竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編2】嵐との出会い

第1の嵐 大学四年生のある日

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 パラパラと書類をめくる。
 そこに記されているは、今年の新入生の名前と彼らの入試成績だ。


 大学側も、わざわざこんなものを用意する必要もないだろう。
 こんな下地がなくとも、剣を見れば実力の程度など分かるというのに。


 おれは辟易しそうになるほどの厚みを持った書類を、ほとんど流す勢いでとにかくめくっていた。


「ミゲルー、入るよー。」
「おう。」


 ノックもなしに勝手に入ってくる不躾ぶしつけな男。
 だが今に始まったことでもないし、おれは別段気にもせず、形だけの返事をした。


「そろそろ時間だよ。今日は、誰の顔を見に行くんだっけ?」


 訊ねてくる男に、おれは今日のノルマ分だけの書類を放り投げる。


 この男の名前はジョー。
 中学生の時からなんだかんだで付き合いが続いている、いわゆる腐れ縁というやつだ。


 ジョーは親友だとくさいセリフを簡単に使うが、おれとしては腐れ縁で十分だと思っている。


 とはいえ、こいつ以上に親しい奴もいないので、わざわざこいつの言葉を否定はしていない。


 というか、さらに本音を零せば単純にめんどくさいのだ。


「引き継ぎを受けた時はまさかと思ったけど、本当にやらなきゃいけないとはね。新入生の下調べなんて、大学の仕事でしょうに。」


 お前にはピッタリの仕事だろう。


 ジョーの頭のできを知っている手前、喉元までその言葉が出かかったが、おれは寸ででその言葉を飲み込んだ。


 取締とりしまり本部学生代表委員会。


 今おれが身を置いている組織の名前だ。


 現委員会メンバーの推薦でしか入ることができないこの組織は、卒業後の進路を保証される代わりに、こうして大学の雑用を押しつけられる便利屋集団なのである。


 そんな組織で、今年大学四年生になったおれは、不本意ながら委員長という立場にある。


 ジョーは副委員長だ。


「ま、おれらは大学には逆らえねぇしな。ここで文句を垂れてても、らちが明かねぇよ。」


「まあねー。とはいえ実際、これって委員会の新メンバー選定に大きく関わるから、あながち他人事でもないんだけどさ。」


「………」


 嫌なことを思い出させてくれる。
 おれは、溜め息をつきたくなった。


 大学からの依頼で行っているこの新入生調査は、実のところおれたち代表委員にも大きな意味がある。


 三ヶ月後までには、委員会に招き入れる一年生を決めなければならないからだ。


 今後の委員会運営に関わる大事な人選だ。
 委員長であるおれと副委員長であるジョーには、最低でも二人の推薦義務がある。


 だからこうして、新入生調査をおれたちが直々にやっているわけなのだが……


「つってもなぁ……今年の新入生、特に目ぼしい奴もいないんだよなぁ。」


 素直な感想を述べると、ジョーが途端に苦笑した。


「そりゃ、僕たちのレベルと比べたらそうなっちゃうよ。そこのところはちゃんと加味してあげてね、〝覇王〟さん。」


「お前……おれがそう呼ばれんのをきらってるって知ってんだろうが。〝君子〟よ。」


 ここは、セレニア唯一の国立軍事大学。


 毎年三百人余りしか入学を許されないエリート揃いのこの大学で、おれたちの代は特に優秀で競争意識が高かった故に〝戦国世代〟などと呼ばれている。


 その中でもトップを走り続けていたおれに、いつの間にかついていた二つ名が〝覇王〟というわけだ。


 そして、総合成績ではおれに敵わないものの、頭脳だけを見れば圧倒的に秀でているジョーについた二つ名が〝君子〟だ。


 いい歳にもなって、何ガキくさいことをしているんだか。
 正直に言うなら、〝覇王〟などと呼ばれるのはかなり不本意で腹が立つ。


 おれははやし立てられるのも憧れられるのも、期待されるのも大嫌いなのだ。


「ごめんごめん。それより、早く行こうよ。下でアイロス君が待ってるよ。」


 書類を持ったまま、ジョーがひらひらと手を振ってくる。
 そんなジョーに目だけで気分を害したことを訴えつつ、おれは渋々席を立った。


 軍事大学とはいうものの、大学の見た目はただのオフィス街だ。
 いくつものビルが立ち並び、中に入れば至る部屋に最新鋭の機械が設置されている。


 少し辺りを見回せば、とても軍人志望とは思えない洒落しゃれた格好をした奴らが、それはもう楽しそうに歩いていた。


 まあ実際、現実はこんなもんだ。


 国交問題があるわけでもなく至って平和なセレニアでは、軍人というのはただのエリート職。


 ふたを開ければ、将来の生活を安定させたい連中や、親の見栄で入れられた連中ばかりが集まっているにすぎない。


 確かに剣の腕と頭脳は求められるし、基本的に実力主義ではあるが、この大学に純粋な理由で入学してくる奴などいない。


 おれはそう思って疑ったことはない。




 かくいうおれだって、そんな連中の一人なのだから……



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