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【番外編2】嵐との出会い
第12の嵐 流風剣
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ディアラントの右手が剣の柄を握り、鞘から剣を引き抜く。
鞘を丁寧に壁際に立て、剣の感触を確かめるように何度か素振りをしたディアラントは、その剣をゆっくりとおれに向けた。
「先輩が何をそんなに悩んでいるのかは分かりませんが……少しでも手助けになるなら、嘘のない剣でお相手します。」
「―――っ!!」
瞬間、おれは自分でもびっくりするような速さでディアラントに向かって駆け出していた。
コマ送りのように流れる視界の中で、剣を構えていたディアラントがふとその剣を下ろす。
「!?」
おれは度肝を抜かれたが、今さら繰り出した剣を収めることなどできるはずもない。
脳裏に浮かぶ赤い光景。
しかし、おれの剣がディアラントの首を捉えようとしたその刹那、いつの間にかその間に割り込んでいたディアラントの剣がそれを受け止めていた。
あまりの速さに動揺している間に、ディアラントの姿はおれの前から消えている。
「さすがは戦国世代でトップを走っているミゲル先輩です。速いですね。」
微かな笑みを含んだ声は、おれのすぐ背後から聞こえてくる。
それに慌てて体を反転させるも、その時にはもうディアラントの姿はない。
こいつを相手に、下手に動揺している暇はない。
おれは必死にディアラントに食いついた。
―――悩んでいる?
ディアラントの言葉が脳内で木霊する。
否定しかけたその言葉は、次の瞬間におれの胸にすっと落ちてきた。
ああ、そうだ。
悩んでるよ。
お前のせいで迷っちまってる。
やっと諦めがつくところだったんだ。
この大学には、夢を持って入ってくる奴なんかいない。
どうせ皆、欲や見栄で汚れているんだ。
そう思って疑っていなかったのに……
お前は、なんで今さらおれの前に現れたんだ。
どうして、おれの確信をぶっ壊してしまうんだ。
どうして……おれが諦めたはずの道を見せるんだよ。
感情が暴走して、脳内で暴れまくっている。
人にも才能にも恵まれて、上を目指すことを強要されなくて、自分の意志でこの場所にいられて。
お前に、おれの気持ちなんか分からないだろう?
なのに……なんでお前は、おれの心を暴くんだよ。
初めて会った時も今も、どうしておれですら気付いていないおれの心を言い当てるんだ。
なんで、お前にはそんなに―――
「先生は、オレの剣を見てこう言いました。」
ふと、ディアラントが口を開く。
「オレの剣は、嵐みたいなんだそうです。流されまいと踏ん張っても、いつの間にかどうしようもなく巻き込まれている。オレにとって都合のいい流れになっていることに、流れに乗せられるまで気付くことができないんだそうです。」
話しながら、ディアラントは余裕すら滲ませた動きでおれの剣をさばいていく。
「逆に、オレと組んだ友人はこう言います。オレの剣は、空気みたいに違和感がないんだって。オレと組むと、自然と最良の動きができるんだそうです。いつもは意識してもできない動きが、呼吸をするみたいにできるんだって。」
くすくすと、ディアラントは笑う。
こっちは結構必死だというのに、どんだけこいつは余裕なんだ。
「オレの剣は、これまでのどんな剣豪の流派にも属さないらしいですよ。まあ、そうですよね。オレの剣は、完全に自己流ですから。いつからか、オレの剣には名前がついていました。」
「―――っ!?」
途端に、ディアラントの動きが変わった。
おれの剣を横身で受けたかと思うと、おれが込めている力を絶妙なタイミングで操る。
自分の力なのに、自分でコントロールができない。
そんな未知の感覚に、おれは完全に意識を奪われてしまった。
気付かぬうちに膝をついていたおれの首筋には、鈍く光る冷たい刃が当たっていた。
「流れる風のような剣ってことで〝流風剣〟。それが、オレの剣の名前です。あ、動かないでくださいね。首、怪我しちゃいますよ。」
「………」
ディアラントの声を聞きながら、おれは言われたとおりに動くことなく、じっと床を見つめていた。
―――実力が桁違いだ。
本当なら、ディアラントは一分と経たずにおれの剣を弾き飛ばすことができただろう。
そう思い知るには十分だった。
「先輩の剣って、すっごく面白いです。」
静かにおれの首から剣を離し、ディアラントは語る。
「繊細なのに、荒削りで少し乱暴。正反対そうなそれが、不思議と調和して同時に存在してるんです。ものすごく柔軟なのに、ふとした拍子にそれが嘘みたいに強引になったりする。剣が語ってますよ。〝好きなのに、認めたくない〟って。」
「―――っ」
おれは背後のディアラントを振り返った。
穏やかなディアラントの双眸に映るおれは、毒気を抜かれたように間抜けな顔をしている。
「本当は、剣が好きでしょう? 剣を交えて、その流れに身を任せることが好きでしょう? でも、ふとした拍子にそれを自覚しては、剣に飲まれる自分が嫌になる。先輩の剣が乱暴になるのは、そんな時です。」
「…………お前は……なんで、そんなことまで……」
こいつの目は、一体何をどこまで見抜けるのだ。
呻くように呟くおれに対し、ディアラントは苦笑して肩をすくめる。
「さすがにオレも、剣に込められた気持ちまでは一目で見抜けませんよ。ミゲル先輩の剣は、入学した時からちょくちょく見てましたから。」
「………」
「最初は、なんて矛盾した人だろうって思いました。それで興味が湧いて、ずっと観察してきたんです。だから言ったんですよ。もっと自分を認めてもいいんじゃないかって。だって先輩、すごくつらそうです。体は剣に馴染んで動くのに、そんな自分を認められない先輩の顔、すごく悲しそうですよ。」
「………」
知らない。
そんなこと知らない。
そんなこと、知りたくない。
そんなはずないと思いたいのに、どうしておれは、こいつの言葉を否定できないんだ……
「先輩の剣は、矛盾した気持ちを抱えているからか動きが読みにくいっていう特徴があります。でも、今抱えている迷いを捨てて吹っ切っちゃえば、先輩の剣は今よりも格段に強くなる。オレは、そう思いますよ。」
そう言って笑ったディアラントは、確かに嵐のような男だった。
鞘を丁寧に壁際に立て、剣の感触を確かめるように何度か素振りをしたディアラントは、その剣をゆっくりとおれに向けた。
「先輩が何をそんなに悩んでいるのかは分かりませんが……少しでも手助けになるなら、嘘のない剣でお相手します。」
「―――っ!!」
瞬間、おれは自分でもびっくりするような速さでディアラントに向かって駆け出していた。
コマ送りのように流れる視界の中で、剣を構えていたディアラントがふとその剣を下ろす。
「!?」
おれは度肝を抜かれたが、今さら繰り出した剣を収めることなどできるはずもない。
脳裏に浮かぶ赤い光景。
しかし、おれの剣がディアラントの首を捉えようとしたその刹那、いつの間にかその間に割り込んでいたディアラントの剣がそれを受け止めていた。
あまりの速さに動揺している間に、ディアラントの姿はおれの前から消えている。
「さすがは戦国世代でトップを走っているミゲル先輩です。速いですね。」
微かな笑みを含んだ声は、おれのすぐ背後から聞こえてくる。
それに慌てて体を反転させるも、その時にはもうディアラントの姿はない。
こいつを相手に、下手に動揺している暇はない。
おれは必死にディアラントに食いついた。
―――悩んでいる?
ディアラントの言葉が脳内で木霊する。
否定しかけたその言葉は、次の瞬間におれの胸にすっと落ちてきた。
ああ、そうだ。
悩んでるよ。
お前のせいで迷っちまってる。
やっと諦めがつくところだったんだ。
この大学には、夢を持って入ってくる奴なんかいない。
どうせ皆、欲や見栄で汚れているんだ。
そう思って疑っていなかったのに……
お前は、なんで今さらおれの前に現れたんだ。
どうして、おれの確信をぶっ壊してしまうんだ。
どうして……おれが諦めたはずの道を見せるんだよ。
感情が暴走して、脳内で暴れまくっている。
人にも才能にも恵まれて、上を目指すことを強要されなくて、自分の意志でこの場所にいられて。
お前に、おれの気持ちなんか分からないだろう?
なのに……なんでお前は、おれの心を暴くんだよ。
初めて会った時も今も、どうしておれですら気付いていないおれの心を言い当てるんだ。
なんで、お前にはそんなに―――
「先生は、オレの剣を見てこう言いました。」
ふと、ディアラントが口を開く。
「オレの剣は、嵐みたいなんだそうです。流されまいと踏ん張っても、いつの間にかどうしようもなく巻き込まれている。オレにとって都合のいい流れになっていることに、流れに乗せられるまで気付くことができないんだそうです。」
話しながら、ディアラントは余裕すら滲ませた動きでおれの剣をさばいていく。
「逆に、オレと組んだ友人はこう言います。オレの剣は、空気みたいに違和感がないんだって。オレと組むと、自然と最良の動きができるんだそうです。いつもは意識してもできない動きが、呼吸をするみたいにできるんだって。」
くすくすと、ディアラントは笑う。
こっちは結構必死だというのに、どんだけこいつは余裕なんだ。
「オレの剣は、これまでのどんな剣豪の流派にも属さないらしいですよ。まあ、そうですよね。オレの剣は、完全に自己流ですから。いつからか、オレの剣には名前がついていました。」
「―――っ!?」
途端に、ディアラントの動きが変わった。
おれの剣を横身で受けたかと思うと、おれが込めている力を絶妙なタイミングで操る。
自分の力なのに、自分でコントロールができない。
そんな未知の感覚に、おれは完全に意識を奪われてしまった。
気付かぬうちに膝をついていたおれの首筋には、鈍く光る冷たい刃が当たっていた。
「流れる風のような剣ってことで〝流風剣〟。それが、オレの剣の名前です。あ、動かないでくださいね。首、怪我しちゃいますよ。」
「………」
ディアラントの声を聞きながら、おれは言われたとおりに動くことなく、じっと床を見つめていた。
―――実力が桁違いだ。
本当なら、ディアラントは一分と経たずにおれの剣を弾き飛ばすことができただろう。
そう思い知るには十分だった。
「先輩の剣って、すっごく面白いです。」
静かにおれの首から剣を離し、ディアラントは語る。
「繊細なのに、荒削りで少し乱暴。正反対そうなそれが、不思議と調和して同時に存在してるんです。ものすごく柔軟なのに、ふとした拍子にそれが嘘みたいに強引になったりする。剣が語ってますよ。〝好きなのに、認めたくない〟って。」
「―――っ」
おれは背後のディアラントを振り返った。
穏やかなディアラントの双眸に映るおれは、毒気を抜かれたように間抜けな顔をしている。
「本当は、剣が好きでしょう? 剣を交えて、その流れに身を任せることが好きでしょう? でも、ふとした拍子にそれを自覚しては、剣に飲まれる自分が嫌になる。先輩の剣が乱暴になるのは、そんな時です。」
「…………お前は……なんで、そんなことまで……」
こいつの目は、一体何をどこまで見抜けるのだ。
呻くように呟くおれに対し、ディアラントは苦笑して肩をすくめる。
「さすがにオレも、剣に込められた気持ちまでは一目で見抜けませんよ。ミゲル先輩の剣は、入学した時からちょくちょく見てましたから。」
「………」
「最初は、なんて矛盾した人だろうって思いました。それで興味が湧いて、ずっと観察してきたんです。だから言ったんですよ。もっと自分を認めてもいいんじゃないかって。だって先輩、すごくつらそうです。体は剣に馴染んで動くのに、そんな自分を認められない先輩の顔、すごく悲しそうですよ。」
「………」
知らない。
そんなこと知らない。
そんなこと、知りたくない。
そんなはずないと思いたいのに、どうしておれは、こいつの言葉を否定できないんだ……
「先輩の剣は、矛盾した気持ちを抱えているからか動きが読みにくいっていう特徴があります。でも、今抱えている迷いを捨てて吹っ切っちゃえば、先輩の剣は今よりも格段に強くなる。オレは、そう思いますよ。」
そう言って笑ったディアラントは、確かに嵐のような男だった。
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