関する記憶が明瞭になる。
神官がおれたちの間近に姿を現すのは、入隊式と国家民間合同親善試合の二回だけ。
その時、神官の後ろで大々的に翻っていた旗にあった模様がこれだ。
あまりに見た頻度が少ないので、記憶の彼方に消えていた。
「ど、どういうことなの!? ディアラント君!?」
制服とディアラントを交互に見つめて、ジョーは珍しく狼狽えている。
「ジョー先輩がそこまで慌てるってことは、この情報って本当に厳重に消されてるんですね。国防軍の情報操作も大したもんです。」
ディアラントは肩をすくめた。
そして次に、衝撃の事実を告げる。
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