553 / 598
【番外編2】嵐との出会い
第19の嵐 自分にとっての正解であることを―――
しおりを挟む
ジョーが言う〝面白いこと〟。
それは―――
「アイロス君、ドラゴン殲滅部隊への異動願を提出したらしいよ。」
というものだった。
「へ…?」
おれは、ぽかんと口を開けてしまう。
「マジで?」
「うん。本人から聞いたから確実。」
ジョーはくすくすと笑い声をあげた。
「とりあえず、ちょっと脅せば情報を零してくれそうなアイロス君を問い詰め……もとい、話を聞きに行ったんだけどね。」
言い直す意味もなく、真相がダダ漏れだ。
おれの脳裏に、ジョーに詰め寄られ、顔を真っ青にして震えているアイロスの姿がありありと浮かぶ。
今頃、また胃痛と格闘していそうだ。
「まあ、さすがにアイロス君も詳しい事情は知らないってさ。辞令が貼り出されるまで、ディアラント君に怪しいところもなかったって話。でもアイロス君ったら、ディアラント君が国防軍管理部に連行されるのをたまたま目撃しちゃったらしくて、辞令が出される現場に野次馬に紛れて潜んでたんだって。上から大会五連覇の条件を出された時、ディアラント君がなんて言ったと思う? 『え? 五年だけでいいんですか?』だって。」
今さら驚くようなことではない。
あいつなら、言ってもおかしくはない言葉だ。
呆れて半目になってしまうおれにジョーも苦笑を呈し、さらに先を続ける。
「アイロス君は、ディアラント君を疑ってなかったよ。ディアラント君がはめられたってことも、確証はなくてもそうだって確信はしてたみたい。で、アイロス君が言うわけだよ。ディアラント君の目は、他人のことも自分のことも深く見抜いてしまう。だから、彼は自分にも他人にも本当の意味で嘘はつけないんだって。」
そういや、ディアラントが何かの折に『オレ、嘘つくのが超下手なんですよー』なんて言っていたか。
それは、自分自身の才能故のものだったと。
「あんなひどい条件の辞令を出されて、それなのに文句の一つも言わずにそれを受け入れたってことは、そこにはディアラント君の強い意志と目的がある。たくさんのことを見抜けるからこそ、ディアラント君は無意味な選択を絶対にしない。そんな正直すぎるディアラント君が、理に反したことをするわけがないんだって。」
「だから、ディアラントの味方になるために異動願を…?」
「そういうことらしいよ。」
グラスの縁を指でなぞりながら。
語るジョーの瞳に、少しだけ影が差す。
「自分はディアラント君を信じてる。だから、堂々と彼の味方だという姿勢を示す。連帯責任だなんだっていう脅しで味方が減るほど、ディアラント君の人間性は腐ってない。……これが、アイロス君の言い分。あんなに毅然としたアイロス君は初めて見たな。不覚にも驚いちゃった。僕には……そこまで強く、人を信じられる気持ちが分からないや。」
話を聞いて、おれもジョーに同感だった。
とても、あのアイロスの台詞だとは思えない。
おれの記憶の中のアイロスは、何よりも場の調和と平穏を大事にしていた人間だ。
進んでドラゴン殲滅部隊への異動願を提出するなど、おれが認識していたアイロスなら絶対にやらない行動だった。
「本当に怖い子だよね。ディアラント君って。」
ジョーは言う。
「前にディアラント君について調べた時も思ったけどね、あの子に関わった人たちはみんな、自主的にディアラント君の味方についてるんだよ。怖いくらい真剣にね。さてさて……彼の何が、そんなに人を惹きつけるのかな。確かに、この引力は味方につければ百人力だけど、敵としては笑えない脅威だ。」
「なるほど…。奴らとしては、ディアラントを懐に入れようとしたけど失敗して、それなら脅威になる前に潰そうとしたが……結局、宮殿にいたディアラントの味方によって、譲歩の今に持ち込まれたってとこなのかね…?」
今のおれが立てられる仮説としては、これが一番有力か。
情報が足りなすぎるせいで、たくさんの〝何故?〟が残るけれど。
「現状では、そうかもしれないとしか言えないね。……で、どうやら僕たちも、その脅威レベルの引力に巻き込まれてるようだね。こうして、ディアラント君を疑う余地もなく、当然のように彼を擁護する立場で話をしてるんだからさ。」
「あ…」
その言葉で、おれは初めて自分の認識の偏りに気付かされた。
確かにそうだ。
ディアラントに辞令が下ってからこの数日間、ディアラントがこんな理不尽な立場に置かれるに至る多くの可能性を考えてきた。
しかし、その中にディアラントが姑息なことをしたのだという考えは綺麗になかった。
ジョーの言うとおり、おれたちは無意識で、ディアラントが正しいことを確定事項として議論を進めていたのだ。
こうして改めて考えると、少しぞっとする。
ディアラントが放つ力の、圧倒的な強さに。
そして、それを客観的に把握してなお、ディアラントを疑おうと思わない自分の心に。
「さあ、ここからはミゲルの選択だよ。」
ジョーは歌うように言い、おれの胸にとん、と指を立てた。
「きっと、この選択がミゲルの今後を大きく左右する。何をどう判断しても、ミゲルの自由だ。僕もディアラント君も、ミゲルの選択を受け入れる。だって、人生における選択に正解も不正解もないからね。」
笑みを深めた親友は、最後にこう言った。
「ただ……その選択が、ミゲルにとっての正解であることを祈ってるよ。」
おれにとっての、正解…?
自分が望んでいることすら分からないおれに、そんな選択ができるとは思えない。
結局お前は、おれに〝ディアラントの味方になってやれ〟って言いたいんだろ?
なら、はっきりとそう言ってくれよ。
どうして最後で、おれに選択権をぶん投げるんだ。
動きたいのに、身動きが取れないもどかしさ。
自分のことなのに、まるで他人のことのように心を見通せない違和感。
それらを流し込むように、おれは再び酒を呷り始めるのだった。
それは―――
「アイロス君、ドラゴン殲滅部隊への異動願を提出したらしいよ。」
というものだった。
「へ…?」
おれは、ぽかんと口を開けてしまう。
「マジで?」
「うん。本人から聞いたから確実。」
ジョーはくすくすと笑い声をあげた。
「とりあえず、ちょっと脅せば情報を零してくれそうなアイロス君を問い詰め……もとい、話を聞きに行ったんだけどね。」
言い直す意味もなく、真相がダダ漏れだ。
おれの脳裏に、ジョーに詰め寄られ、顔を真っ青にして震えているアイロスの姿がありありと浮かぶ。
今頃、また胃痛と格闘していそうだ。
「まあ、さすがにアイロス君も詳しい事情は知らないってさ。辞令が貼り出されるまで、ディアラント君に怪しいところもなかったって話。でもアイロス君ったら、ディアラント君が国防軍管理部に連行されるのをたまたま目撃しちゃったらしくて、辞令が出される現場に野次馬に紛れて潜んでたんだって。上から大会五連覇の条件を出された時、ディアラント君がなんて言ったと思う? 『え? 五年だけでいいんですか?』だって。」
今さら驚くようなことではない。
あいつなら、言ってもおかしくはない言葉だ。
呆れて半目になってしまうおれにジョーも苦笑を呈し、さらに先を続ける。
「アイロス君は、ディアラント君を疑ってなかったよ。ディアラント君がはめられたってことも、確証はなくてもそうだって確信はしてたみたい。で、アイロス君が言うわけだよ。ディアラント君の目は、他人のことも自分のことも深く見抜いてしまう。だから、彼は自分にも他人にも本当の意味で嘘はつけないんだって。」
そういや、ディアラントが何かの折に『オレ、嘘つくのが超下手なんですよー』なんて言っていたか。
それは、自分自身の才能故のものだったと。
「あんなひどい条件の辞令を出されて、それなのに文句の一つも言わずにそれを受け入れたってことは、そこにはディアラント君の強い意志と目的がある。たくさんのことを見抜けるからこそ、ディアラント君は無意味な選択を絶対にしない。そんな正直すぎるディアラント君が、理に反したことをするわけがないんだって。」
「だから、ディアラントの味方になるために異動願を…?」
「そういうことらしいよ。」
グラスの縁を指でなぞりながら。
語るジョーの瞳に、少しだけ影が差す。
「自分はディアラント君を信じてる。だから、堂々と彼の味方だという姿勢を示す。連帯責任だなんだっていう脅しで味方が減るほど、ディアラント君の人間性は腐ってない。……これが、アイロス君の言い分。あんなに毅然としたアイロス君は初めて見たな。不覚にも驚いちゃった。僕には……そこまで強く、人を信じられる気持ちが分からないや。」
話を聞いて、おれもジョーに同感だった。
とても、あのアイロスの台詞だとは思えない。
おれの記憶の中のアイロスは、何よりも場の調和と平穏を大事にしていた人間だ。
進んでドラゴン殲滅部隊への異動願を提出するなど、おれが認識していたアイロスなら絶対にやらない行動だった。
「本当に怖い子だよね。ディアラント君って。」
ジョーは言う。
「前にディアラント君について調べた時も思ったけどね、あの子に関わった人たちはみんな、自主的にディアラント君の味方についてるんだよ。怖いくらい真剣にね。さてさて……彼の何が、そんなに人を惹きつけるのかな。確かに、この引力は味方につければ百人力だけど、敵としては笑えない脅威だ。」
「なるほど…。奴らとしては、ディアラントを懐に入れようとしたけど失敗して、それなら脅威になる前に潰そうとしたが……結局、宮殿にいたディアラントの味方によって、譲歩の今に持ち込まれたってとこなのかね…?」
今のおれが立てられる仮説としては、これが一番有力か。
情報が足りなすぎるせいで、たくさんの〝何故?〟が残るけれど。
「現状では、そうかもしれないとしか言えないね。……で、どうやら僕たちも、その脅威レベルの引力に巻き込まれてるようだね。こうして、ディアラント君を疑う余地もなく、当然のように彼を擁護する立場で話をしてるんだからさ。」
「あ…」
その言葉で、おれは初めて自分の認識の偏りに気付かされた。
確かにそうだ。
ディアラントに辞令が下ってからこの数日間、ディアラントがこんな理不尽な立場に置かれるに至る多くの可能性を考えてきた。
しかし、その中にディアラントが姑息なことをしたのだという考えは綺麗になかった。
ジョーの言うとおり、おれたちは無意識で、ディアラントが正しいことを確定事項として議論を進めていたのだ。
こうして改めて考えると、少しぞっとする。
ディアラントが放つ力の、圧倒的な強さに。
そして、それを客観的に把握してなお、ディアラントを疑おうと思わない自分の心に。
「さあ、ここからはミゲルの選択だよ。」
ジョーは歌うように言い、おれの胸にとん、と指を立てた。
「きっと、この選択がミゲルの今後を大きく左右する。何をどう判断しても、ミゲルの自由だ。僕もディアラント君も、ミゲルの選択を受け入れる。だって、人生における選択に正解も不正解もないからね。」
笑みを深めた親友は、最後にこう言った。
「ただ……その選択が、ミゲルにとっての正解であることを祈ってるよ。」
おれにとっての、正解…?
自分が望んでいることすら分からないおれに、そんな選択ができるとは思えない。
結局お前は、おれに〝ディアラントの味方になってやれ〟って言いたいんだろ?
なら、はっきりとそう言ってくれよ。
どうして最後で、おれに選択権をぶん投げるんだ。
動きたいのに、身動きが取れないもどかしさ。
自分のことなのに、まるで他人のことのように心を見通せない違和感。
それらを流し込むように、おれは再び酒を呷り始めるのだった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている
朝陽七彩
恋愛
ここは。
現実の世界ではない。
それならば……?
❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋
南瀬彩珠(みなせ あじゅ)
高校一年生
那覇空澄(なは あすみ)
高校一年生・彩珠が小学生の頃からの同級生
❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋✵❋
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる