竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
558 / 598
【番外編2】嵐との出会い

第24の嵐 新たな生活の前日

しおりを挟む
 それから数日は、引越し作業と仕事の掛け持ち状態で、少しばかり忙しい日を過ごした。


 国防軍の上官たちの間でも名が通っていた、戦国世代の〝覇王〟と〝君子〟。


 その二人が揃ってドラゴン殲滅せんめつ部隊へ異動になったことは、軍内に大きな衝撃を与えることになった。


 そして、おれに関する根も葉もない噂は、頭脳派筆頭のジョーがディアラント側に回ったという事実に流されて、どこかへと消えてしまった。


 あの覇王と君子が味方につくなんて、ディアラントとは一体何者なのか。


 左遷させんを恐れて静観しているものの、ディアラントへの興味を持つ者も現れている。
 そういった心境の変化は、おれたちの同期に最も顕著なようだった。


 これはこれは。
 今年の国家民間合同親善大会の後が見物である。




「さーて、ようやくここに来れたね。」




 一つのドアの前に立ち、おれとジョーは重厚そうなドアを見上げる。


 先週末でそれぞれの部隊での任期が終了し、この休みの間は引越し作業の大詰めでてんやわんやだった。


 そして、明日からドラゴン殲滅部隊での生活が始まるという今、おれたちはこうしてドラゴン殲滅部隊隊長の執務室を訪れている。


『オレ、休日出勤で丸一日執務室にいるんで、好きなタイミングで来てくれていいですよー。』


 そんなディアラントの言葉に思い切り甘えて、全部の作業を一段落させてから来たので、日はほとんど沈んでしまっている。


 ……なんだか、変な気分だ。


 このドアを開ければ、そこには後輩としてのディアラントではなく、上司としてのディアラントがいるのだから。


 まあディアラントのことだから、堅苦しくしたところで無意味だろう。
 複雑だが、緊張感も特にない。


 おれは呼吸を整えることもなく、自然な動作でドアをノックした。
 すると予想に反して、中の方からドアが開かれる。


「おお、アイロス。お前も出勤だったのか?」


 ドアの向こうから顔を出したのは、アイロスだった。


「ええ…。いじめとしか思えないような雑な引き継ぎしか受けなかったもので、今は状況整理に追われててひどいもんですよ。」


「ああ、なるほど……」


 アイロスは青い顔で胃を押さえている。


 かなり強い意志でドラゴン殲滅部隊に入ったらしいが、やっぱりアイロスはアイロスのようだ。


 この胃痛の原因には、絶対にディアラントの危機感のなさもあるだろう。
 アイロスの性格を加味したって、同情しか湧かないおれだった。


「まあ、とりあえずどうぞ。」


 アイロスにうながされ、おれとジョーは執務室へと足を踏み入れる。




「ようこそ、先輩方。」




 りんとした爽やかな声が、おれたちにかけられる。


 視線の先には、執務室の真ん中でたたずみ、柔らかな表情で笑いかけてくるディアラントの姿。


『先輩、オレを支えてくれませんか?』


 あの日のディアラントの姿と声が、鮮やかによみがえる。


 ディアラントの肩で揺れる金色が、どんなに年と経験を重ねた上官たちよりも似合っているように見えた。


「引越しの方はもう大丈夫なんですか?」
「……お、おう。」


 一瞬言葉に窮しながらも頷いたおれに、ディアラントはにこやかに笑みを深める。
 そして机に向かった彼は、いくつかの書類を取った。


「じゃあ、いきなりで申し訳ないんですけど、これが今週中に提出してほしい書類諸々もろもろです。オレが代理で出せるものは出しといたんですけど、この辺りは本人が書かないといけないものでして。」


 おれとジョーに書類の説明をしながら、ディアラントは説明を終えた書類を次々とファイルの中に入れていく。


「……なんか、やたらと書類が多くねぇか?」


 おれはたじろいだ。


 国防軍に入った時を思い返したが、その時だってここまで大量の書類を書かされはしなかった。


 ディアラントが代理で出した書類もあると考えると、おれたちがドラゴン殲滅部隊に所属するのに、一体どれだけの手続きが必要だというのか。


「ねえ……ディア。」


 顔をしかめたおれに反応したのはアイロスだ。
 アイロスは心なしか血の気のせた顔で、ディアラントの制服を軽く引いた。


「なんですか?」
「も、もしかして……先輩たちにあの事をまだ話してないの?」


 きょとんとしたディアラントに、アイロスは小さい声でそう訊ねた。


 あの事? 


 おれとジョーは、顔を見合わせて首をひねる。


「ああ、そっか。忙しくて忘れてました。先にその話をしないと、この書類の量に説明がつきませんね。」


「………?」


「じゃ、書類より先にこっち渡しましょうか。」


 ディアラントは机の向こう側に回ると、そこにしゃがみ込んで机の陰に身を隠す。
 ディアラントが取り出したのは、二つの紙袋だった。


「はい。これ、制服です。先に聞いておいたサイズで注文しましたけど、合わなかったら言ってくださいね。」


「おう。……で、これが書類の量とどう関係するんだ?」


 いまいち要領を得られないので、おれは眉を寄せるしかない。


「とりあえず、制服を出してみてくださいよ。先輩たちなら、その制服がどんな意味を示してるか分かるはずですから。」


 おれの疑問に答えたのは、またもやアイロスだ。


「―――っ!? ミ、ミゲル! これ…っ」


 一足早く中身を確認したジョーが、息を飲んで口調を乱した。


「ん?」


「ん? じゃないよ! これ……この首の所………」


「さすがです、ジョー先輩。すぐに気付いたんですね。もう俺、この制服を着てるだけでおそれ多くてー……」


 アイロスが、今にも泣きそうな情けない声をあげる。


 畏れ多い?


 その言葉に妙な引っかかりを覚えながら、おれはジョーが指差す部分に視線を落とした。


 濃い紫色の制服の襟元えりもと
 そこには、大まかな所属を表す刺繍ししゅうが施されている。


 これまでまじまじと観察したことはなかったので気付かなかったが、そこにあったのは国防軍の制服に施されていたものとは全く違う模様だった。


 淡い水色の花模様。


「この模様、どっかで……」
「もうっ、馬鹿!」


 ジョーが、まるで漫才のツッコミのようなキレのある口調で叫ぶ。




「これ、神官を示すシンボルマークじゃん!!」
「あーっ!?」




 ジョーに指摘されたことで、この花模様に関する記憶が明瞭になる。


 神官がおれたちの間近に姿を現すのは、入隊式と国家民間合同親善試合の二回だけ。
 その時、神官の後ろで大々的にひるがえっていた旗にあった模様がこれだ。
 あまりに見た頻度が少ないので、記憶の彼方かなたに消えていた。


「ど、どういうことなの!? ディアラント君!?」


 制服とディアラントを交互に見つめて、ジョーは珍しく狼狽うろたえている。


「ジョー先輩がそこまで慌てるってことは、この情報って本当に厳重に消されてるんですね。国防軍の情報操作も大したもんです。」


 ディアラントは肩をすくめた。
 そして次に、衝撃の事実を告げる。




「ドラゴン殲滅部隊が左遷させん部隊だなんて、ただのデマですよ? この部隊は―――神官直轄の特務部隊なんですから。」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜

八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。 しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。 魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。 そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。 かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...