竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
556 / 598
【番外編2】嵐との出会い

第22の嵐 ディアラントの本気

しおりを挟む
 それから、きっかり三分後。


「先輩、これお返ししますね。」


 並々ならぬ強さでウイングたちを圧倒したディアラントが、おれに剣を返してくる。


 ウイングたちは突然本性を現したディアラントに戸惑い、どう足掻いても敵わないと気付くや否や、尻尾を巻いて逃げていった。


「それにしても、先輩……よかったんですか? 面倒なことになっちゃいましたよ?」




『ミゲル……覚えてろよ。もう国防軍に、お前の居場所なんてねぇからな。』




 去り際にウイングが吐いていった捨て台詞ぜりふを気にしているのだろう。


 珍しく眉を下げるディアラントだったが、それに対するおれは、不思議なほどすっきりとしていた。


「なんかもう、色々と馬鹿らしくなってきてよ。気付いたら、お前に剣をぶん投げてた。」


 おれは肩をすくめる。


「正直おれも、なんであんなことをしたのか分かってねぇんだけどよ。やっちまったもんは取り消せねぇし、お前の言うとおり、ぶっ飛んでみることにするわ。」


 きっとあの時、おれの精神は何かの限界に達したのだ。


 それがなんなのかは分からないし、何かが爆発したからといって、自分が歩みたい道が明確に見えたわけではない。


 結局、自分のことは何一つ分かっていないままだ。


 それでも、これまで抱えていた迷いが綺麗になくなっている。
 胸がものすごく軽くなった気分だった。


「冗談……に、しとくつもりだったんですけどねぇ。」


「半分以上は本気だったくせに。マジで冗談にするつもりだったなら、あんな言い方をするんじゃねえよ。自分がどんだけ他人を引き込むか、分かってんだろ?」


 ドラゴン殲滅せんめつ部隊に来るかと訊ねられたあの時、おれは真の意味でディアラントが秘めている力の恐ろしさを思い知った。


 あんな目で、あんな声で、あんな雰囲気で語りかけられたら、誰だって逃げられなくなる。


 とらわれて引き込まれていると分かっていても、どうしてもその背に身を預けてしまいたくなるのだ。


「そう言われちゃうと、反論できないですよ。ちょっと欲張っちゃったかな、オレ。」


 ディアラントは苦笑いを浮かべる。


「うーん……オレはこの後、先輩を迎える準備をしておいた方がいいんでしょうかね?」


「そうじゃねぇのか? ウイングの野郎、かなりおれのことを嫌ってるからな。今頃、あることないこと言いふらして、おれをひでえ裏切り者に仕立ててるところだろうよ。」


 多分、国防管理部に戻る頃には、おれは奇異と嫌悪の対象になっていることだろう。


 自分でいた種だし、人道的に反したことはしていないので、おれとしてはどうでもいいが。


(あ…)


 ふと気付く。


 自分で選んで、自分で納得しているから前を向ける。
 それはつまり、こういう気持ちのことをいうのか。


「ミゲル先輩。」


 新たな発見をしていたおれの耳に響く、いつもとは少し違うディアラントの声。


 その声が持つ引力に逆らえずに視線を上げると、ディアラントが真摯しんしな顔つきでおれを見つめていた。




「冗談にするつもりでしたけど、ちゃんと本気の言葉にさせてください。オレ、先輩にこの部隊に来てほしいです。」




 直球で気持ちを伝えられ、おれは心底驚いてしまう。


「先輩は、とてもまっすぐな人です。自分のことをないがしろにできちゃうくらい、すごく我慢強くて優しい人です。そして、大きな矛盾を抱えていても、その矛盾に潰されないくらい強くて大きな人です。先輩は自分のことをあまり好きじゃないみたいですけど、オレは先輩のそんな生き様が好きですよ。で、今のそのすっきりした様子の先輩は、もっと好きです。」


 ディアラントはゆっくりと、おれに向かって右手を差し伸べる。


「先輩、オレを支えてくれませんか? オレの部隊には、先輩が必要なんです。実はオレ、この部隊を任された時に、真っ先にミゲル先輩が欲しいなって思ったんですよ。先輩がいてくれると、すごく心強いです。」


 だからこいつは、最後には冗談だとごまかしながらも、おれをドラゴン殲滅部隊に誘ったのか。


 おれを迷いから救おうとしたのもあっただろうが、何よりもディアラント自身がおれを欲しいと思ったから。


 そう悟りつつも、これまでのように不快感は抱かない。
 ディアラントが、おれを道具として見ていないことは十分に知っているから。


「先輩がオレの味方についたこと、後悔させないように頑張ります。だから、先輩もオレを信じてくれませんか? そんで、先輩が納得できる先輩の心と、本当に進みたい道を探しましょう? まだまだこの先長いんですから、先輩がやりたいことは絶対に見つかるはずです。オレに、そのお手伝いをさせてください。」


 おれは、その場で茫然と棒立ちになるしかなかった。


 これが、ディアラントの本気か。


 冗談の一切を抜きにしたディアラントの言葉に、背筋を寒気とも興奮とも判断つかない震えが駆けのぼっていく。


 だめだ。
 こんなに強烈な引力を持った眼差しから、のがれられるわけがない。
 こんなにも真摯しんしな言葉で必要とされてしまっては、拒みようがないじゃないか。


 どんな困難が待っていようとも、この人についていきたいと。
 自発的にそう思わせるだけの魅力が、ディアラントにはあった。


 これは確かに、危険視もされるわけだ。


 断言できる。


 たとえディアラントにずば抜けた剣の才能がなかったとしても、おれはディアラントに引き寄せられていただろう。


 ディアラントは決して、おれを道具として見ない。
 あるがままのおれを受け入れて、あるがままのおれを必要としている。


 自惚うぬぼれじゃない。
 ディアラントのまっすぐな目と態度が、痛いほどにそれを訴えてくるのだ。


 こんな経験は始めてのことで、今胸に満ちている未知の気持ちには具体的な名前をつけられないけれど。


 こいつの傍にいれば、この気持ちの正体も自分が望む未来も見えてくるのかもしれない。


 素直にそう思えた。


 おれの選択がおれにとっての正解であることを祈っている、と。
 ジョーはそう言った。


 ならばきっと、おれの選択は……




「とりあえず、手始めにお前のその緩んだ危機管理能力を叩き直してやるから、首を洗って待っとけよ。」




 これなのだ。


「えー、これがオレのよさなのにー。」


 ディアラントが、眉をハの字にして笑う。
 そんなディアラントを前に、おれもまた声をあげて笑えたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...