竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編2】嵐との出会い

第21の嵐 爆発

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 剣を取り上げただけでは飽きたらず、複数人で囲むとは。
 感心すらしてしまうほどの下衆げすっぷりだ。


 それは吐き気をもよおすような光景だったが、おれは吐き気をぐっとこらえて傍観に徹した。


 どうせディアラントなら、このくらいのハンデなどものともしないだろう。
 その証拠に。


「なるほど。つまりオレは、先輩たちの剣をけ続ければいいわけですね。分かりました! 遠慮なく来ちゃってください!」


 まるで、スポーツでもするかのような軽い口振り。


 一歩間違えれば流血沙汰だというのに、ディアラントの表情には危機感の〝き〟の字もない。


「―――っ! ふざけんなよ!!」


 怒りが臨界点に達したらしく、ウイングが獣のような声をあげてディアラントに突進する。


 しかし当然ながら、おれに劣るウイングの剣がディアラントに届くはずもなかった。


「ふーん、なるほど……」


 ウイングの剣をかなりの余裕を持ってけながら、ディアラントは思案げに呟く。


 ディアラントが移動した先に取り巻きたちの剣が次々と迫るが、あいつの動きはその流れも予見していたように隙がなかった。


「いやぁ…。やっぱり映像よりも、実際にこうして間近で見る方が勉強になりますねー。」


「く…っ」


「ああ、肩に力を入れすぎですって。あと、もっと重心を左にも傾けるように意識してください。このままだと、そのうち右方向にバランスを崩しちゃいますよ。そっちの先輩は、もっとコンパクトに動きましょ。振りが大きすぎて、攻撃のタイミングがばればれです。」


「貴様……舐めてんのか!?」


「そんなあ! 思ったことを言っただけなのに!」


 心外だと言わんばかりに、傷ついた顔をするディアラント。


 あいつは、本当に無自覚で人を煽ることが得意だな。


 悪意がなくて純粋だからこそ火に油を注いでいるのだと、果たしてあいつは気付いているのだろうか。




 本当に、なんであいつは……あんなに楽しそうに笑っていられるんだか。




 厄介な奴らを敵に回して、理不尽な責任と条件を押しつけられて、こうして面倒なやからに絡まれて。


 それなのにディアラントは、ああやって前を向いている。


 自分で選んで、自分で納得してここにいる。


 おれにはないそんな理由で、ディアラントはあそこまで強く立っているのだ。


(自分で、か……)


 ぽつりと脳裏に浮かんで消えていく、心の呟き。


「おい、ミゲル!」


 すっかりディアラントの動きに見入ってしまっていたおれは、ウイングの呼びかけにすぐに答えることができなかった。


「……なんですか?」
「なんですか、じゃねえよ! お前も手伝えって!」


 ウイングはおれに向かって怒鳴り散らす。


 ディアラントの素早さが予想外だったのか、その声には微かに焦りが含まれているように思えた。


「はあ? なんでですか? おれはついてきただけですよ。」


「なんだよ、ディアラントの味方につくってか? そんなことをすればどうなるか、まさか知らねぇわけがねぇよな?」


 挑むような目でおれを睨むウイングの顔に、不気味な笑顔が宿る。


 なるほど、そういう魂胆か。
 気持ちよく納得できた。


 ウイングがおれを連れてきたのは、ディアラントに責任を押しつける形で、おれを出世街道から弾き出したかったから。


 ここでおれがディアラントの味方に回れば、おれを第三特級部隊から追い出すことができるし、おれがディアラントを見捨てたとしたら、おれたちの間には修復不可能な溝が生まれる。


 どっちに転んでも、おれにとっては都合が悪い。


 単純なこいつは、そんなことを勝手に考えているんだろうけど……


 おれは、なんとも言えない複雑な気分でウイングを見据みすえる。


 こいつは、ディアラントの馬鹿さを知らない。


 ここでおれが見捨てたところで、あの馬鹿が傷つくはずがないじゃないか。
 そんなにか弱い精神だったら、今頃こんな所にいないだろう。


「………?」


 ふと、ポケットの中が震えたのはその時。
 普段なら無視しているその震動に、おれは無意識で手を伸ばしていた。


 見下ろした携帯電話の画面には、新着メッセージの通知が。
 通知をタッチすると、少しの時間を置いて画面が切り替わる。




〈オレを信じてくれるなら、剣を抜いてください。〉




 短く打たれた、そのメッセージ。
 おれは顔を上げて、ウイングの向こうを見つめた。


 ディアラントはさっきまでと同じように、取り巻きたちの剣を涼しい顔でけ続けている。


 あの状況で、よくメールを打つ余裕なんてあったもんだ。


 身軽に中庭を踊るディアラントが、ふとした拍子におれの視線に気付く。


 そして。
 そして……




 あいつはおれに向けて、いつもどおりの無邪気な笑顔を浮かべた。




 その瞬間、おれの中で今までずっと張り詰めていた最後の糸が切れて、溜め込み続けていた何かが盛大に弾けた。




 ―――ああ、もういいや。




 心の声は、ものすごい勢いで体中に染み渡っていった。


「……ふっ。」


 腹の奥から湧き上がってくる衝動。


「あはははははっ! はははははっ!!」


 その衝動に突き動かされるまま、おれは腹を抱えて大笑いしていた。


 呆気に取られて立ち尽くすディアラントやウイングたちに構わず、おれは涙を浮かべて過呼吸になる勢いで笑い続ける。


 笑い声に乗せて、何かを吐き出しているようだった。


 心のどこかに溜まっていたうみが、気持ちいいほどにさらさらと流れていく。
 胸の中にわだかまっていた時は、あんなにどろどろとして気持ち悪かったのに。


「あー…」


 気が済むまで笑ったおれは、迷いなく腰に下がっている剣を抜いた。


「おい、ディア!」


 手にした剣を構えるのではなく、ディアラントに向かって高く放り投げる。


 金属の重さに負けて鋭い刃から落ちていくおれの剣は、器用に腕をひらめかせたディアラントの手に綺麗に収まった。


「え…?」


 反射的に剣を取ってしまったのだろう。
 剣を受け取ったディアラントはきょとんとして、目をしばたたかせていた。


「ちょ……ちょっと先輩! オレ、剣を抜いてくださいとは言いましたけど、剣を投げてくださいとは言ってませんよ!?」


「うるせえ! もどかしいんだよ! いつまで手抜きしてるつもりだ、この馬鹿が!!」


 ディアラントに負けない大声で、おれは言ってやる。


「十分観察したんだから、もう全員の筋は見切っただろ?」
「まあ、そうですけど。」


「だったら早く終わらせてくれ。昼休みが終わっちまうだろーが。三分で片付けろ。」
「鬼畜!」


「余裕のくせして、何ぬかしてんだか。……さて。」


 おれは次にウイングを正面から見据みすえ、にやりと笑ってやった。


「先輩方、気をつけてくださいね。そいつ、超がつくくらいの化け物ですから。おれはこのとおり剣を捨ててしまったので、手伝えませんよ?」


「うっひょー。初めて笑ったと思ったら、悪い笑顔ですねぇー。」


 息を飲むウイングの後ろで、ディアラントが空気を読まずに口笛を吹く。


「茶化すな。だからお前は無駄に敵を作るんだよ。」
「以後、気をつけまーす。」


 ぜってー改める気ないな。


 そんな苦い確信を持ちながら、おれは独特な姿勢で剣を構えるディアラントを見守った。




「じゃ、制限時間を決められちゃったんで―――決着をつけましょうか。」




 ディアラントの声音が一気に変わり、その目にあやしさを伴ったすごみが宿った。

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